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イタリア人のJがすすめてくれた小説家ニコラス・スパークス


私が住んでいたイギリスのブライトンには、Bedsitと呼ばれる、バストイレ共有のアパートが多くあった。部屋はワンルームで、簡単なキッチンとシンクがついていた。

私は越してきた当日か翌日、アパート内で偶然Jに出会った。今でも良く覚えている、明るく眩しい笑顔。黒縁メガネ。緑のパーカー。

私たちはお互いにイギリスに引っ越してきたばかりで不安だったのだろう。英語もままならない2人だったが、一目で「よかった、同士がいた」と直感した。

最初から色々なことをお互いにスムーズに理解できたわけではないが、私たちは英語がつたないながらも、全く問題なくコミュニケーションをとっていた。ちなみに私は当時30歳、Jは18歳だった。

Jはイタリアのアマルフィ出身だった。彼女の部屋に私はしょっちゅう、用事があってもなくても訪れた。

私の部屋にJが来ることは、それに比べるとあまりなかった。シンプルに、Jの部屋の方が倍以上広かったからだ。

また私は他の人2人とシャワールームをシェアしていたが、Jの部屋には専用のシャワーがついていた。

Jはイタリアの家族や友人とネットを介しておしゃべりしていることも多かった。またその若さゆえか、いつも悩みいっぱいで切羽詰まっていた。

そういえば私は常に出かけていたが、Jは意外と部屋にいることが多かった。だから色々なことが気になったのかもしれない。

「Kana、シンクの水がついたあとを見た?あの白いの、飲んでたら病気になるよね?怖いなあ。今すぐテスコ(近所のスーパー)に一緒にきてくれない?何か浄化するものを買うから。Kanaも買えば?そうしなよ!」

「私は別にいいよ」と断ったが、Jの買い物にはよく付き合った。Jが言う白いのとは、イギリスの水に含まれているライムスケールのことだ。石灰が含まれているのでシンクを濡れたままにしておくと白く固まることがある。

Jと買い物といえば、ZARAとかH&Mの試着室で、Jが何度も着替えてカーテンを開け、感想を私に求めては写真を撮り、という流れを延々繰り返していたこともある。私も意外とうんざりはしておらず「何でも似合ってほんと良いよね」と言って感心していたものだ。

他にも、

「Kana、あなたって人は悪魔ね。私の前でビール飲んだりお菓子食べたり。イングランドに来てから太った私は、ダイエットしなきゃならないのに。お願いだから見せつけないで。部屋にはいていいから。」
首を大きく振りながらため息、心底呆れていたJ。私はただ笑ってすませていた。

私にとってJは「わりとどうでも良いことで悩むんだな」と意外に思うことも多かった。

Jはとても可愛い見た目だがあまり男性に興味はないようだった。Jからは全くそういった話や雰囲気がなかった。それに女の子の友達とつるむ方が好きそうだった。もちろん本当のところは知らないが。

Jは英語の勉強もあまりしていなさそうだった。

私たちは別々の語学学校に通っていて、私の学校にはたくさんのイタリア人とスペイン人がいた。彼らは真剣にイギリスで職を求めていたり、試験を目指していたりした。ブライトンの語学学校、と謳ってはいるが、実際のロケーションは隣町のホーブだった。

対してJの語学学校はブライトン駅からも近く、比較的名の知れた大きな学校。彼女のクラスメイトには中国人や日本人がいた。

結局のところ、料金の差だ。皮肉なことに、料金の安い方が生徒は英語習得に貪欲で、上達も早そうだった。観光目的で楽しくやってるのか、英語を習得しないといけない状況なのか。その違いがあったと思う。

「Kana、今度私の友達と一緒に出かけようよ。中国人の子もいるんだよ。そしたらKana話せるよね?」

「私中国語わからないよ」

「え?分からないの?」

「分からないよ、違う言語だもん」

このくだりは、実はJだけでなく他のラテン系クラスメメイトともやりとりしたことがあった。「中国語と日本語は同じ漢字を使っているからお互い理解できるんだろう」と思っている人がいるのだ。

そんなJなのだが、私が彼女の部屋に入ったある日、ベッドで本を読んでいたので、私は驚いた。

「J、本読んでるの?本とか読むんだ?」

「読まないよ、ほとんどね。でもこれは別。知ってるでしょ、ニコラス・スパークス」

「ニコラ...?」

「嘘でしょ知らないなんて。Notebookとかさ、泣ける恋愛の話」

小説家の名前だけでは何とも分からない私に、Jはいつものように、彼女の相棒のノートパソコンで素早く検索、すぐに私にニコラス・スパークスの情報の羅列を見せてくれた。

「あっ」

と思わず声が出たのは、ニコラス・スパークスは私がこの世で一番好きな映画『きみに読む物語』の原作者だったからだ。

きみに読む物語は、英語で The Notebook。何度観ても号泣してしまう、私の一番のお気に入り恋愛映画だ。あれでライアン・ゴズリングのファンになったのだ。

原作があることはもちろん知っていて「アメリカのベストセラー!」とか、宣伝文句が頭に残っている。けれどその時詳しくは知らなかった。

「Kana、本が好きだって言うならニコラス・スパークスを読まないと。知らないなんて信じられない。じゃあこれは?」

そう言って彼女の持ってる、今読んでいる本『Safe Haven』を見せられた。イタリア語翻訳版だった。

「知らない。どんな話?」

「面白いよ、まだ読み始めたばかりだけど。映画を観たから、本も読んでみようかと思って。すごく泣けるけど」

「私泣ける恋愛の話、好き」

「分かる〜」

という感じでニコラス・スパークスの存在を、なんとJのおかげで認識した。

その後Nicholas Sparks という名前を意識してみると、本屋、チャリティーショップ(イギリスのいたるところにある中古のお店)、図書館。彼の本がまあいたるところにあった。

Jにニコラス・スパークスのことを教えてもらったが、私たちが本の話をすることはそれ以降皆無だった。Jは本があまり好きではないのだ。

私たちにはあまり共通点というか、同じ趣味のようなものはなかった。

時々どちらかが熱くなって何かの話をしていても、もうどちらか一方は、「ごめん、何だっけ?」みたいなありさまだった。同じ時間をたくさん、同じ家(アパート)で過ごしたわりには、すごく仲が良かったとはいえない。

それが私たちの間で初めて、「そうそう!」という感じでようやくお互いに熱を持って話すことができたのだ。やっぱり私たちが恋愛の話が大好きな女子である証拠だ。

Jは当時からSNSにほぼ毎日投稿するような子だ。だから今でも彼女の近況を見て楽しく、微笑ましく思っている。当時と比べると、Jはずいぶん大人の、美しい女性になっている。旅行が好きらしいので、「日本にもいつか行ってみたい」とメッセージをくれる。

今となっては私は、ニコラス・スパークスの映画をほとんど全て観ている。本に関しては、The Notebook は読んだので、他のものも読んでみたいと思う。

映画は泣けるものが多いが、それがニコラス・スパークスの真骨頂だ。彼の原作の映画を観る人はみな、120%泣く準備ができている。

あの時Jが読んでいた『Safe Haven』の映画を観た時は、最後感動で涙が止まらなかった。私が子供を持ったからなのかもしれないが、タイミングもあり、他のどの映画より号泣してしまった。次の日も目が腫れたり支障が出るので、なかなか2回目を観れていない。

これからもニコラス・スパークスの小説、映画はチェックしていきたいと思うし、私もおすすめしていきたい。

最近思うのだが、本気でおすすめするならイタリア人のJみたいに、思いっきりすすめたら良いと思う。

それがもしすすめられた人に刺さった場合、何だか一生そのことが記憶に残る気がするからだ。



ニコラス・スパークス原作の映画


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