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「君の名前で僕を呼んで」の美しい世界と音楽

大人クラスの英会話レッスンをしていると、どんな映画が好き?といった質問をよくします。それについて話したり、お気に入りの俳優について知っていることを共有し合ったりします。



私自身たくさん映画を観ていますが、生徒さんたちから教えてもらう面白い映画や、魅力的な俳優の名前を聞くのは、視点も違ってとてもためになる、大好きな時間です。



生徒さんの中に女性が多いというのも関係しているかもしれませんが、「君の名前で僕を呼んで」を皮切りに現在では大成功している、俳優ティモシーシャラメの名前をよく聞きます。


Timothée Chalamet ティモシーシャラメは父がフランス人、母はアメリカ人の二重国籍です。それでこのChalametというあまり耳慣れないフランス語のサウンドの名前なのですね。英語ではmetの部分にアクセントをおきます。

Call Me by Your Name 君の名前で僕を呼んで

この映画を観てみると、こんなに美しい映画があるなんて、とその世界観に驚きます。しかしながら、おそらくそのことより「男性同士の恋愛」ということにフォーカスしたイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。



イギリス人の夫も同じで、私がこの映画をすすめても、あまり気乗りしていませんでした。

夫はスターウォーズなどのサイエンスフィクションが好きなのです。英語で略してみんなsci-fi(サイファイ)と言います。日本語ではSFですね。



けれど最近Duneという映画(もちろんサイファイ)が1、2と出ていることをきっかけに、ティモシーシャラメを「素晴らしい俳優だ」と言い、「Call Me By Your Nameも観てみたい」と言い出して、一緒に観ることになったのです。

Dune 砂の惑星

夫は往々にして私のおすすめする映画は内容の薄い恋愛映画に違いないと思っているふしがあります。(イギリス映画のノッティングヒルの恋人とラブアクチュアリーは別)


ただ同時に私も夫の好きなサイエンスフィクション映画を、架空の話で戦闘シーンが多く、共感するポイントが見当たらない、と思っているので、まあおあいこかと思います。


どちらにしても食わず嫌いは良くないですよね。まずは映画を観てみる。嫌なら途中でやめたって良いのですから。


何はともあれ、私も久しぶりにこの美しい映画をもう一度観ることができました。


まずはティモシーシャラメ演じるエリオの若くて脆い感性と、少年ならではの透明感。そこにいるだけで思わず引き込まれる雰囲気。これは動かしようのない事実です。



スキャンダルさえなければ、ティモシーシャラメに負けず劣らず人気だっただろうと想像できる、長身でほぼ完璧な容姿のアーミーハマー。

夫も「アーミーハマー、めちゃくちゃハンサムじゃん!スキャンダルって何だよ?」

ハリウッドゴシップに詳しい私は概要だけ話しましたが、夫はにわかには信じがたいという顔をしていました。

とにかくこのキャスト、まるでアートのような二人。

二人が作り出す独特の親密さ。

大学教授を父にもつエリオは、学問だけではない賢さを持っていて、同じように才能があると父が太鼓判を押すオリヴァーと、お互いにしか分からない皮肉やジョークを言い合い、次第に仲を深めていきます。



人間が惹かれ合うということに性別はあまり関係ないんだな、と心から思ったシーンがあります。

エリオがピアノを弾くシーンです。

私は個人的に、エリオはこの時どうしようもなくオリヴァーに惹かれたのではないかと思っています。


エリオが陽だまりの庭で、ギターでバッハの曲を静かに弾いています。芝生の上に寝転んで昼寝をしているオリヴァーの近くで弾いていましたが、実はオリヴァーは起きていておもむろに、

「いいなぁ。もう一度ひいて」と頼みます。



けれどエリオはもう一度弾かずに代わりに立ち上がり、「ついてきて」と言って家の中へ歩いていきます。

オリヴァーは不思議そうな表情を浮かべますが素直についていきます。そしてエリオは、部屋の中で今度はギターではなくピアノでもう一度弾きます。

美しい音色のピアノ。けれどオリヴァーは不満そうに、


「さっきと違うなあ。変えた?さっきのやつと同じように弾いてよ」と頼みます。

「さっきって?ああ、外で弾いてたやつ?!」

うなずくオリヴァーに、なるほどね、といった表情のエリオ。

すぐにまた弾き始めます。

リスト風、ブゾーニ風、とあまのじゃくなエリオはオリヴァーの要望とは違うバージョンで弾き続けます。

「また変えたな。信じられない」
もちろんオリヴァーは不服そうです。


「もういい」とばかりにオリヴァーが出ていこうとすると、やっとエリオは最初のバージョンで、この上なく優しい音色で弾き始めます。



オリヴァーはその演奏が始まるとすぐに気がつき戻ってきて、今度はゆっくり目を閉じ、恍惚とした表情で聴き入ります。


「これは若い頃のバッハ。彼の兄に捧げたんだ」


エリオは弾き終わってこうオリヴァーに告げるのです。

音楽の授業で習った誰でも知っている作曲家であり、音楽の父バッハ。

ドイツ人ヨハン・クリスティアン・バッハJohann Christian Bach ですが、英語ではバーク、という発音なので日本語とはだいぶ違います。元のドイツ語も、実際に聞いてみるとバッハとも違うのですが、まだ近そうです。

Bachはドイツ語の姓で意味は小川というそうです。ベートーヴェンはバッハのことを「 小川 ではなくなく 大海 ( メール ) だ」と評したとか。

バッハの発音、もちろんエリオも「バーク」といった感じで発音しています。日本語と全く違うサウンドで、英語で聞くとすぐにはピンとこないですね。

話を元に戻します。

エリオはオリヴァーへの恋心を感じながら、庭でまどろんでいた彼に心の声を届けるように、ギターの音色に乗せていたのです。


いわばバッハの曲を声に見立てて、「あなたのことが好きです」と伝えていました。


オリヴァーが「いいね。もう一度聞かせて」と言ったら、恥ずかしくて今度は全く違った、思ってないことを言うのです。


けれど相手は年上のオリヴァー。


「違うって。そうじゃなくてさっきの」と言われるとやっぱり伝えたくなって、この気持ちを曲に乗せたのではないかと思います。


あるいは「これは自分が兄に対するような気持ち」だと、自分に言い聞かせたのかもしれません。

けれどオリヴァーが曲に乗せた自分の恋心を聞いてくれて、それをもう一度聴きたいと言ったこと、それはエリオを感動させただろうと容易に想像できます。


ティモシーシャラメの演技がとても自然で、表情や行動で嬉しさや悲しさを表現する様子に、胸が苦しくなる場面がたくさんあります。


エリオの両親の気持ちも想像しました。


エリオの恋心に気がつきながらそっと見守り、お互いを想う同士が出逢うことがどんなにラッキーか、論理的に話をする父親。

エリオが悲しむことになるだろうと分かっていながらも、息子の恋に協力し二人きりで過ごせるよう取り計らい、優しく包み込んであげる母親。

これもまた、息子を信じているからこその深い愛です。


映画を観終わった後、あまり恋愛映画を観ない夫に「どうだった?」と聞いてみると「Beautiful.」とひとこと。


そう、本当に美しい映画だと私も再度思いました。

そしてラストでエリオが暖炉の火を見ながら静かに涙を流すシーン。

まるで何を思い出して泣いているのか、手に取るように分かるような表情でした。

エンドロールの間ずっと流れるエリオの泣き顔が、エモーショナルな音楽にパーフェクトに合っていて、この悲しい初恋の終わりにふさわしいと思えてきます。

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