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⑥「けど、知ってた?結局僕の命は僕のものなのにね。」


前回の続きです。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

那留守(なるかみ)様はまっすぐにこう言った。

「仁依雅(にいまさ)…。聞いてくれ。これは少しでも生きる為の選択だ。

私を信じてみてくれないか?

やらなかったらどうなるのか…やってみないか。」



今でもその時の彼の目の光を忘れられない。


そして、なぜか…わくわくした。



しかし、絶対に「はい」は言えない。


これは私だけの話ではない。


ここを作り、送り出した大人達の思いも背負っている。


那留守(なるかみ)様を慕う者達に…私は託されたのだ。




私の感情はいらない。


やらなければいけない。



“落ち着け”


深く息を吸い込んで自分にそう言い聞かせ、一度二人共頭を冷やした方がいいと思い無言で立ち上がった。

失礼しようと那留守様を見た瞬間、那留守様の顔色の悪さに気付いた。


平然と話されていたが、多少息が上がっていた。



“無理をさせすぎた”


駆け寄ろうとした時に


「いち(薬)を飲めば収まる。大事無い。」


そう言って、膳に乗せられた薬を飲み布団に横になった。



そうか…。


那留守様が食事を取られている間、私は体を休めている。


常に側に仕えているわけではない。



そういえば那留守様事を何も知らない。


事前に受けたいた報告のみである。


実はもっと容態が悪いのかもしれない。




日中私が起きて近くにいる時は、起きていた。


今は調子が良いと思い込んでいた。



容態についてちゃんと話をしなければならない。


傍に寄ろうと思って立ち上がろうとすると那留守様は言った。



「これは臓器の衰えだ。視えないお前には分からないかもしれないがな。

……………どうせ視えないお前にとっては儀式すらままごと遊びのようなものだろ。」


あぁ…。


…カチンときた。





落ち着けと言い聞かせていたのに。


…落ち着け。



ほんの少しであるが態度に出しながら無言で立ち上がり、


那留守様と自分の膳を片付けて何も言わずに立ち去った。




片付けをして一息をついた。


頭を冷やすつもりで顔を洗った。

何度洗っても落ち着かない。


落ち着けたくて、頭から水を被った。



神託の義講(学校のようなもの)に通っていた時にも言われた事がある。


“視えないとままごと遊び。”


カチンと来る理由も身にしみて分かってる。


“ままごと遊び”


そうだ。その通りだ。


視えないからままごと遊びだと。



だとしても、



今はだとしてもだ。


義講にしろ、神事にしろ今までするべき事は全てやってきた。




その中でも自分にとっての痛い所。

見透かされているようで怖い…というよりも、カチンときていた。


きっと那留守様もイライラしていたのだろう。





その日は顔を合わせても目も合わさず普段のするべき支度をして…



深夜。




…ほぅ…。



忌厄(いき)祓いの儀式に入る時間だが、那留守様は起きていた。


蝋燭の灯りの下、本を読んでいた。



私も何も言わず控えていた。



そして、夜が明けた。




何も言わず身を清め、次の儀へと移った。


…二日目。



…三日目。



…四日目…。




…五日目…。



思いのほか頑固な那留守様と、私の信念(あえて信念という。頑固ではない。)。


しかし…いつまでもこのような事をしていられない。

最近は咳をよくされている。

白湯もよく飲まれている。

それが忌厄祓いをしていないからなのか、夜休まない生活をしているからなのか…。

分からない。

なぜなら視えないから。


しかし、こんな状態を続けるわけにはいかない。


…那留守様が折れる事はない。

それだけは分かった。


乾いた咳が聞こえる。



色々言いたい事もあるが、ついに私の中で那留守様の体調の心配が勝ってしまった。




ため息をついて私は立ち上がり、那留守様の前に立つ。


「もう休みましょう。」



そう言い重苦しい儀式の服を緩めた。



那留守様は笑った。


その笑い方が何だかまた癇に障ったが、






もういい…そして、私も疲れていた。


慣れない暮らし、屋敷から出れない、他の誰かと関わることもない生活。

儀式に清め、掃除に那留守様のお世話。


(この時代の感覚か仁依雅には“嫌”“やりたくない”という感覚はない。それだけ使命が“絶対”である。)



…自室に戻り、儀式の服を脱ぎ捨てた。


今後は…。


これからどうするのか。


どうしていくのか。


そして那留守様はどうしたいのか。


どうして欲しいのか。



腹を割っての話し合いだ。




那留守様の食事を知らせる鈴が鳴る。



いつの間にか眠ってしまっていた。

眠ってしまう事すら本来なら許されずありえない。

朝の神事すらすっとばしてしまった。


ありえない事ばかりだ。

本来なら罪悪感に押し潰されそうになるが、今はそれどころではない。



食事を持って那留守様の所へ向かう。


那留守様は起きて庭を眺めていた。




那留守様を横目に、食事の用意をした。


そして、



「那留守様は私にどうして欲しいですか?」


そう聞くと、真っ直ぐと見据えて応えてくれた。



「何度も言うが、おそらく私の体は一年はもたない。占いでは2ヶ月と言われている。

確かに私自身も2ヶ月だと思う。だから忌厄(いき)祓いは必ず失敗する。

私が背負っているのは呪いではない。
…それに忌厄祓いは仁依雅、お前の命を削る。」


「私は2ヶ月を超えたい。それだけでいい。…雪を見るまで生きたい。奴らの思う通りなどつまらない。」


「忌厄祓いが失敗(この場合那留守様の死)すると、おそらくお前はどこかに送られ幽閉される。そこからは分からない。出れる事があるのか、一生出られないのか。私はそれも避けたい。私が死んだら…」



那留守様は私の前に座り直した。


「いいか仁依雅、忌厄祓いは失敗する。

私はきっと死ぬ。私は視える。けど私が死んでお前がぞんざいに扱われるのは嫌だ。お前は何も悪くない。

忌厄祓いはその呪いを受ける者を出した家は、失敗しようが成功しようが繁栄すると言われている。
お前の家はお前が命を懸けて守っている。安泰だ。

ただ、忌厄祓いが成功したとして、ここから出れるのは一年後に二人共生きていた場合のみだ。

私は一年もたない。私が死んだ場合お前はどうなるか分からない。どこへやられるか分からない。

…私は神も神官たちも信用していない。

だから、私が死んだらこの鈴を鳴らせ。私の信用できる者がお前の生きる場所へ連れて行く。そしてお前はそこで新たに暮らすんだ。」


「私が生きている間だけでいい。数ヶ月…私に巻き込まれてくれ。」


「あと…忌厄祓い以外の神事は好きにすればいい。お前とお前の神との契約だ。」

最後は嫌そうに横を向いていた。

何故そこまで神事を嫌がるのか分からない。


しかし話を聞いていると何となく納得もできる。

気持ちも分かる。

そして、気にかける必要のない私の事も気にかけてくださっている。

那留守様に悪意はない。

素直なだけだ。

とにかく、

忌厄祓いは辞めろと。

那留守様が思う健康な生活をしたいと。

今はまだ春の終わり。周りが言う2ヶ月を過ぎ、雪を見る。

それが願いだと。


今までは寸分違わず何もかもしなければならなかった。


大人達に言われたままだった。


それに疑問も無かった。



正しいと思っている事は本当に正しいのか。


視えていないから、なにも分からない。



しかし…自分達で未来を創っていくような気がして、何だか笑ってしまった。


結局、この命は誰のものなのか。



何のために生を受けて、何のために生きているのか。


大きな流れの中のあってもなくてもこの死にゆくという決まり…すなわち流れは止められない。



ここを出るには、那留神様が健やかである事。

そして呪いが私に移り、私が浄化し終えたと判断されるのが約一年後である。

那留守様が亡くなれば、私の身も保証されない。
それは、何となく父母の様子を見て分かっていた。
あれが今生の別れだと。


「お前は悪い奴じゃない。いい奴だ。私には分かる。

だからこんなふざけた儀式…頭の硬い御上のやつや神官たちにいいようにされて欲しくはない。」



いい奴の定義は何なのかは分からないが、那留守様こそ“いい人”なのは分かった。

「仁依雅、お前だから頼むんだ。ここにいるのがお前で本当に良かった。」


…そこまで言わせてしまった。



呪いがあろうがなかろうが、一年生き延びれば成功とみなされる。




生きて出る。


生きて出たい。



仁依雅の目に光が宿った。








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