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④「けど、知ってた?結局僕の命は僕のものなのにね。」


前回の続きです。


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私と那留守(なるかみ)様の間にほとんど会話は無かった。



身支度の際も、食事を運ぶ時も。


体調の加減を聞くが、「変わりない」とだけ言われる。





実際床にいる事よりも、座って読み物をしていたり体を動かしている事が多かった。


顔色も悪いようには思えず、




何が彼を呪っているのか、検討もつかない。


いや、検討はつく。


“あの中に本気で僕を殺したい奴らがいる。

あの中には命をかけて僕を守ろうとする大人と、命をかけて僕を殺したい大人がいる”


あの時そう言っていた。


しかし何があれ、呪に負けるわけにはいかない。



那留守様の身の回りのお世話と共に。


ここに来る前に徹底的に叩き込まれた払いの儀式を日々滞りなく行う。


数日がたった。


儀式には慣れてきたが、呪が自分に移っている様子もない。





実を言うと…私は神職に向いていないのかもしれない。


ずっとそう思っていた。



呪や霊、神など現在まで視えた事がないのだ。


今まで受けてきた神託の儀講(学校のようなもの)で、一通りの事を学んできたものの、その中には視える能力のある者が沢山いた。


もちろん視える視えないは基準ではないので困る事はなかった。



しかし、父や兄はおそらく視えていた。


神や神霊などへの敬い方、扱い方が違っていた。




私は…


どうあがいても、どう努力しても、視えなかった。




なのに、那留守様と年齢や背丈が近い、そして私の家の理由で自分が預かる事になってしまった。



“私などが申し訳ない。もっと能力の高い者が…”


そんな想いもある為、出来る限りの事をしようと決めていた。






ある夜、普段と同じ様に忌厄(いき)祓いを始める。


しかし、何か違和感があった。



確かに那留守様は眠られているはず。


一本の蝋燭の灯りはあるものの、和紙で顔を隠している事で前は見えない。


祝詞は途中では止められない。




…これが、“呪”の気配なのか。


自分がしているのは、“呪”を移す儀式。



初めて感じる感覚に背筋が冷たくなった。



“呪を自分に移し浄化する。”


この役目の始まりを感じた…。







次の瞬間。


自分の名を呼ばれた。



「仁依雅(にいまさ)。」




そう聞こえた瞬間、顔を隠す和紙をペロンと持ち上げられ、剥ぎ取られた。





そう。


ペロンと。





思ってもいない事が起きたので、自分でもこんな声を出せたのかと驚くくらい大声で叫び声を上げてひっくり返った。



それに驚いた那留守様も後ろにひっくり返っていた。



状況が把握できず、腰を抜かしたまましばらく息荒くボーっと起き上がってくる那留守様を見つめていた。



お互い腰をついたまま、



そしてもう一度、



「仁依雅」




そう呼ばれた。




はっとして、


「申し訳ございません!!」


と頭を下げた。




明らかな不備だ。


儀を途中で止める事になってしまった。



那留守様は私が付けていた和紙を破り捨て、


「見事だな。ここに来てから、子鬼一匹見かけない。」


そして



「仁依雅、一度話をしよう。」


と言った。




外は明るくなり始めていた。


途中で止めた義は、最初からとなる。


しかし、もう夜も明ける。


間に合わない。


ぐるぐると回る思考を止められず、動けずにいると、


「神事は臭いから嫌いだ。今すぐ着替えてこい。飯にしよう。」


意味がわからない。


神事が臭い?

飯?


「清めも浄化もいらない。とにかく着替えて飯だ。」


那留守様の圧に勝てず、言われるがまま着替えたが、こんな早朝飯が届いているはずもなく、常備してある菓子(硬い芋)と茶(ほぼ白湯)を持って那留守様の前に座った。

もう朝日も登っていた。


今まで那留守様は最低限の返事や相槌しかしなかった。

私自身も身支度の際顔を見ることはなく、最初の挨拶の時ですら頭を下げ遠慮して目を見てはいなかった。

まともに顔を突き合わせたのは今回が初めてだった。


「先程の忌厄(いき)祓い、申し訳ございませんでした。」

先に私がそう切り出した。


「何も悪くはない。意味のない儀式だ。」


「は?」


「この呪と呼ばれてるものは、ただの中身の衰えだ。呪ではない。」


「呪ではない…?」


「呪だと、視える色が違うだろう。」


「色?」


「まさかお前、視えないのか?」


能力の低い者が来たと叱咤されると思い、歯を食いしばっだ。何を言われても仕方がない。例え罵倒されても、誰とも代われない。情けない話だ。


頭を下げ続けていたが、咎めるような言葉はない。


軽い調子で話されているが、これはお互いの命がかかった話だ。


「視える者の方が少ないからな。気にするな。それに、私は視えても対処が出来ない。」


「視える者が…少ないからこんな無駄な儀式をするんだ。人の命を懸けさせて。それより…。」


一段と低い声で彼は続けた。



「命を賭け事にするような事が嫌いなお前が、どうしてここにいるんだ。」



はっとした…。


那留守様は覚えていた。



あの時のやり取りを。









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