「“私”を生きるということ」〜新しい自分と出会い、表現したい〜(後編)

現在、南青山にあるエステサロンで、セラピスト(エステティシャン)として勤務している新多典子さん(44)。

セラピストの新多典子さん

(前編はこちら)

20代のときに編集部に勤めていた彼女は、ボディセラピーの仕事をしながらも、「“書くこと”にもう一度、挑戦したい」という気持ちが芽生えていた。

※本記事は2022年3月に行ったインタビュー取材をもとに作成しております。

東京への転居が転機に

2020年、奇遇にも家族の転勤の都合で、東京への転居が決まった。期待は実現に向かって進み始めた。

「東京に行くことになったら、“書くこと”を仕事したい」そう決めていた新多さん。しかしながら、ライターの経験は20代の10ヶ月だけ。これだけではすぐにライター業はできないと考えた。

(イメージ画像)セミナー受講

そのとき、ふと思い出したのが、以前に駅で見かけた宣伝会議の「ライター養成講座」だった。

タイミングよく受講をスタートでき、「コピーライター養成基礎コース(2020)」、「コピーライター上級クラス【中村クラス】(2021)」、「編集ライター養成コース(2021)」と、それぞれ約6ヶ月間の講座を立て続けに受講した。

世の中は感染症の影響でオンライン中心ではあったが、そこでライターとしての学びやコミュニティ作りを進めることができた。

そのかたわら、名古屋でのキャリアを活かし、南青山にあるエステサロンでセラピストとしての仕事も継続している。

東京のコミュニケーションに感化される

「もちろん人によりますが、街ゆく人の会話を聞いていると、東京は、言葉の文化が成熟しているなと肌で感じたんですよね。情報量が、全然違うなって思ったんです。聞こえてくる電車の中などの会話も、論理的なコミュニケーションがされているなって」。

(イメージ画像)東京

地方都市での生活が長かった彼女にとって、東京での生活はとても刺激的だったそうだ。

「自分自身の変化が反映していると思うけれど、東京と地方とは星が違うと思うくらい違うと感じる瞬間がある」そう語る彼女は、セラピストの仕事の仕方にも大きな影響を受ける。

「これまで、サロンの新規のお客様にプライベートの話を多く聴くことはなかったし、もともとはあんまりしゃべって施術するのは好きじゃなかったんです。

でも、働いているエステのお客さまに編集者の方がいて、インタビューのやり方について相談をしたときに、『人に話を聴いてもらいたい人は多いんです。本当は、人はインタビューしてもらいたいんですよ』って言われたんです。

人の話を聴き出すことや、インタビューは嫌がられるのではと否定的なイメージがあったのですが、そうじゃない、人の喜びになるんだと勇気をもらったんです」。

(イメージ画像)ボディセラピー

そこから、彼女はエステで施術をする際にも、身体を癒やしながら、客の心の奥にある気持ちを引出していく会話も大切にするようになる。

そうした会話で最近心がけているのは「ネガティブの180度先に、本当の願いがある」という考え方だ。一見ネガティブな発言ばかりする人も、その先には実はポジティブな想いが隠れている。

「会話の中で、相手の良いところを引き出して、それに気づいてもらって、本人の自信が湧いてきたり、何かの行動を促せたとき、とても嬉しいし、それが私の生きがいになっています。人と話すのがこんなに価値があって、楽しいんだと気付くことができました」と彼女は話す。

2022年1月に提出した「編集・ライター養成講座」の卒業制作では、エステで施術をしたことが縁となり、スタントパフォーマー・伊澤沙織さん(28)のインタビュー記事を作成した。

伊澤さんからは「今までインタビュー記事を書いてもらって、こんなに文字に愛情のこもった人はいなかったです」と喜ばれた。

「セラピスト×ライター」新多典子が確立した瞬間だった。

インタビューをして書くことで、自己表現を学ぶ

「心の服を一枚一枚脱がしていくような、インタビューがしたい」新多さんが現在掲げているライターとしてのポリシーだ。

2022年3月からは雑誌や書籍などで幅広く執筆やインタビューを手がけるベストセラー作家の上阪徹先生のもとで、ブックライティングについても学び始めている。

「ブックライターの仕事は、著者へのインタビューをもとに、著者の思考やアイデア、魅力を文章化して書籍にすることです。著者の良さを聴き出すことで著者の役に立てる。読者だけでなく、著者にも喜ばれる仕事。それは、セラピストとしての会話でやっていることと同じなのかもしれないと思ったんです」。

(イメージ画像)ブックライターは人を喜ばせる仕事

新多さんの文章は、堅すぎず柔らかすぎず、適度に整っていて読みやすく、文脈もしっかりしている。さらに、短い言葉で表現するコピーライティングが抜群に上手い。

幼い頃から本や言葉が好きだったことや、20代のときの編集部での経験がすべて巡り巡ってつながってきている。

これから目指すライフプランについては「自己表現がやっぱり目標なんだと思います。中学生のとき、国語の授業で『更級日記』を知り、自分も50歳くらいになったら自分の人生を書いてみたいなと思ったのがイメージになっている」と彼女は打ち明けてくれた。

30代の頃は子供を守るために、家庭や母親としての役割が自分の生きがいだった。それは、自己主張しすぎず、周りとの協調を大切にした時期でもあった。

娘が中学生になり、時間的な余裕もできてきた今、母親であることも幸せだけど、新しい「私」を開拓していきたいと思うようになったという。

「ライターが、インタビューで人の思いを書くといっても、結局、書き手の想いもにじみ出る。だから、表現する者として、今やっと社会に出た感じです」。

「だからこそ、取材で、すでに自己表現をして生きている人、自らを発信している人たちの素晴らしさに触れたいし、学びたい。表現の本質を知りたい。そして、その人をもっと輝かせたい」と彼女は優しい笑顔でそう話した。

女性が社会でさらに活躍する未来

総務省発表の労働力調査によると、生産年齢人口(15~64歳)における女性の就業率は年々増加している。特に2010年代からは上昇幅が大きくなっている。

経済のプリズム(参議院事務局 企画調整室)2019年発表論文
第181号: 働く女性の現状と課題〜女性活躍の推進の視点から考える〜から引用

このデータにはパートタイマーなども含まれているので、労働機会が男性と均一に近づいているとは一概には言えない。しかし、多様化が進み、女性が社会で活躍する場面が増加していることは如実に表れている。

もちろん、労働で収入を得ることだけが「人生を充実させる」方法ではなく、稼ぐことにとらわれずに「何かを表現し、成し遂げたい」と考える女性も多いのかもしれない。

少なくともこれは、さまざまな生き方を選べる時代の到来を物語っているのではないだろうか。

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今回、インタビューをした新多典子さんは、幼い頃から答えのない表現の世界、文章の世界に魅せられつつも、試行錯誤を重ねた10代から20代だった。それから結婚、出産を経験し、人を喜ばせることの嬉しさを知った。

そして巡り巡って、ボディセラピストを通じて「人の話を聴き、引き出す」ライターの道への視界が開けた。

それすらも彼女の人生にとっては通過点。最終的には、自分の人生を語るなどの自己表現をしていく未来が見えている。表現者としての彼女の人生は、まだ序章にすぎない。

(了)

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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