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BGM conte vol.10 《N.E.O.》


 中東某国には王子と呼ばれる人たちが複数いて、誰にも王位継承権のあることから、水面下ではそれはそれは壮絶な足の引っ張り合いが繰り広げられている。彼らは私設の暗殺部隊を各自所有しており、少しでも油断すれば拉致され切り刻まれて下水溝に流されるなんてことにもなりかねない。笑顔で握手を交わしながら、後ろに回した手に匕首が握られてるなんてのは、だから日常茶飯なのである。

 遊び方もまたド派手で、鷹狩りに凝ったさる王子様などジャンボジェット機をプライベート用に一機購入して、何百という鷹を同じ数の従僕の腕に留まらせて中央アジアの草原に乗り込んだという話だし、またある王子様は自宅の百エーカーに余る庭のぐるりに強化ガラス製の継ぎ目のないチューブを巡らせ、それを海水で満たし、そこに四頭の巨大なホオジロザメを放って飼育して、果ては余興と称してオリンピック競泳の元メダリストで今や落ちぶれてジャンキーに成り下がった誰やら彼やらに秘密裡に接触し、三百メートル後ろをスタートするサメどもに追いつかれずに五十メートルを泳ぎ切ったなら生涯遊んで暮らせるだけの莫大な賞金をくれてやるなどと甘言弄して招致し、で、のこのこ出向いた四人の肥満気味のかつてのアスリートたちは、王子の招待した各国のセレブリティの眼前で、スタートしてからわずか十秒のうちに残らずサメの餌食になるという、前代未聞のエンターテイメント・ショーを図らずも演じたのだった。

 もちろん公にされることなど金輪際ないが、それら四頭のホオジロザメが目下行方知れず。件の王子様は世界中に私設スパイを送り込んで血眼になって愛鱶らを追っているが、とても見つかりっこない。なぜなら手掛かりといっては、ガラスチューブの表に貼られた、

《We’ve just borrowed them 🦈🦈🦈🦈 for a while!》

 と記された小さなメモ書きと、

《N.E.O Kawaï 💘💘💘💘 were here!》

 の署名だけだったからである。
 いずれにせよ、施設スパイ団が日本で重点的に内偵を続けているのは言うまでもない。



 十月某日の日本時間零時、国道14号を猛スピードで連なって東上する十トントラックほどの大きさの四体の影があった。
 メタマテリアルコーティングされているので、周囲の風景に溶け込んでほとんどそれと知られないが、タクシーの内から窓外へぼんやりと疲れた目を向けた勤め人の何人かには、不意にその形をまざまざと現したようで、のちに自分が一瞬見たのはたしかにあれはサメの群れだったと証言した。

 新宿駅南口の明かりが遠くに見え出すと、陣形は横一線となり、彼女らは銘々手にしたバズーカ砲からロケット弾を一斉に繰り出した。その余波を買って明治通りに交差する辻を大きく身を傾けて右折南下する。同時に彼女ら四人の背後に、花爆弾の炸裂する音が耳を聾する。

 じき渋谷が見えて、すかさずロケット弾を四発、八発とお見舞いして視界の端にヒカリエが花ほむらを盛大に吹き上げるのを見届けてから六本木通りを左折。
 六本木通りを行き交うゴキブリのようなスポーツカーを下腹にかすめて、ホオジロザメはいよいよ加速していく。

《We are almost at Nishi-Azabu.》
《Copy.》

 彼女らはバズーカ砲をガトリング銃に持ち替える。陣形は上下に一列。西麻布の交差点を通過する前後に四方へ雨霰と銃弾を浴びせ、周囲はまた花ほむらの業火に包まれる。右手には六本木ヒルズの燦然と輝く光のタワーとその向こうに蝋燭の火のような東京タワー、左手前方には東京ミッドタウンの煌めきがあって、四人は打ち震えながらガトリング銃を放擲してお次は多連装ミサイルランチャーに持ち替える。

 警視庁はそのルートから彼女らの最終的な狙いを割り出したもので、米軍と自衛隊と連携しながら瞬時に有事行動を開始している。皇居の周囲は新宿爆破からわずか五分のあいだに堅牢に守備され、その二分後には極秘の地下道を通って国会議事堂前に戦車部隊が集結。六本木通りを追尾するパトカーの群れとは別に、都道319号と外苑東通りとを全速力で南下する別動隊がすんでのところで彼女たちを鼻先にかすめた。ただしその刹那、自衛隊の特殊装甲車の一台がペンキを浴びせることに成功、かくしてサメとシャークライダーらはピンクに染まって夜の東京を疾駆することになる。
 にわかに渋滞した車列の上を問答無用で踏み潰していく黒塗りのハマーこそは、某国の王子様直属のスパイ組織のそれ。これがにわかに警察車両と衝突して、我が国開闢以来初となる首都内銃撃戦を招来することとなる。サメどもはアスファルトの上すれすれを舐めるように滑空したかと思うと、彼女たちが酸素ボンベを装着し終わるのを待って、路面の下へと徐々に潜り込んでいった。ホオジロザメのいくところすべてが海になることを、ヒトの未熟な脳はいまだによく理解し得ない。



 あれから数日後、彼女たち四人は南の島のビーチチェアに寝そべって、時間を忘れている。時折起き上がってはサングラス越しに沖合を覗いたり、子どもの頭ほどもあるグラスのブルーハワイをストローで啜ってみたり。

 同じ頃、日本の首都を襲った未曾有のテロのニュースは世界中を駆け巡り、世界を恐慌に陥れ、ついにはアメリカが乗り出して、首謀者の割り出しに躍起になっている。そうしながら日本が、そして世界が困惑するのは、ド派手な爆発をかしこに伴ったにもかかわらず、建物は微塵も崩壊しておらず、間接的な死傷者は出たものの、爆発による直接的な死者はおろか、怪我人すら出ていないという事実だった。

「とうとう世界を騒がせちゃったわね」
 パラソルの下でいい匂いのする若い現地のイケメンに背中をオイルマッサージされながら、彼女らの一人が言う。
「これを機に、首都機能の分散を検討するらしいわよ」
「こうでもしてあげないと、重い腰をあげないからね、ニッポンのオジさまたちは」
「オバさまたちもよ」
「そうよねぇ」
 そう言って四人は高らかに笑った。
「今度はどこにすっかな」
「ニューヨーク、あるいはパリ」
「でも、王子様に早くホオジロちゃんたち返してあげないと」
「そうよね。王子様もすっかり元気なくしちゃってるらしいから。でも大変ね、あの子たち、ヒトの味覚えちゃって」

 この先なにが起こるのだろうと日本ばかりか世界が戦々恐々としている。え? 結局なにも起こらないの? と拍子抜けしているのでもある。

 いやはやなかなかどうして。
 花爆弾の威力は、これからが見もの。


fin

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