BGM conte vol.7 «それはスポットライトではない»
新宿といえばロラン・バルトもフレディ・マーキュリーもこぞって二丁目に日参したものだがいまや思い出横丁もゴールデン街も外国人の溜まり場のようになっていてとりわけヨーロッパの男どもはゴールデン街がお気に召したようだがそれは安い酒が飲めるからで安い酒のあるところには安い女が必ずいるもので日本人の男が行ってもお呼びでないよの顔されてすこぶるバツが悪い。
向こうは見透かされるのを嫌がるようだが安い女でもいいから人肌恋しくてたまらない夜というのがあってほんの二十数年前まではゴールデン街なんて斜陽も斜陽劇団員と映画人とバンドマンとそのほか有象無象の怪しげな文化人崩れがたむろしていたもので隣の花園神社は芸事の神様だからこんなところで屈託してたら見かねてご利益あるかもなんて言い出したらいよいよ焼きが回りやがったって鼻で笑われたものだがあの時分境内にはよく大テントがかかって頭の大きな厳しい顔の役者がなんだかよくわからない口上を延々と述べてタタンと派手に見得を切っていた「あかるい花園五番街」なんて看板掲げた路地が隣りにあるじゃないあれと一緒にされるのをゴールデン街の店主らは心から嫌がったものであの時分でも零時を回ると店の前のベンチで髪の薄い肥えた年増らが夏なんか開いた股のうちへ団扇なんぞで風を送り込んでいる頭の上の風鈴が思い出したようにカチカチ鳴ってあれこんな夜更けに夕涼み風流なとほろ酔いで近づこうなどすればやめとけありゃむかしのいわゆるチョンの間みたようなことして千円札三枚でなんでもやらしてくれると言われて以来そんな場所があると知ったことがなんだか御守りみたいな強みみたいでいつかババァをたんとかわいがってやろうなんて思ってるうちこちらがジジィになっていたという。
数年前に仕事仲間と一緒に冷やかしに行ったときにはもう外国人がうじゃうじゃいて角の店なんかずいぶん割り切ったもので新宿の闇市の名残とか学生運動のしみったれた感じとかすっかり洗い流してド派手なネオンで店先飾って店内から流れてくるのはラップだかヒップホップだかレゲエだかまぁそんな類の音楽で半裸の日本人女が嬌声上げながら黒人どものバスケットボール代わりになっている白人男は大概サングラスなんぞかけて人間観察に余念がなく方々に小便垂れ流す酔っ払いのオヤジ(日本人)の背中にshit ! と悪罵して唾を吐くこちらは隣の止まり木に座ったアンダルシアの貧乏旅行者相手に中学英語で新宿観光案内を訥々としてやったらカウンターの若い女が露骨に嫌な顔をして割って入ってそれはそれは流暢なスペイン語で対応し始めたものだから連れといそいそ退散してその店の名前はとうに忘れてしまったが客の誰もいない白い清潔な店でカウンターに知った背中があるなとつい目を凝らしたらなんのことはないありし日の俺たちであの頃は外人なんていなかった金髪ロン毛のマスターはもうバンド活動も先が見えてるからこの店を借金して買ったのよと言ってたくさんのたくさんのレコードをこちらが頼みもしないのにかけてくれてあんたはこんな音楽っぽいあんたはこんなのが好きなんじゃないかとか言われてそんなふうに曲をかけられるのってなんだか最高でたくさん笑ってたくさん怒鳴ってしまいにはたくさん泣いてどういうわけかあのときかけてくれた曲のひとつとしてタイトルを覚えておらずそれこそ長い長い年月を経ておやこれ聴いたことがあるぞあのときのとなって一つひとつ拾い集めていったこれもそんな曲のひとつ。
あれで周囲にはまばゆく輝いていたんだよ。いつかスポットライト浴びたいなんてささやかに思いながらここまできたわけなんだけどそれこそずっと俺たちなりのスポットライトだったのかもわからないしそれはスポットライトではないそういうもんだろ。
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