見出し画像

BGM conte vol.17 《YAKITORI》

たまにヤキトリ食べたくなるのよ。

あんたとさ。

まず匂いに誘われて、遠くでアセチレン灯の下、もうもうと煙の上がってるの見るなんか、もうたまらないのよね。そんなわけで、仕事帰りに駅前の鳥屋の前を通るたびにヤキトリがむしょうに食べたくなるんだけど、アラフォー女がおひとり様ってのもなんだかだし、それにあんたのことがさ、どうしても思い出されちゃうんだよね。カウンターに座って丸い背中を外に晒してさ、昔はあんたと場末でよく飲んだもんだよ。酔っ払ったあんたはさ、よくもまぁと思うくらい饒舌で、今思い出しても楽しい人だった。むっつりマジメ一本の夫とは大ちがい。

蛇の生殺しよろしく、鳥屋の前を素通りするわたし。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってね。ヤキトリなんか、もう何年と口にしてないなぁ。子どもたちも、たぶん、ヤキトリ食べたことないんじゃないかな。

ヤキトリ食わんでも生きいける。
それはね。

さて、ここで世紀の大告白。
あんたの大事にしてたハムスターのシロちゃんね。あれ、寝てるあいだに自分の背中で圧死させたって、あんたそれから一ヶ月も引きずったじゃない。あんたが圧死させたのはそれはたしかなんだけど、真相はちょっとちがう。酔っ払って向こうを向いて泥のように眠るあんたの脇にね、シロちゃんを故意に置いたの、じつはわたしなんだ。シロちゃんはあんたの背中にぴとっと軀を寄せてね、じっとしてた。そしたらあんたが寝返り打ってさ、シロちゃん、下敷きになってね。背中と布団の隙間からかろうじて鼻先だけ覗かせてね、しばらく呼吸してたんだけど、じき止まったみたいで、あ、これ、死んだなと。激しくもがくとか、悲痛な叫びを上げるとか、なにか合図があればわたしはすぐに助けるつもりでかまえてたんだけど、これがさ、残りわずかになったロウソクの火が自然に消えるみたいに、なんの兆しもないまま息を引き取った。そのとき、なんかものすごく怖くなったんだよ。なんていうか、自分を見ているようでさ。

だからわたし、逃げ出したんです。
愛とかいう、めんどくさいやつから。

ヤキトリと引き換えに、自由を得たともいえるのかな。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?