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失恋墓地

元麻布に「失恋墓地」があると聞いた私は、失恋を収めた柩をリュックに入れると、それを背にタクシーを拾った。
「失恋墓地まで」
運転手はなにも言わずアクセルを踏んだ。

降ろされたそこは廃屋同然のビルの正面で、導かれるように中へ入ると、左手に内階段が見え、これも迷わず下へと降った。階段は延々と続き、ようやく行き着いた踊り場の戸口に「失恋墓地」の看板が認められた。

扉を開けると右手に窓口があって、アクリル板の向こうにペストマスクの黒衣が控えていて、二三問答が交わされた。失恋したのは昨日だと告げると、
「日が浅いね。大丈夫?」
「はい。きっぱり焼いて下さい」
「あ、うちは土葬だけど、大丈夫?」

都心にまさかのカタコンベ。ペストマスクの翳す松明頼りに奥へと案内される私。行手に物音がしてペストマスクが息を殺した。
「ちっ、未練魂が」
そういうと、ペストマスクは懐から銃身のやけに長い銀色の銃を取り出して、長い影を引きながら奥へと走り去った。

(410字)


この作品は、たらはかにさんの企画に参加させていただいております。

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