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私家版「耳嚢」

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日常の裂け目。退屈からの解放。
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記事一覧

猫を食う人食わぬ人 3/3

 尾北は妻の具合が悪いと職場に偽ってふたたびの半休を取った。警察署へ出向いて生活安全課の…

FouFou
1か月前
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猫を食う人食わぬ人 2/3

 その夜遅く、隣家からは死角となる建物西側の通路にシャベルで穴を掘った尾北は、さきほど届…

FouFou
1か月前
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猫を食う人食わぬ人 1/3

 我が家の猫は世界一かわいい。  猫飼いならそう思うわけだ。  しかし人は人のうぬぼれを…

FouFou
1か月前
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娘のためのパヴァーヌ

 三女には生まれつき右手がなかった。   手首から先がなかった。  その「ない感じ」は、…

FouFou
2か月前
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夢の托卵

 庭で子猫が鳴いていると、家人がいう。それも複数。どうやらここを縄張りにするハチワレが庭…

FouFou
2か月前
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知命の蟹

……京都の天橋立でね、おっさんが転落したっていうね。なんかのニュースで見ましたよ。あすこ…

FouFou
4か月前
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タピオカ

 その日の午前中に小五になる息子の奏多のクラスで野外観察が行われた。  子どもたちは学校の敷地に隣接する田圃に出向く。国民的唱歌に歌われた田園風景を再現すべく近年自治体のあつらえた田圃で、背後にひかえるこんもり山には古墳時代の横穴墓群もあり、一帯は地元の観光スポットになっていた。ぜんぶで六枚ある田圃のうち一枚が近隣の児童の啓発用に充てられたもので、五月の連休前、代かきの済んだ田の周辺に生う草花や集う昆虫を、子どもたちは支給されたタブレットのカメラで撮影し教室に戻って調べるとい

ブルーベリー

「シフォンにブルーベリーがたくさんついてる」  下の娘がいうのを、野崎は気にも留めずにい…

FouFou
5か月前
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水顔

1  天井に楕円の水影が映る。  水影とは、戸外に置かれたバケツに張られた水の面が陽光を…

FouFou
6か月前
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妖怪酒場

 私がその酒場を見つけたいきさつは次のよう。夏の盆休みに、学生時代の友人と何年ぶりかに会…

FouFou
7か月前
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木霊

 今夜、ちょっと手を貸してくれないか。  二十年来音沙汰のなかった友人のSは、いきなり電…

FouFou
7か月前
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轆轤首

「首が、飛ぶの」  そう聞こえて、カウンターの端に座った四木は思わず顔を上げた。  歳は…

FouFou
8か月前
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愛人

 出社して一瞥するなり、その見慣れない若い女性を、取引先の担当者が原稿でも取りに来たくら…

FouFou
9か月前
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川獺

その昔……といっても明治の初め頃までは、東京は築地にも川獺(かわうそ)が出て、これが夜な夜な人に悪さをするという話が、田中貢太郎の聞き書き怪談に見えている。 橋の袂の共同便所に夜通し灯がともり、その灯が風もないのにゆらめくような夜には、きまって川獺が出ると噂され、芸妓の誰かが置屋の二階からひょいと覗いて、「今晩はダメ、灯が、少しヘンよ」となれば、その橋は渡らず、一行は隣りの橋まで遠回りして向こう岸へ渡った、とある。 待合に呼ばれた若い芸妓が車を待っている。待てども待てども