経済記事に見る"Goodwill"(のれん)についての誤解
IFRS 3 Business Combinationsの改正公開草案が公表されました。Reutersの記事にもなっています。
ただ、当該記事の中でのGoodwill(のれん)の説明が著しく不適切だと思い、正しい解説を行うべく、本記事を書きました。
和訳記事
1.指摘対象
記事の表現には色々と引っかかるところがあるのですが、この記事では1点だけとりあげて、根本となる事項についての誤りを指摘します。
Goodwill(のれん)の意味についてです。
一般向けの新聞記事に対して枝葉末節の事項を指摘しようというのではありません。経済記事を書くのならば正しく認識しておく必要がある点です。
具体的には、以下の表現(の背後に読み取れる誤解)を取り上げます。
2.誤解内容と正しい解説
記事の説明からは、企業買収の際の買収価格は以下のように計算されると読み取れます。
しかし、これは正しくありません。会計基準(および会計実務)では、
として計算します。
「え?式の変形をすれば同じことじゃないの?」と思った方もいるかもしれません。数式としてはその通りです。しかし、重要なのは「のれんは差額として最後に求められるものであり、決して"上乗せ価格(プレミアム)"として加算されるものではない」という点です。
買収価格は「純資産の時価 + のれん」という積み上げで決まるのではなく、ビジネスデューデリジェンス等を踏まえた経営判断・交渉の結果決まるものです。
会計処理の話をするのであれば(そしてIFRSは当然、「会計処理の話」であるわけですが)、以下の順番で金額が決まっていきます。
①適正なプロセスを経て決定した「取得価格(=買収価格)」が最初にあります。
②次に、専門家の評価等を経て「純資産の時価」が定まります。
③これら二つが定まった段階で、上記の引き算により「のれん」を算出します。
この業務フロー、順番に例外はありません。
Reutersの記事を普通に読むと、式1の左から順に情報が集まり、その結果として買収価格が決まるようにしか思えません。
それでは経済記事としてまずかろうと思ったのが本エントリーの執筆動機・趣旨です。
3.悪いのは原文?訳文?
A:両方です。が、致命的なのは訳文の方です。原文は言い逃れの余地がありますが、訳文は完全にアウトです。
訳文では"premium"を「上乗せ価格(プレミアム)」と訳したのが致命的誤りとなっています。
4.まとめ
Goodwill (のれん)は「買収価格 - 純資産の時価 = のれん」という差し引き計算により算出される残余概念です。
「買収時に支払う上乗せ価格(プレミアム)」ではありません。
5.付録
付録1:じゃあ、どう直せばいい?(原文)
なお、今回のエントリを見て「じゃあどう書けというんだ?」という疑問を持つ人がいるかもしれません。
私案がないわけではありませんが、今回は提示しません。それを提示しても「質の高い新聞記事とは~~」というような別方向からの突っ込みが予想され、本エントリの趣旨に合致しませんので。
Goodwill(のれん)は「①一流紙としての責任を持って、②正しさを備えつつ、③予備知識のない人にもわかりやすく、④簡潔に、⑤活字にする」のが困難な概念なのです。記者が、元の記事のような表現しかできないのであれば、記事(少なくとも該当箇所)を書かなければよいと思います。それだけです。
なお、「③予備知識のない人にもわかりやすく」と書きましたが、これが専門家向けの業界誌の記事だったらどうなると思いますか?「いくらかの予備知識を前提としつつ、正確・明瞭・簡潔な表現がされる」のでしょうか?
・・・違います。「わざわざ説明しない」のです。
付録2:じゃあ、どう直せばいい?(訳文)
上述の内容は訳文にも共通するのですが、原文に書いていることを「訳さなければいい」というのも乱暴ですね。こちらは一応、試訳を示しましょうか。
試訳:のれんとは買収価格のうち、純資産の時価を上回る部分である。
記事の訳文と比べてどうでしょう?「イメージがわきにくく、わかりにくい」という感想を持つ人もいるでしょう。しかし、そもそも「誤ったイメージがわきやすい」ことに価値はありません。
付録3:「のれんは何であるか」vs「のれんはどう算出されるか」
「のれんは何であるか」と「のれんはどう算出されるか」は全く別の論点です。公認会計士等の専門家でもこの二つを混同してしまい、議論が混乱することが珍しくないのですが。
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