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他社本の刊行中止について、青二才編集者の感想

先日、Xこと旧Twitterのタイムラインを見ていたところ、KADOKAWA翻訳チームさんのアカウントが、とても刺激的なタイトルの新刊翻訳本の告知をしていました(当該のポストはすでに削除)。

『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』

原書のタイトル『Ireversible Disaster: The Transgender Craze Seducing Our Daughters』
原書のamazonレビュー数は8000強、平均評価は☆4.8。
似非科学に基づいている、著者に思想的な偏りがある、差別に加担する内容だ、という批判が今回の炎上における反対派の意見に多いようです。
10カ国語に翻訳され、英タイムズ紙や英サンデー・タイムズ紙、英エコノミスト紙の「年間ベストブック」にも選出。

「きっと物議を醸す本だな。そういう意味で面白そう」というのが最初の印象でしたが、案の定、ポストのツリーには、出版を支持する人と、それ以上に反対する人の声が溢れかえっており、発売前だというのに炎上の様相を呈していました。
そして一転、KADOKAWAは12月5日に次のようなお詫びとお知らせをして刊行を中止することに。

学芸ノンフィクション編集部よりお詫びとお知らせ
来年1月24日の発売を予定しておりました書籍『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』の刊行を中止いたします。
刊行の告知直後から、多くの方々より本書の内容および刊行の是非について様々なご意見を賜りました。
本書は、ジェンダーに関する欧米での事象等を通じて国内読者で議論を深めていくきっかけになればと刊行を予定しておりましたが、タイトルやキャッチコピーの内容により結果的に当事者の方を傷つけることとなり、誠に申し訳ございません。
皆様よりいただいたご意見のひとつひとつを真摯に受け止め、編集部としてこのテーマについて知見を積み重ねてまいります。
この度の件につきまして、重ねてお詫び申し上げます。
2023年12月5日
株式会社KADOKAWA
学芸ノンフィクション編集部

https://www.kadokawa.co.jp/topics/10952/

すると今度は、「キャンセルカルチャーだ」「言論封殺」「現代の焚書」だという声がトレンドに入る事態になりました。
(すでに版権を購入し、かつ翻訳作業をしているわけで、かなりのコストがかかっていると予想されます。したがって刊行の中止という決断はなかなかの痛みを伴っているはずです)
私はLGBTQやジェンダーに関する知識が浅いですし、そもそも英語も読めないので、本当に出版中止にするほどの内容の本なのかどうか、現時点ではわかりません。ただ、仮に出版反対派が危惧している内容だったとしも、編集方針次第では、出版反対派もなんとか許容できる落とし所を探れたのではないかと愚考してしまいます。
たとえば……

  • タイトルや惹句を著者の主張に寄せず、中立的な立ち位置、あるいは批判的な立場から「これがベストセラーになっている社会ってどうよ?」的な問題定義として打ち出す。(ただ、事前にゲラを毀誉褒貶のある識者に送っていた〈おそらく推薦などをもらうため〉という情報があり、それが本当なら、打ち出し方としては最初から方向が決まっていたのかと思いますが……)

  • 内容に事実誤認や似非科学的エビデンス、ヘイトがあった場合、その都度、訳注や監訳者注で指摘する。

  • 当該問題に精通している人を監訳者・監修者とし、本書の著者の思想的立ち位置や普段の言論の方向性、本書を受け入れている層や反対している層の特徴、現地での客観的な評価、そして読むうえでの注意点などを明確にした「解説」を付け加える。

もちろん、コレ程度でエクスキューズになる内容かどうかわかりませんし、原著の版元や著作権者が許諾しないかもですが……。そして、もちろん出版後の批評・批判に耐えうる版元側の信念と胆力が必要です。

まあ、私は買って読みたかったので残念です。これほど話題になった本なので、他社さんが出してくれそうだけど……。

刊行中止といえば、昨年はこちらの本も話題になりました。

小説なのですが、内容がヘイトだということで刊行直後に回収されてしまいました。
私は小説などフィクションであれば、殺人や差別、人権・人格否定、変態的な描写など、どんな愚劣な表現があっても許容すべきと考えている人間なので(マルキ・ド・サド『ソドム百二十日』も「おもしろい」と思ったし)、「小説を自主回収するほどの酷いヘイトって何だ?」と思って、メルカリで5000円払って買って読んだのですが、内容は全然ヘイトではありませんでした。
確かに主人公のネトウヨの常軌を逸した発言や行動はヘイトそのものですが、それをもって「ヘイト本」と結論づけるのはあまりにも短絡で、こうした愚かな人間がなぜ生まれ、どんな思考をしているのかを描写しているだけです。(著者と物語の登場人物は別人格であるのは当然ですが、)そもそも著者自身が本書の主人公を唾棄すべき人物として突き放して書いているように私には読めました。
ただし、この小説にはコメンテーターの玉川徹さんとか国際政治学者の三浦瑠麗さん、政治家の山本太郎などの数多くの実在の著名人が実名で登場しており、かつストーリーの中で酷い目にあったりしているので、名誉毀損などで訴えられたら厳しいな、という印象は受けました。
版元側が自主回収したのはヘイト本であるというより、むしろこちらを心配したのではないか、などと個人的には訝ってしまいます。

さて、私もこの業界で末席を汚す立場ですが、もちろん社会を賑わす物議を醸すテーマの本を出したい思いがあります。しかし、半可通が調子に乗ると、目論見を誤って、関係者も読者も幸せにならない、出版中止という最悪の状況になる可能性もあるわけです。
つらつらと書きましたが、要するに、自分が理想とする本を出すためにも、個人的にも精進しなきゃなってことです。
(雑なまとめで恐縮です)

(編集部 石ぐろ)

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