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【離婚後共同親権】家族法制部会議事録を読み直す/第1回「ゼロベースの謎」

<前回>

議論はどのように始まったのか

2021年3月30日のことである。

親が離婚したあとの養育費の不払いや親権の在り方など、子どもの養育をめぐる課題の解消に向けて、30日から法制審議会の部会で制度の見直しに向けた議論が始まりました。

離婚後の子どもの養育をめぐって、上川法務大臣は、2月に子どもの利益を図る観点から養育費の不払いや親権の在り方などに関連する制度の見直しを法制審議会に諮問しました。

これを受けて、法制審議会の家族法制部会は30日に初会合を開き、法務省の堂薗幹一郎官房審議官が「離婚に伴う子どもの養育への深刻な影響や養育の在り方の多様化などの社会情勢に鑑み、幅広い観点から検討をお願いしたい」と述べました。

30日の会議には裁判官や心理学の専門家、それに、ひとり親の支援団体の代表など、およそ40人が参加し、ことし1月に法務省が親の離婚や別居を経験した人を対象に行ったアンケート調査の結果や、海外の法制度の実例などが示されました。

部会では今後、養育費を適切に確保するための取り決めや、父親と母親の双方が子どもの親権を持つ「共同親権」の導入の是非なども含め、離婚したあとの子どもの養育の在り方について幅広く議論される見通しです。

2021年3月30日 NHKニュースより
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210330/k10012945531000.html
※リンク切れ

ワンオブゼム

家族法制部会の議事録は、すべて公開されている。

一見、透明な情報公開のようにみえるが、さにあらず。
この後説明するように、一部編集が加えられたり、情報が隠されたりしているので注意が必要である。

議事録はこのように公開されている。

〔議事録〕
https://www.moj.go.jp/content/001349386.pdf

これを読むと、意外な展開をたどっていることが分かる。

この部会が設置された根拠は、法務大臣の諮問第113号である。これには、「父母の離婚に伴う子の養育への深刻な影響や子の養育の在り方の多様化等の社会情勢に鑑み,子の利益の確保等の観点から,離婚及びこれに関連する制度に関する規定等を見直す必要があると思われるので,その要綱を示されたい。」とあった。共同親権の導入を色濃く示唆している。
ところが、会議の冒頭、堂薗幹一郎委員(法務大臣官房審議官)の挨拶である。

堂薗:
父母の離婚に伴う子の養育の在り方につきましては,平成23年の民法改正の際に,両院法務委員会の附帯決議におきましても,離婚後の親権,監護の在り方等についての検討が求められております。
また,父母の離婚後,あるいは離婚前の別居段階における子の養育の在り方のほか,離婚に関連する制度といたしましては,未成年養子制度や離婚に伴う財産分与制度についても問題点が指摘され,その見直しに向けた幅広い検討の必要性が指摘されております。

議事録/P.2

こうしてみると、法務官僚たちは、政治サイドの思惑と異なり、共同親権はその中のワンオブゼムと捉えようとしている姿勢がみえる。
配布資料にも、その姿勢は垣間見える。この日のフリートークのたたき台として準備された資料は、次のようになっていた。

〔資料1〕
離婚及びこれに関連する制度の見直しについての検討事項の例
https://www.moj.go.jp/content/001345687.pdf

⑵ 父母の離婚後の子の養育への父母の関与の態様について
未成年の子の養育は,その父母が離婚した後でも,子の利益を最優先して
行われるべきという原則には異論がない(現行民法においても,監護に関
する取決めをする場合において,子の利益を最も優先して考慮しなければ
ならないと規定している(第766条第1項)。)。もっとも,父母の離婚後の子の養育については,父母がどのように関与することが子の利益に適う
のか,最適な関与の態様を定める際にどのような事情を考慮すべきか,D
V事案等への対応をどう考えるのかなどの点については,各分野の専門家
や関係者から様々な観点や課題等が指摘されている。離婚後の子の養育への父母の関与の態様に関して,我が国の子が置かれている状況,実態等から,様々な観点や課題等が指摘されていることを踏まえ,どのように考えるか。

資料1/P.3

同様の認識は、委員に選ばれた民法学者たちにほぼ共通していた。代表的なものとして、部会長に選出された、大村敦志部会長(東京大学教授)の挨拶を例に挙げよう。

大村:
これも先ほど堂薗審議官のお話にありましたけれども,子どもの養育に関する問題は, 民法や民事手続法に関するものに限りましても,早急に対応すべき重要な問題が幾つもご ざいます。実際にも様々な立場から様々な意見が示されているところでございます。また, 審議の対象は広い範囲に及び得るところから,民法内外の他の制度との関連付けも問題に なるなど,理論的あるいは制度的に難しい問題もございます。

議事録/P.7

大村部会長は離婚後共同親権賛成派であるが、この後みられるように、山場の場面を除いて、おおむね、公平かつ良心的に部会を運営しており、一定方向に意図的に結論を誘導することはほとんどみられない。
その他の民法学者たちも、この日のフリートークにおいて、同様の考えは繰り返し表明された。

隠された「共同親権」の是非論

ただ一人気を吐いたのは、水野紀子委員(白鴎大学教授)である。

水野:
背景には,家庭内に暴力があるときには,本当なら婚姻中から社会が介入する必要がありますのに,日本は残念ながら,それができていないという問題です。フランスとの比較で言いますと,フランスの少年事件判事は年間9万件以上,約10万件の親権制限判決を書いております。そして,そういう少年事件判事を大体9,000人以上の専門職がサポートしているという体制です。国民数がフランスの倍の規模の日本では,親権喪失も親権停止も,どちらも100件に満たない,二桁の数しか下されておりません。こういう子どもの保護がないところで,ただ離婚後共同親権にしてしまうのは,危険が大きすぎるように思います。

議事録/P.15

また、戒能民江委員(東北大学教授)も、DVを例外ケースとして検討することには、こう釘を刺した。

戒能:
DV事例は例外という考え方についてです。原則があって,それは誰でも適用されるのだけれども,例外というのが出てくるようなのです。それで,例外という考え方を,この面会交流とか養育費を考えるときに,果たして,いいのだろうかと疑問に思っておりまして,例外という考え方が続く限り,本当に子どもの安全は守られるのだろうかということを疑問に思っております。

議事録/P.16

また、赤石千衣子委員(しんぐる・まざーず・ふぉーらむ理事長)も、戒能委員の意見に賛同しつつ、ある方の相談事例を引き合いに、離婚後共同親権にこう釘を刺した。

赤石:
次の共同親権,あるいは共同の親責務と名前を変えるというような議 論がされているわけなのですけれども,やはりできないケースというのはすごくあって, この方も,我が家のケースでは子どもの進学先とか手術や処置など,とても自分が一緒に 話し合うことはできず,元夫の嫌がらせのような支配を受けながら,自分がのんでいくし かないのではないかとおっしゃっていました。

議事録/P.18

水野・戒能・赤石の各委員らは、この後に繰り広げられる議論においても、反対派(慎重派)の立場から鋭い反論を展開する。
彼女たちには、「敷かれているレール」が見えていたのであろう。

だが、議論自体は、王道の展開をたどった。
議論を方向づけたは、大石亜希子委員(千葉大学教授)である。

"エビデンスベース"をめぐるやり取り

労働経済学、社会保障論の研究者であるが、近年流行しているEBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング。証拠に基づく政策立案)の専門家である。
大石委員は、この後の議論において、中間試案に決定的な評価を下すことになるのだが、まずは第1回の発言をみよう。
大石委員は、調査研究の必要性を指摘した後、次のように述べる。

大石:
…海外ではそういった調査ですとか,あるいは行政データの利用が行われているのですけれども,日本ではそのような趣旨の調査が行われておりません。ですので,この点を是非,調査の企画と実施について御検討いただければと思います。

議事録/P.19

この発言を受ける形で、この後数回にわたって、当事者や比較法研究者へのヒアリング等、さまざまなデータが積み上げられていく。
ところが、これに意外なケチをつけた人物がいる。
棚村政行委員(早稲田大学教授)である。

棚村:
とはいっても家事事件ですと,法律をやっていますと,法的に重要な 効果を発生する要件事実論というのがあって,要するに,客観的に何があったのかという 客観的,実在的な事実,これももちろん重要だと思うのですけれども,これだけではなく て,当事者から見て感じた,あるいは当事者の目に映った事実,つまり主観的,心理的な 事実,これもかなり重要でして,特に家庭の問題を解決する場合には,この主観的な心理 的な事実みたいなものも重視しながら組み入れて解決をしないと,実効的な解決にはなら ないと感じています。これが第2点目です。やはり客観的実在的事実というか,法的に何 が重要かというのはかなり大きいことですけれども,やはり当事者の側から映った側面で の心理的事実にも配慮する必要がある。

議事録/P.20

棚村委員は、この後の議論においても、要所要所で長口舌をぶち、法務省側のたたき台をうまく中間試案として取りまとめるための主導的な役割を果たすことになる。
そして、この後に登場するのが、武田典久委員(親子の面会交流を実現する全国ネットワーク代表)である。

政治はとっくに介入していた

離婚共同親権問題について、唯一、当事者団体から、賛成派だけが委員に入っているのである。
この委員選任には、当時自民党参議院議員であった馳浩氏の意向が働いているともっぱらのウワサであった。共同親権に関する当事者団体の一方だけが入りこめたことは、すでに「政治の介入」の認識は、委員たちにもあったであろうが、翌年夏、改めて痛切に思い知らされることになる。
武田委員もさっそくトップギアである。

武田:
親子ネットの母親当事者向けアンケートでもDV有無も設問に入れたとこ ろ,大体半数ぐらいのお母さんがDVを受けていたと回答しており,具体的には,連日罵 倒され,追い詰められ,無理やり離婚届に判子を押させられり,出ていかされたり,とい う酷い目に遭っています。これはまさに「同意のない子どもの連れ去り行為」だと思いま す。その後,家庭裁判所に行き,面会交流調停を申し立てても,面会交流の決定は出ませ ん。裁判所で面会の決定が出ないお母さん,実は多いです。その後,私どもは「引き離 し」と呼んでおりますが,母親と断絶する子どもが増えている,こんなことを最近の支援 活動の中で感じているところです。

議事録/P.22

しかし、委員の多くは、棚村委員が述べたような主観論や武田委員のような当事者の利益100%の議論に与することはなかった。
代表的な意見は、原田直子委員(福岡県弁護士会)である。

空中戦批判

原田:
今回の議論で基本的な視点とされたものについて,資料1の最初のところですけれども, 例えば多様化とか変化とかいうことがよくキーワードで言われますけれども,これがどの ような意味で使われていて,それがどんなふうに離婚の規律の再検討の必要につながるの かという辺りの認識が一致していないと,考えている場面が違っていて,議論が空中戦に なるのではないかと思っています。
それから,調査を分析するについても,社会学,法学,心理学,いろいろな視点を変え た評価分析が必要ではないかと思いますし,ひとり親の調査を見ても,母子家庭と父子家 庭ではかなり差がありますし,見る視点も違うということで,一般的に監護親とか別居親 とかいうのではなく,監護する母親とか監護する父親というように,その置かれた状況, 社会的状況も考えながらの分析が必要ではないかと考えています。

議事録/P.25

こうした指摘は、この後の何人かの委員・幹事からも示された。
親権とは、子の利益とはといった、言ってしまえば大上段な議論を回避し、養育費の支払いや面会交流など、個別の場面に沿って、実際的な議論をしていこう、という共通認識が見られたのである。

そして、この時点は、「民事基本法制」に対象を限定しよう、という認識はほぼ示されていなかった。これは後付けで登場するのである。

フリートークの議論は、学際的で非常に幅広く、法学、心理学、社会保障といった分野で委員自身の研究視点から、様々な議論の方向性が示され、その中に、「共同親権ありき」の議論はほとんどなかった。
というか、議論の俎上として挙げた委員はごく一部に限られていた。

それが、この後、なぜか議論の俎上に上がってくるのである。

(第2回につづく)






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