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【離婚後共同親権】面会交流原則的実施論はなぜ間違っているのか(3)「原則論の微調整は解決になるのか」

※前記事

前回記事でご紹介したように、面会交流原則的実施論は、裁判実務関係者からの総批判される、といえる状況になっています。

それを受けて、裁判所も徐々に姿勢を変化させてきているようです。

今回は、その中の数例をご紹介したいと思います。

1、リーディングケース(東京高決平25.7.3)

〔出典〕東京高決平25.7.3判例タイムズ1393号P.233

【事案】
DVが疑われる事案です。
2001年に結婚。2005年に長女が誕生したが、2012年3月に別居している夫婦。妻より、夫から奴隷のように扱われたとして夫婦関係調整事件が係属しています。
2012年10月に夫から面会交流の申立てがあり、原審の新潟家庭裁判所は、2013年(平成25年)4月、頻度等、時間、受渡場所、受渡方法を定めて妻に面会交流をするよう命じる審判をしましたが、妻が抗告。

【判旨】
「子は、同居していない親との面会交流が円滑に実施されていることにより、どちらの親からも愛されているという安心感を得ることができる。
したがって、夫婦の不和による別居に伴う子の喪失感やこれによる不安定な心理状況を回復させ、健全な成長を図るために、未成年者の福祉を害する等面会交流を制限すべき特段の事由がない限り、面会交流を実施していくのが相当である。」とし、面会交流原則的実施論に立つことを明らかにしました。
また、「調査官による調査によっても、未成年者が相手方を拒絶していることが窺える事情が認められず、未成年者が同居中の両親との良好な思い出を有しているといえる本件においては、原審が説示するとおり、面会交流を実施していくことが必要かつ相当である。」とし、調査官調査の意見書を重視する姿勢を示しています。
その一方、「未成年者が上記のような葛藤を抱える中で、いかにして両親が適切な対応をすべきか、すなわち、どのようにして相手方との面会交流を実施し、継続していくかは、子の福祉の観点から重要な問題である。
父母、子三者の情緒的人間関係が色濃く現れる面会交流においては、これら相互の間において、相手に対する独立した人格の認識とその意思への理解、尊重の念が不可欠である。
特に父母の間において愛憎葛藤により離別した感情と親子間の感情の分離がある程度できる段階にならないと、一般的に面会交流の実施には困難が伴うというほかない。
殊に、子が幼少である場合の面会交流においては、父母間に十分な信頼関係が醸成されていないことを念頭に置きながら、詳細かつ周到な面会交流の実施要領をもって行わなければ、面会交流の円滑な実施は困難であり、仮に実施したとしても、継続性を欠いたり、両親の間で板挟み状態にある子に不要なストレスを与える等、子の福祉の観点からは却って有害なものとなりうるおそれが大である。」とし、いわゆる忠誠葛藤が生じている状態においては、例外的に子の福祉を害するケースがあると判示しています。

【打越さく良弁護士の解説】
この判例を下記の教科書で紹介した、打越さく良弁護士(新潟県弁護士会・参議院議員)は、「子の利益・福祉に照らして相当な面会交流の方法とするように、慎重かつ丁寧な検討が必要であることは、確認されているといえよう」と評価されています。

〔出典〕打越さく良「面会交流事件に関する諸問題」(所収:金子修・山本和彦・松原正明「講座 実務家事事件手続法」(日本加除出版)P.75~)

しかし現実には、この決定から7年後の現在においても、画一的・一方的な面会交流原則的実施論が横行している、というのが実態なのではないでしょうか。

2、家庭裁判所調査官の意見書を排斥した例(東京高決平27.6.12)

〔出典〕東京高決平27.6.12 LEX/DB25541293、判例時報2266号P.54

【事案】
夫Xと妻Yは2007年に結婚。同居していたが、XがYを負傷させたほか、割れたコップで長男が負傷。さらに、面前DVもあったことから別居している例です。接近禁止を命じる保護命令が発出されているほか、面接交渉の場において、XがYを激しく非難している等の事情が認められています。
XからYに対する面会交流の申立事件です。

【判旨】
「Xは、子の福祉に反すると認められる特段の事情のある場合には、面会交流が認められないと解すると、裁判官が子の福祉を口実にどのようにでも介入できるとか、未成年者らは、Xも共同親権者であり、相手方の単独親権下にはないので、面会交流を制限することはできないと主張する。しかし、面会交流は、子の福祉の観点から決せられるべきであり、子の福祉に反すると認められる特段の事情のある場合には、認められるべきではないことは明らかであり、かつ、上記特段の事情の有無は、裁判官の主観的な判断ではなく、客観的で合理的な判断によって決せられるのであるから、裁判官が子の福祉を口実にどのようにでも介入できるということにはならない。また、共同親権者であるからといって、子の福祉の観点から子の面会交流が制限されることがないということはできない」
そのうえで、Yが同居期間中にXから受けた暴力及び障害、子ら面前DVの影響による心因反応の診断を認めたうえで、直接交流を行うことは「かえって未成年者らのXに対するイメージを悪化させる可能性があるため、相当ではない」としています。
また、XがYに対する暴力や暴言について謝罪し、Yとの関係改善を図ろうとする姿勢に転じることは「期待することができない」。
そこで、Yに大きな負担を課すことにはならない方法を検討した結果、写真の送付とXからの手紙を未成年者らに渡すことのみを認めました。
本決定で注目されたのは、調査官意見の取扱いです。
以前別記事で、裁判官が盲目的に調査官意見を採用する実態を指摘する論考を紹介しました。

本事案でも、「未成年者らに面会交流を控えなければならないような事情がうかがえない」とする意見書が出されていましたが、裁判所はこれと異なる医師の診断書を採用し、未成年者らの心因反応を認定しています。

〔判例解説〕
花元彩「DV高葛藤事案における面会交流の可否及び方法」新・判例解説Watch(法学セミナー増刊)18号P.89/日本評論社
安井秀俊「DV事案における面会交流の可否」福岡大學法學論叢62巻4号P.1037~
※花元彩・・・桃山学院大学教授
※安井秀俊・・・福岡大学教授

3、面会交流原則的実施論への批判を排斥した例(東京高決平29.11.24)

〔出典〕判例時報2365号P.76~、家庭の法と裁判23号P.68~

【事案】
面前DVの疑いがある事例です。
夫Xと妻Yは、2009年結婚。2010年に長男、2013年に次男が出生。妻Yの育休取得や働き方に意見の相違があったほか、激しい口論、妻Yの腕を掴んで夫Xが子どもの面前で怒鳴るなどの事情があり、妻Yに頭痛、不眠などの症状が認められています。
XからYに対する面会交流の申立事件があり、原審(前橋家庭裁判所)は、面会交流を認めたところ、Yが抗告。
面項交流を回避すべきという診断書を提出したものの、裁判所はこれを認めませんでしたが、以下のように判示しました。

【判旨】
「父母が別居し、一方の親が子を監護するようになった場合においても、子にとっては非監護親も親であることに変わりは無く、別居等に伴う非監護親との離別が否定的な感情体験となることならすると、子が非監護親との交流を継続することは、非監護親からの愛情を感ずる機会となり、精神的な健康を保ち、心理的・社会的な適応の維持・改善を図り、もってその健全な成長に資するものとして意義があるということができる。
他方、面会交流は、子の福祉の観点から考えられるべきものであり、父母が別居に至った経緯、子が非監護親との関係等の諸般の事情からみて、子と非監護親との面会交流をすることが子の福祉に反する場合がある。
そうすると、面会交流を実施することがかえって子の福祉を害することがないよう、事案における諸般の事情に応じて面会交流を否定したり、その実施要領の策定に必要な配慮をしたりするのが相当である。
抗告人は、いわゆる面会交流原則実施論を論難するが、抗告人の主張の趣旨とするところは、上述した考え方と必ずしも矛盾するものではない。」
また、試行的面会交流において、子のXに対する反応に問題は見られなかったとしつつも、Xには以前から他者への配慮に欠ける独善的な行いがみられることも事実であり、Yが安心して未成年者らを面会交流に送り出すことができる環境を整えることが必要である。したがって、「未成年者らとXとの直接的面会交流を認めるのが相当であるが、未成年者らは平成26年12 月のXとの別居後、これまでXと3度の試行的面会交流をしたのみであるから、短時間の面会交流から始めて段階的に実施時間を増やすこととし、頻度は1か月に1 回とし、面会時間は半年間は1時間、半年後からは2時間とするのが相当である」。さらに、「面会交流を円滑かつ継続的に実施していくためには、1年6か月(18回分)の間は面会交流の支援を手掛ける第三者機関にその支援を依頼し、同機関の職員等が未成年者らとX との面会交流に立ち会うこととし、時間をかけて未成年者らとX との面会交流の充実を図
っていくのが相当である」としました。

4、3つの判例からいえること

上記1~3の判例から言えることをまとめます。

①明言はしていないが、いずれも面会交流原則的実施論に立って判断している。また、子の福祉についての内実に踏み込んだ判決はなく、面会交流が一般論として望ましいという発想に無批判に立っている。

②例外的に面会交流を制限・禁止することが可能であることは認めているが、結論においては、制限はするものの禁止はしていない。結局、どのような場合に禁止が可能なのか明らかではない。

③具体的事情を踏まえて、段階的増加策、間接交流の活用など、多様な方策で何らかの「交流」を実現しようとする姿勢はうかがえるが、内容は「交流」とは名ばかりのものもみられる。

結局のところ、面会交流原則的実施論そのものを問い直すというよりは、画一的運用から来る不都合を、裁判官の広汎な裁量に基づく微調整によって、具体的に妥当な解決を図ろう、というのが基本的な姿勢のようです。

5、その他の面会交流事件の判例

後掲する<参考HP>の情報によれば、次のような判例が確認できます。

①離婚訴訟係属中、夫が、妻に虚言癖があるとして、妻だけではなく市や銀行などを相手取り、別途不法行為の損害賠償訴訟を提起した事案において、面会交流の条件が整っていないとして却下した例(札幌高決平30.2.13)

②試行的面会交流を実施した結果、子の福祉に反することが明白になったとして、直接交流を禁止し、間接交流のみを認めた例(名古屋高決平29.3.17)

③DVのほか、合意にない夫の付きまとい行為等の事情が認められた場合に、父が母や長女の心身の状況等に配慮した面会交流を期待することもできない等として、申立てを却下した例(仙台家審平27.8.7)

これらの具体的事情を丁寧に認定した決定を見ると、前記事でご紹介した、元裁判官たちの「面会交流原則的実施論」という論が裁判所内で存在しているわけではない、という説明にも納得感はあります。

であるならば、原則的に実施するとかしないとか、面会交流を制限禁止する立証責任とかという民事訴訟法的解決から離れ、従前の総合考慮による具体的に妥当な解決を図る方が、優れているといえるのではないでしょうか。

<参考HP>
Gender and Law・・・選択的夫婦別姓訴訟を手掛ける榊原富士子弁護士の事務所(さかきばら法律事務所)でまとめられている判例集。判旨やリンクが充実しています。

<参考文献>
稲垣朋子「面会交流の多様化をめぐる序論的考察」大阪大学 国際公共政策研究24巻1号P.49~
※筆者は三重大学准教授

【次回】
見直しが始まった原則的実施論

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