見出し画像

【離婚後共同親権】家族法制部会議事録を読み直す/プロローグ「消失」

〔写真〕ドイツ・ハンブルクにある聖ニコライ教会の教会塔。一見、立派な建物を想像するが、実は廃墟である。第2次世界大戦中の1943年7月、連合国軍の空襲によって教会施設のほとんどが破壊され、教会塔だけが奇跡的に残った。戦後、復興されることはなく、戦争の悲惨さを伝える遺構として継承されている。
素材はfotomaさんのフリー素材より。 

異例のパブリックコメント

2022年12月6日。
離婚後の家族のあり方に大きな影響を与える法改正について、パブリックコメントが始まった。

いわゆる離婚後共同親権の導入の是非を問うパブリックコメントの意見募集期間は、原則30日の倍以上、73日間も取られた、異例のものである。

年間20万件、3組に1組のカップルが離婚するともいわれる今。離婚カップルの間に生まれた子どもを育てるルールをどのように決めるのか。多くの人々の暮らしに影響を与えることは想像に難くないが、国民に意見を問うにあたって、奇妙な迷走を重ねた。

発端は、まだ夏の暑さが厳しい8月末にさかのぼる。

怒号

 離婚後の子どもの養育制度を検討する法制審議会(法相の諮問機関)が30日に予定していた中間試案の取りまとめが、急きょ延期された。父母双方の「共同親権」導入か、「単独親権」維持かが主なテーマで、延期の要因は直前の自民党法務部会だ。共同親権導入を求める一部議員が試案の変更を迫り、法務省側が再検討に追い込まれる異例の展開に。有識者は「法制審への政治介入で非民主主義的だ」と批判する。

▽廊下まで怒号
 「この議論は法制審に反映されるのか。何のための法務部会だ」「法制審はこんなことしか決められないのか。半端な議論をしているんじゃないんだ、われわれは」。自民党本部で26日あった法務部会。会議室内の議員の怒号は、閉められた扉越しに廊下まで響いた。

 法務省が自民党法務部会に法制審の議論状況を説明するのは3回目。終了予定時刻を大幅に過ぎた頃、強硬に共同親権を求める議員が今の案は分かりにくいとまくし立てる。法務省側が取りまとめを見送る方向を示し場を収めた。同省幹部は吐き捨てるように言った。「思い通りの案にならなそうなら全部ぶち壊してしまえという、それが政治なんだろう」

(上記記事より)

ここまで順調に法務官僚のペースで進められていた議論が、自民党の一部議員の強硬な横やりで、急遽ストップしたのである。

背景には、共同親権推進派内部の路線対立があるとみられる。法務官僚や共同親権導入に賛成する学者(委員)たちは、当初から、選択的に離婚後共同親権を導入する、穏健な案を目指していた。ところが、これに強い不満を持つ強硬な推進派は、2022年の春先から、「原則共同親権導入論」を強く訴え始め、自民党や日本維新の会にロビー活動を展開する。
穏健派にも、この動きは伝わっていたのだろう。ほぼ月1回のペースで進められていた議論は、2022年初頭、ある委員の発言をきっかけに急に議論のスピードが上がり、6月・7月になると多忙な委員たちのスケジュールを調整し、月2回開催にこぎつけている。
こうした議論のあり方は、家族法制部会内部でも強い軋轢を生んだ。4月の部会では、一部委員と大村敦志部会長との間で、激しい応酬が交わされる一幕も起きている。
しかし、結局のところ、何とか穏当な案に落ち着けようという、穏健派の委員たちの努力は実を結ぶことはなかった。8月に超法的措置ともいうべきストップがかかって以降、法務省のHPから、家族法制部会の開催予定表が綺麗に消えたのである。

事態は11月になって動いた。
11月10日、法務省側の"修正案"が、自民部会において"了承"されたのである。東京新聞の報道によれば、「私たちの意向が反映された。これならパブコメをしてもいい」と評価したという。

そして、これまで消えていた開催予定表の中に、家族法制部会の開催予定日が急遽書き込まれた。
通常、1か月前に公表されていているものであるが、これまた異例の変更である。
おそらく、事前に委員たちには連絡が行っていたのであろう。2022年11月15日に開催された家族法制部会において、「部会資料20-1のとおりの内容で中間試案の取りまとめをすることが全会一致で決定された」(議事録速報)のである。

しかし、話はまだ続く。
この部会のHPにおいて、当初公表されていなかった文書が、後日追加公表されたのである。

奇妙な文書

それは、(赤石委員・大石委員・戒能委員・柿本委員提出資料)法制審議会家族法制部会の審議状況について と題されたA4一枚のペーパーなのであるが、部会の議論が根本的な欠陥を抱えていることが露呈したのである。

1.親権、監護、養育費等の法律相談・取決め・調停・審判・裁判など各段階における、紛争解決や安全確保の支援、法的な役務の提供に関する無償支援などの創設と定着が必要である。このための司法の財源に関する体制強化、大臣官房司法法制部との積極的・実質的な連携を欠いている。また家庭裁判所の研修・人員体制強化のための予算を拡充することが必要である。

2.子育てに関する税制・社会保障との関係が不明確である。離婚後の子の養育は児童手当、児童扶養手当の運用と拡充、修学支援制度(いわゆる高等教育無償化)、税制(扶養控除と所得)、社会保障給付と関連しているが、担当所管庁との連携が脆弱あるいは皆無で政府が一体となっていない。

(上記ペーパーより)

なんと、これだけ大掛かりな離婚法改正であるにも関わらず、それを支える、司法・行政・社会保障のインフラ、つまりヒト・モノ・カネの議論がほとんどなされていないのである。

まさかと思われた方もいるだろう。第一線の民法研究者たちが集った部会において、こんな迂闊なミスが許されるはずがない。彼らは、離婚にまつわるこれらの法的インフラが、長年、深刻な脆弱性を抱えていることを、それぞれの研究を通して痛切に理解しているはずだからである。

だが、それらはいともたやすく無視され、中間試案に全く盛り込まれるところはなかった。
そして、自民党政治家たちの横やりで、中間試案の何が捻じ曲げられたのか、一行も公表されていないのである。

これから、年末・年始にかけて、家族法制部会の議事録を改めて読み直し、レポートとして公表したい。
テーマはただ1つ。

いったい何が議論されなかったのか

ということである。
戦後最大の家族法改正、そしておそらく、戦後最悪の家族法改正となるであろう離婚後共同親権の導入。

DVやモラルハラスメント、虐待に苦しむ当事者たちの訴えは、どのように置き去りにされようとしているのか。これまでの議論をさかのぼることによって明らかにしたい。

加えて、今回の中間試案で、自民党政治家たちはなぜ、掌を返して中間試案を了承したのか、その謎にも迫ってみたいと思います。

(第1回につづく)

【分野】経済・金融、憲法、労働、家族、歴史認識、法哲学など。著名な判例、標準的な学説等に基づき、信頼性の高い記事を執筆します。