【離婚後共同親権】面会交流原則的実施論はなぜ間違っているのか(2)「関係者からの総批判」

※前記事

前回、渡辺義弘弁護士の寄稿論文に基づいて、面会交流原則的実施論が始まった背景や、その心理学的知見が何ら根拠に基づいていないことをお話ししました。

この論文は、2014年に脱稿した、とありますが、すでに2015年には、面会交流原則的実施論の弊害はほぼ明らかになっていたようです。

というのも、弁護士、元裁判官、元家庭裁判所調査官など、裁判所関係者全ての手によって、面会交流原則的実施論の問題点を総ざらいした論考をまとめた書籍が刊行されているからです。

梶村太市、長谷川京子編著「子ども中心の面会交流―子どものこころの発達臨床・法律実務・研究領域から原則実施を考える」(日本加除出版)

今回は、この書籍をご紹介しつつ、面会交流原則的実施論の何が問題になっているかを明らかにしていきたいと思います。

1、弁護士たちからの厳しい批判

①大阪弁護士会に所属する岩佐嘉彦は、児童虐待に陥った親と児童との面会交流の実情について、次のように指摘します。

「筆者の実感として、非監護親が監護親と同居していた時期にDVや児童虐待ともいえる行為がなされていたケースであっても「とりあえず面接させる」「面接場面でよほどのことがなければ面接を継続する」という事例に当たったり、見聞きしたりすることもある。調停委員が、親子の面会交流は行われるべきものだという素朴な考えから、きめ細かな検討もなく、強く面会交流を勧められることもある。
 民法766条は、児童との面会交流について、「子の利益を最も優先して考慮しなければならない」と規定しており、この理念は、児童福祉法に基づく虐待ケースにおける対応と変わることはない。
 (中略)
 仮に児童相談所が関与していれば、親子の面会について相当慎重なアプローチがなされたはずの事案について、家事手続きにおいて、単純に面会交流を実施しようとしているケースもあるのではないか。」
 (P.92~93)

②横浜弁護士会の斉藤秀樹弁護士は、面会交流原則的実施論を、そもそも紛争の実態にそぐわないという理論的な批判だけにとどまらず、それが引き起こした弊害についても厳しく批判しています。

「(非監護親)を深く聴取すると、そもそも非監護親が真意で面会を求めているとは思っていないことが多い。監護親への嫌がらせ、復讐、駆け引きなどを理由とする…要は、全く監護していなかったのに、何を今更言うのかということに尽きる。」
「離婚調停中の面会交流実施によって生じた問題事象が新たな破綻事由として追加的に主張されるようでは、失敗なのである。
 結局、両親の間に深刻な対立にある場合は、まずもってその解決を図るべきであり、避けてはいけない点なのである。」
(P.157)

 そして、司法の劣化が引き起こした例として、横浜地判平21.7.8の例を挙げます。

 これは、面会交流が停止してしまい、元夫から元妻へ損害賠償が請求された事案ですが、審理中に別途元妻から起こされた申立てに基づき、家庭裁判所調査官が調査したところ、子(小学校高学年)が、父から「異様な接し方」をされていた、というものです。
 そのことを調査官に切々と訴えていた事実が暴露されたのですが、斉藤弁護士は、「こんなことを子に言わせてしまったこと自体が失敗ではないか。」と指摘しています。
(P.165)

③このほか、札幌弁護士会の秀嶋ゆかり弁護士からは、「DVの被害者にとっては、「対等な関係性」が築けない夫からだけではなく、家庭裁判所からも、面会交流の調停(協議)では「対等」であるという前提での調整を迫られ、面会交流が「子どもの利益」であることを繰り返し説得される、という状況に陥るため、調停手続きが極めて過酷なものとなる。」
(P.215)

2、裁判官たちはどう考えていたのか

批判の矛先が向けられた裁判官たちは、どのように考えていたのでしょうか。

①元福岡家庭裁判所の判事であった坂梨喬弁護士は、以下のように述べています。

「子はふた親によって監護されることがその利益に最もかなうことであるという原則的面会交流論に内包されている考えは、単なる一般論にしか過ぎない…一般論は、一般論としての次元でのみその命脈を保つことができるに過ぎない。ところが、紛争はあくまで具体的なものである…次元が異なるのである。」
 そして、本来「面会交流の審理をはじめとして、家族法領域の審理が候考慮説的な心理方法によらなければならないのは、それが「家族」社会の法だからである。(財産法などの)「市民」社会の法ではない…(面会交流原則的実施論による)訴訟法的反映が、家事紛争をも請求原因、抗弁という市民社会での紛争解決手段を持ち込もうとする…そのような紛争を、近代合理主義の究極である要件事実的な発想で処理していいものであろうか。」
 そして、「監護親は、申立人である非監護親と子を合わせることが子の利益にならないと裁判官を納得させるだけの事実を主張・立証できなければ、申立人である非監護親は、何もしないで面会交流を認容してもらうことができる。そのような要件事実的審理は、審理の迅速化には寄与するであろうが、家庭裁判所の審理を形骸化させるものではなかろうか。」
(P.237~238)

②また、元千葉家庭裁判所判事だった大塚正之弁護士は、自身の経験から、裁判所の処理能力の限界を、客観的な分析を交えつつ、率直に認めています。

そして、必要なことは面会交流を困難にしていることを明らかにすることがないのに、そのような研究はほとんどされていない現実を指摘しています。
(P.266)

そして、面会交流原則的実施論に代わる提案として、面会交流合意形成システムの構築を提唱されています。
(P.276以下)

本書には、何人かの元裁判官の寄稿がありますが、総じて、面会交流原則的実施論なる判断基準が存在するわけではないが、そのように言われる裁判所の運用については、リソース面も含め、問題があったことを認めている内容となっています。

3、医師、臨床心理士たちからの指摘と改善提案

様々な心理的トラブルを引き起こしている面会交流原則的実施論は、医師や臨床心理士といった立場からも指摘が相次いでいます。

①児童精神科医の渡辺久子医師は、様々な実証データから、子どもが離婚過程でトラウマを形成すること、父母の諍いにさらされた子どもは脳に深刻なダメージを負っていること、そこから生き延びるために「偽りの自己」を演出することなどを指摘しています。

また、面会交流の拒否には子どもの身体感覚記憶に基づく根拠があり、監護親(多くは母親)に吹き込まれたものではなく、別居離婚後の面会交流の強要は子どもに有害であると指摘しています。
(P.28~30)

そして、「親とは、自分の要求を後回しにして子どもの要求に応じることのできる大人である」というコルドリーの定義を紹介し、子どもの気持ちを理解しようとしな大人は親と言えるのだろうか?と厳しく指摘します。
(P.31)

そして、離婚裁判では常にDVを疑ってほしいと指摘し、DV加害者の父親による、子どもへの脅しと口封じ(P.32)、人形を殺しまくる子ども(P.34)、被害妄想が未治療の父親(P.35)、調査官がだまし討ちして子どもを強引に合わせようとしたために解離性発作が発症した例(P.36)、父親からの虐待(P.38)、父親からの性被害(P.39)など、深刻な事例を紹介しています。

②同じく児童精神科医の田中究医師も、8歳と2歳の子どもの症例を詳しく紹介し、離婚やDVに伴うトラウマ体験が子どもに深刻な心理障害をもたらすこと、逆境体験が多くなるほど子どものうつ、自殺企図が増加する研究を紹介しつつ、次のように指摘します。

「面会交流が、本人の同意のないまま、大人の都合によって要求されることは、ようやく安定した生活の可能性に期待し始めた子どもにとって極めて重い心的なトラウマをもたらす出来事である。このことは、一層こどもに負荷をかけ、子どもの身体や精神に障害を与える可能性がある。」

(P.55~56)

③家庭問題情報センター(FPIC)に所属する、臨床心理士の山口恵美子氏は、機械化・マニュアル化された面会交流システムを、現場レベルで妥当な調整を図るべく、FPICの取り組みを詳しく紹介しつつ、次の4点を提案しています。

・結論先行を排し、特に初回調停では父母の心情、事情を丁寧に聴き取ること
・子どもの具体的な生活実態、子どもの意向等の子ども情報を父母が共有し、その上で、別居親には子どもの監護環境を尊重した謙抑性を求めつつ、子どもが継続して参加できる現実的な取決めができるように支援すること。
・子どもの生活実態を考慮した、却下要件の拡大ないしは実施猶予条件を運用の中で検討していくこと。
・調停前親教育と実施援助制度を前提とした調停制度の抜本的制度改革を子なうこと。

(P.133~134)

4、法学者が指摘する、世界的な面会交流の見直し

また、共同養育が世界の趨勢かのようなプロパガンダに対しても、学者から否定的な見解が寄せられています。

小川富之福岡大学法科大学院教授によれば、4年毎に開催される世界会議「家族法と子どもの人権」において、いかにして共同監護の抱える問題を克服していくか、というのが大きな課題になってきた、とのことです。
共同監護の問題点について研究している研究者の成果報告では激しい議論が交わされたり、小川教授が日本の単独親権制度について報告したところ、肯定的な意見を提示されたことも紹介されています。

(P.100~101)

5、変わり始める裁判所

こうした批判を受けて、裁判所も機械化・マニュアル化された面会交流について、徐々に見直しを行い始めています。

その点は次回記事でご紹介したいと思います。

【次回】


【分野】経済・金融、憲法、労働、家族、歴史認識、法哲学など。著名な判例、標準的な学説等に基づき、信頼性の高い記事を執筆します。