見出し画像

「ホロコースト」と「モンテーニュ」に学ぶ「コロナ差別」との戦い方

 ファイザー社の新型コロナウイルスワクチンが承認され、昨年の感染が拡大し始めた頃に比べると、いくらかは前向きで楽観的な雰囲気につつまれている今日この頃ですが、私の中で未だ不安を拭うことができていないのが「コロナ差別」の現状です。



残念ながら私の住む地域でも、新型コロナウイルスと最前線で戦う医療従事者の方々とその家族に対する心ない差別的発言や、いわれのない誹謗中傷は少ならからず見受けられ、この現状に苦しんでいる方も少なくありません。

ではこの差別の原因はどこにあるのか?

私は「無知から生じる恐怖心」が原因ではないかと考えています。

確かに自分の生存を脅かしかねない病気やウイルスは怖いし、絶対に感染したくない。自分の身の回りから遠ざけたいと思う気持ちはとてもよく理解できます。

怖い

 ただ私は、今の現状が、第二次世界大戦中ヒトラー率いるナチスが主導した「ホロコースト」が起きた状況に類似していると思えてならないのです。

「ユダヤ人は卑しい」

「ユダヤ人は金に汚い人々ばかり」

「ユダヤ人がイエス・キリストを殺したらしい」

「ユダヤ人がペストを蔓延させたらしい」

「ユダヤ人が世界恐慌を招いたらしい」

などなど。対面するユダヤ人一人ひとりの声には耳を傾けず、少しも知ろうともせず、無知な状態でただ恐怖や怒りなどの感情に従って判断・行動した結果が600万人もの犠牲者を出すホロコーストを引き起こしたのではないでしょうか。

歴史を学んできた私たちは過去の過ちを繰り返してはいけません。新型コロナウイルスに対する「正しい知識」を身につけて行動すれば感染のリスクはグッと下げることができるはずです。

 16世期フランスのルネサンス期における哲学者モンテーニュは、その主著『エセー(随想録)』の中で、

「ク・セ・ジュ?(私は何を知っているのだろうか?)」 

と、自らの考えに常に懐疑を抱き謙虚でいることの重要性をときました。


画像2

 ミシェル・ド・モンテーニ http://www.lib.utexas.edu/photodraw/portraits/からのパブリックドメインの画像 

新型コロナウイルスに限らず、身の回りで起こる差別や偏見の多くが、「無知から生じる恐怖心」に起因している気がします。「ちょっと嫌かも…」と思った時こそ、ふっと一息ついて「私は、私を嫌な気分にさせるこの何物かの何を知っているのだろう?」と自省し、あえて深く調べてみる、関わってみるという姿勢も大切かも知れません。

 ワクチンが民間レベルで摂取可能になるのはもうしばらく先になる見通しです。ワクチンが全国民に普及するまでの間、最前線で戦う医療従事者の方々に対する敬意と感謝の気持ちを忘れず、困難な状況を日本に住むみんなで乗り越えられればと思う今日この頃です。

是非Twitterもフォローお願いします!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?