若い友人への手紙
生きていたくない、というのね。お気持ち、分かります。分からないでしょ、と思うかもしれないけど。
あなたとは幾つ年が違うのかな、一回りくらいかな? 初めて会ったときのこと、いまでも覚えてます。あなたは可愛い小学生だった。お母さんに連れられて、集会に来た日のこと。まるでおとなしいふうに見えて、反抗精神にあふれてた。
ええ、分かっていましたとも。あなたはちょっとずつ、わたしを試した。こんなことしても、受け入れてもらえるかなって。規則々々の堅苦しいのは、わたしも大嫌い。説教師が語っている部屋の後ろで、あなたとちいさな日曜学校をした。通訳をさぼって、あなたと遊んでた。ふふ、あの頃、わたしあんまりやる気がなかったんです。
わたしは、あなたが好き。とても賢い女の子だから。自分を騙すことのできないひと。葛藤しているひと。わたしは、あなたが好き。
生きていたくない、とあなたは言う。そうね、とわたしも思う。生きていくのは、難しいこと。あなたは自分を騙せもしない。わたしも覗いたことのない、絶望の暗い淵に、あなたはいる。
虚しくないもの、についてあなたと話したことがある。この世界にあふれている虚しいものと、ただ一つの虚しくないものについて。
あなたは強制されることを憎んだ。お母さんに、神さまを押し付けられることを。あなたはもがいていた。あなたはお母さんが大嫌いで、そして大好きなのだと、わたしは思う。わたしは、あなたのお母さんも大好き。とても強い女のひと。生き抜いていく生命に溢れたひと。うつくしい心のひと。
ふたりの関係を、分析することはしない。もしあなたが、わたしを仲の良い友だちにしてくれて、ふたりで色々語り合うような機会が訪れたなら、思うことを言うかもしれない。でもきっと的外れ。いま、生きていたくない、というあなたに、わたしが掛けるべき言葉は、そんなんじゃない。
あのね、わたしの心に浮かんでいるのは、ひとつの絵のような風景なの。それはこのあいだ見た、海の光なの。晴れた日の、青い海。まぶしい太陽が、いくつものきらめきになって、波間を揺れている。そのひとつを見ながら、わたしはこのきらめき一つのためにでも、死んでいいような気がしたの。
海が、光が、あまりにもきれいで。わたしはそこに、目には見えない神さまがいる気がした。まるで南フランスみたいな海辺、印象派みたいな光を、松の枝を透かして眺めながら。わたしの胸は、神さまの美しさに震えていた。死んでもいい、って思うくらいに。
わたしの神さまは、誰よりもハンサムなひと。誰よりも美しいひと。わたしは風に、光に、自然に、彼を感じる。そのひとが、わたしに呼びかけている、「わたしと恋に落ちれば良い」と。
生きていくって、楽なことじゃないわ。人生を複雑にさせないために、賢い選択をすることは出来る。でも神さまの目的は、安定した暮らしではないの。あなたの心を手に入れることなの。そのために、神さまはあなたがいま生きている物語を書かれたの。辛いことも、苦しいこともぜんぶ、そのために。
経験から語らせてもらうなら、抗えば抗うほど、苦しくなる。でもあなたは、強制されて受け入れるようなひとじゃない。だからいまあなたは走っている。あなたは誰に押し付けられてでもなく、自分で神さまに出会わなくてはならないから。他のものの虚しさを、もうあなたは知っている。
あなたは自由を求めている。誰かの色のついていない自由を。誰かの匂いのついていない神さまを。
*
というメモを見つけました。もう一年以上前のものでしょう。結局あなたに、これを送らなかった。いまだって、送るかわからない。あなたに直接届く手段を、わたしは持っていないのだもの。
書きかけたことを、終わらせようと思います。でも一年経っているから、繋がるかわからない。記憶はおぼろです。あのときは、確か-
そう、わたしがあのとき書こうとしていた
のは、あのひかり輝く海に、神さまを感じたこと。そんなうつくしい方のためなら、わたしは死ぬのも、生きるのもどちらもかまわない。あの方と一緒なら、わたしは生きていける-
あなたを命に向かわせるのに、それでは弱いような気がした。だから途中で投げてしまったんでしょう。でもね、いまのわたしは知っている。あなたはまだ生きている。神さまは、あなたを死なせることなんかしない。
わたしは、知っているのです。神さまがあなたのために立てられた計画を。それは平和の計画であって、災いの計画ではありません。あなたに未来と希望を与えるものだということ。
未来なんて、って思ってるでしょう。お先真っ暗みたいな世の中ですものね。わかります。でもこれは、目に見える世界を通り越した未来のことじゃないかしら。うつくしい、永遠の都のことを話しているのかもしれないわ。もちろんこの世界でも、あなたの明るい未来を信じているけれど。
それから、心のことだと思う。周りがいかに暗くなっても、いよいよひかり輝く灯火のこと。ことばには出来ない歓びのこと。目には見えない確かなもののこと。
その歓びを、こころに感じるときに思うの。ああ、あなたにもこれを分かちあえたらいいのにって。ねえ、ご存じ? 神さまはずっと、あなたのことを呼んでいるのよ。
ああ、この生きている、ふれられるくらい近いキリストを、あなたが見いだしてくだされば! これは宗教なんかじゃないわ、だってキリストは生きているんですもの。
わたしは、あなたを信じている。あなたを守っておられる神さまを、信じているのです。わたしは心配なんかしません。だいじょうぶ、あなたは生きる。かならず、あなたは生きる。
わたしはあなたが大好きです。あなたのために、いつだってここにいるからね。
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