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わたしが尊敬する人 - 他人に心臓を捧げる男


谷村鉄二、35才。職業、土地転がし。

彼とは、高校で知り合った。


田舎から一人で出てきたわたしに、一番最初に声をかけてくれた男「テツ

自然と仲良くなり、卒業旅行では大いに語り合った。


「まず自分ありきで、その次に他者じゃない?」

「いやいや、まずは利他でしょう」

クラスの男子数人が集まり、高校生らしい青臭さモリモリの意味不明な会話で盛り上がっていた。


結局「自分ありき派」が5名、「他者ありき派」が2名となり、青臭ディベートは「自分ありき派」に軍配。


他者ありき派だったテツとわたしは

「あいつら、なんにもわかってねーな」

とボヤいていた。


その後も様々なテーマで語り合ったが、価値観が近く、見ている方向が似ていると感じたのはテツだけだった。


ビッグな経営者になることを夢見ていたテツ。

おまえは俺にないものを持ってるからさ。将来、俺の下で働けよ!

そう、偉そうに言い放ち、満足そうにニヤけていた。


✏️_________


それから3年後

テツは専門学校を中退して入社した会社で、新事業の立ち上げを任されていた。

一歩一歩、夢に近づいているテツ。わたしは遠くから応援しながら、少しだけ嫉妬していた。


大学3年のわたしには、夢がなかった。

やりたいことも、できることもなかった。

「有名な会社に入りたい」

ペラペラな大学生活を送っていたわたしには、ペラペラな野望しかなかった。


迎えた就活。

連戦連敗。

地元では出来が良いと言われ、高校は首席で入学。

大学受験も上手くいき、順風満帆だったわたしに訪れた初めての試練。


盛大に挫折した。

夏になっても就職先が決まらない。

それもそのはず。春の就活戦線で全敗したわたしは、完全に引きこもっていた。

外に出れば、内定を獲得した同級生たちの姿が嫌でも目に入る。


初めて「消えたい」と思った。


そんなある日、テツから電話がかかってきた。

「hiko、なにしてんの?就職決まった?」


わたしはすべて話した。就活で全敗していることも、今抱えている感情も、すべて。


テツは一拍おいて

「これは誘いじゃないからね」

と、前置きをした上で

「もし hiko がやってみたいと思うなら、一緒にやってみるのも俺はアリかなと思うけど。どうなっても責任は取れないけどね」

誘いではない。助け舟だった。


わたしは1週間考えて、彼の下で働くことにした。

まさかこんなに早く、彼の言葉が現実になるとは。


その日からわたしたちの関係は「友人兼上司部下」になった。


✏️_________


詳細は省略する。

我々の事業は、盛大な失敗で終わった。


わたしは転職し、テツも会社を離れた。

久々に純粋な「友人」の関係に戻り、わたしは少し嬉しかった。


テツが怒る姿も、テツが苦しむ姿も、見たくなかった。

テツとはいつも、しょうもないことを言って笑っていたい。


入社後すぐに2人でDIYした、狭い事務所にピッタリな靴箱を、かかと落としで真っ二つに叩き割った。


「よっしゃ、リスタートだ!」


高校を卒業したときと同じように、テツとわたしはまた別々の道を歩み始めた。


✏️__________


あれから10年

テツはビッグになった。


札幌にある土地を買い付け、次々に「価値ある土地」に蘇らせた。

ある場所は駐車場に、ある場所は保育園に、ある場所はキッチンカー会場になった。


テツはただの「土地転がし」ではなかった。

地域に必要なものを見極め、実現可能なプランを提案・実行する。


高校のときから変わらない「自分の幸せよりも人の幸せを優先する」テツだからできる、土地転がし。

テツのもとには多くの人が集まり、多くの人が笑顔になった。


✏️__________


「おまえは俺にないものを持っている」


それはこっちのセリフだ。

俺がいくら努力しても、絶対に手に入らないもの。


他人のために心臓を捧げる覚悟

それをおまえは持ってるよ。


一緒に仕事をしていたとき

お店のトイレが詰まって、お客さんが下水まみれになる大事件が起きた。

テツは躊躇することなく駆け寄り、謝罪し、自分の車に乗せて家まで送った。

大量の汚物がついた人間に、あの速度で駆け寄り、抱きかかえられる人間は、そういない。


一緒に働いていたとき

アルバイトのミスに社長が激昂し、矛先がテツに向いた。

鬼のような剣幕で罵倒する社長にテツはひたすら謝り倒し、社長は帰っていった。

事情を察したアルバイトの女の子が半泣きで謝りにくる。

「すみませんでした」

「うん… しかたないね。切り替えてこうっ!」

絶対にテツは切り替えられていなかったが、その言葉はアルバイトの女の子を切り替えさせるには十分な力を持っていた。


ビジネス本を読む人なら、これくらいは上司として当たり前だと思うだろう。

しかし、テツほど心の底から「目の前の人を悲しませたくない。前を向いてほしい」と思い、言葉に力を込められる人間を、わたしは知らない


凡人がいくら本を読んでも得られない能力を、テツは持っている。


✏️__________


「 文才ある 」とLINEがきた。ついさっき。

最近のわたしのnoteを見てくれたのだろう。


「小説家目指してみたら?」と言うので

「ノンフィクションしか書けない」と返した。


「じゃあ、ノンフィクションの自伝本とか書く人になって」

「テツの本書いて!」

と言ってきた。


だから、書いてみた。

少しだけ、フィクションを混ぜながら。


これでよろしいでしょうか?テツさん?😋

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