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5-3問題はもはや部分的には解決できない

「まなざしのデザイン」没原稿:第5章「心の進化」03
 
 私がクリエイティブシェアを考えるために、アトリエで共異体(Transunity)の活動を始めた2008年はリーマンショックの真最中だった。しかしその時にはまだ自分の中でのまなざしは、共同体のあり方や価値観といったまだ身の回りの問題にしか向けられていなかった。しかし2011年に東日本大震災で明るみに出た様々な事実は、自分の周辺の問題だけでは済まされないという危機意識を私に突きつけてきた。
 今世紀に入ってから、マグニチュード6を超える地震はこれまでと比較できないぐらい世界で頻発している。2016年に入ってからも、フィリピン、チリ、カムチャッカ、バヌアツ、熊本、グアテマラ、エクアドルと立て続けに地震が起こっている。世界各地での地殻変動は近年急激に活発化している兆しがあるのだ。そうした災害が原因となり命を失う人々が世界各地に1日に184人もいる。
 一方でそうした災害に対して脆い原発は、必然性を失っても未だに電力供給を続けられている。その問題は単に電気に依存した私たちのライフスタイルという小さな範囲にとどまらない。私たちがまだコントロールできないようなエネルギーを扱うことは、人間という種だけの問題ではないのだ。一歩間違えれば生活の基盤どころか、生存の基盤である自然までも奪われてしまう。
 また世界各地では連日のようにテロが行われ、多くの命が失われている。戦争やテロをきっかけに今や23億人の人々が紛争地域で余儀なく暮らさざるを得ない状況にあり、多くの人々が世界を当て所なくさまよっている。その背後に掲げられた宗教は戦争の抑止になるどころか、戦争の道具に使われているのだ。
 貧困は世界中に蔓延しており、アメリカや日本のような先進国と呼ばれる国々でも見えない貧困が広がっているのだ。今や1日に1ドル以下で暮らす人々は世界に12億人もいる。ソマリアをはじめに、飢餓で苦しむ人々は世界に10億人もいる。6秒に一人が飢餓で命を失っている現状がある一方で世界に食料は余っている。今世界の年間穀物生産量は22億トンであり、100億人が食べることのできる量だと言われている。しかし76億人の世界人口に行き渡るシステムがない上、遺伝子組み換えや農薬によって歪な形で生産されているものなのだ。
 その大きな原因はグローバル資本主義が荒れ狂う世界経済だ。実体経済ではない証券や金融派生商品は、信用創造の仕組みの中で膨大に膨らんでいる。今や4京円にまで膨らんだ仮想マネーは、より利益の上がる投機先を求めて熾烈な戦いを繰り広げている。それは人間の命を奪うほどの力をもつようになってしまった。数字に翻弄されたあげくに自ら命を絶つ人も少なくないのだ。
 日本の年間の自殺者数は3万人の中には経済苦で命を絶つ人も相当な数いるのではないだろうか。もちろんお金の問題だけではない。命を絶つ人の多くはアイデンティティの拠り所に苦しんで命を絶つのだ。戦争や災害という物理的な力によって命を失うのではない。実態のないヴァーチャルなものであっても、それは私たちの心を粉々に砕いて、生きる力を無くさせる力をもつのだ。
 問題はもはや部分的には解決できないところにまで来ている。今や私たちが危機に面しているのは、私たちが共有する「文明」という大きなレベルの話だ。小さな問題解決にまなざしを向けていると、より大きな問題が見えなくなる。文明にまなざしを向けずに文化だけを問題にはできない。

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