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光るライオンのしっぽ #1

文:原ちけい/Chikei Hara
MARY FREY: READING RAYMOND CARVER

Title designed by Shingo Yamada

Mary Frey: READING  RAYMOND CARVER  (published by Peperoni books 2017)

何の変哲も無い日常の風景でありながら、どこか違和感のある景色が広がっている。いま見てるこの景色は何によって成り立っているのだろう?そもそも"日常"とはいったい何を指す言葉なのでしょうか?「READING RAYMOND CARVER」では私たち自身を形成してきた風景の小さな引っかかりを手掛かりに、失われかけた日常の意味を求めてイメージを積み上げていく。

マサチューセッツを拠点に活動しているメアリー・フレイは写真家としてだけでなく、コネチカット州にあるハートフォード・アートスクールで写真教育に長く携わっている人物。彼女がイェール美術学校の大学院を卒業して教員として学校に戻ってきた1970年代に制作されたシリーズをまとめたのが、彼女として初の写真集となるこの書籍。

マサチューセッツ郊外のライフスタイルを写したこれらの風景は、彼女が生まれ育った60〜70年代のアメリカの原風景を参照しながら構成されたセットアップである。私たちがハリウッド映画やドラマで目にしてきた様なアメリカの一般的な生活を模したこのスナップショットでは、家族や友人などの周囲の人々を被写体に選んでいるそう。お互いの関係性は明かされないままなんとなく過ぎていく日常がそこには描かれている。なにげなく過ごしている被写体がどこか不安げで退屈な表情をしていることにも引っ掛かりを覚える。

このシリーズについてメアリーは、当時学生としての生活が終わったことや出産という経験が重なり自身を取り巻く生活環境が大きく変化したことで、当時の自分に新しい関係性や責任がのしかかった苦しさが制作の大きな動機としてあったと述べている。作中で写されているウェディングベールで顔を覆う子供や真珠のネックレスを首にかける老いた男女の姿は、これから彼女が抱え込んでいく家庭の姿を思わせる。また、半開きに空いているドアの先に広がる暗い景色、膨らんではしぼむフーセンガム、今にも崩れそうなジグソーパズルの描写は先行きの見えない不穏めいた様子を浮かばせる。


さらに注意深く観ていくと当時の時代を象徴するような「吸血鬼ドラキュラ」の落書き、ゴールドラッシュの派遣広告、初代チャーリーズエンジェルのポスター、Led zeppelin 「In Through The Out Door」などのモチーフが点在している。これらのイメージがセットアップに組み込まれ一連のシークエンスを成すように構成されることで、メアリーが過ごしてきた日常の情景が追憶されるよう。


彼女が生まれ育ったアメリカの時代背景を振り返ると、冷戦が長期化する背後でポップカルチャーやハリウッド文化が台頭し急速な高度経済成長を遂げた社会。様々なイメージが交差し氾濫する社会で育った彼女の生活は、どこか嘘っぽい現実と現実味を帯びたフィクションが曖昧で、線引きできないような環境であるともいえるでしょう。そうしたイメージとフィクションに対する関心を編集するように、何気ない日常を写真として扱っているように思えます。

また、緻密に作り込まれたセットアップを構成して時間や歴史を参照する特徴的な手法はジェフ・ウォールやトーマス・デマンド、ウォルフガング・ティルマンスなどの現代的な写真家の作風も思わせる。"それは、かつて、あった"という写真の本質(ノエマ)や"決定的瞬間"という写真の古典的な性質から、イメージの再演性によって時間を剥離させる試みは同世代の写真家が挑戦してきたポスト・コンセプチュアル的な写真の実践であるといってもいいでしょう。さらにメアリーはこのコンテンポラリーな実践を高い技術力を要する大判カメラによって精密に描写しているから驚きである。細部まで徹底的に組み上げられたこれらの写真には類い稀ない魅力が詰まっている。

制作時期によく読んでいたことから、「READING RAYMOND CARVER」というタイトルにレイモンド・カーヴァーの文章が引用されている。メアリー自身の原風景を重ね合わせるようにポエトリーが構成されたこの写真集は、メアリー自身の"これまで"を再構築することで"これから"も続く日常に意味を見出そうとしている。
「あなたが知っている夢は、あなたが目を覚ますものである。」ガーヴァーの言葉が付箋のように挟まれている。夢と現実の狭間で、フィクションとフィクショナルなイメージの境界で、写真が触覚的に日常を捉えようとしてる。

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flotsam booksでのブックレビューの新連載が始まりました!お店の本棚にある面白いけど誰もレビューしなさそうな本を不定期でレビューしていきます。気になる本があればぜひ店頭でめくってみてください〜
これからどうぞよろしくお願いいたします!!

連載のタイトルにもなっている「光るライオンのしっぽ」は写真の古いレトリックからつけました。カメラが今のような箱っぽい形になる以前、カメラ・ルシダという画家がスケッチをするためにルーペみたいな装置が作られました。このルシダ(英:lucidity)という言葉には「明快、明るい、明瞭性」という意味があって、語源を深掘りすると古代人が観た獅子座の一等星(尻尾らへん)に由来するそうです。忘れがたい星の明るさを記憶するために、今日も絶え間なくアップデートされ続けてるカメラが生まれたと思うとなんだかほっこりします。詳しい話はジョン・ハーシェルについて詳しく書かれた「Tracings of Light: Sir John Herschel and the Camera Lucida 」という本(英版しかないです...)に載っていました!ではでは次のレビューで🌟

執筆者
原ちけい/Chikei Hara 
1998年生まれ 日本大学芸術学部写真学科卒。
現在はファッションブランドのリサーチアシスタント・インタビュー(掲載媒体:IMA online)・アートキュレーション・展示撮影等を幅広く行なっています。📚✍️🤳🖼👀複雑なものごとについて考えていきたいです。
Contact : chikei1119@gmail.com
IG/Twitter : @parti9le@parti9le


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