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NOT TOO LATE #4: Tino Razo: PARTY IN THE BACK

文:Jumpei Sakairi
TINO RAZO: PARTY IN THE BACK

Title designed by Shingo Yamada

Tino Razo: PARTY IN THE BACK (published by Anthology Editions 2017)

 スケーターであり、写真家のティノ・ラゾによる写真集。
南カリフォルニアの住宅の庭に放置されたプールを探し出しては忍び込み、仲間たちと共にスケートする様子が撮影されている。
しかしその背景には、何よりも愛する妻ディズリーとの重要なストーリーが隠されていた。

 ティノは18歳の頃、故郷であるバーモント州を離れニューヨークに移り住んだ。移住のきっかけは、尊敬する2人の兄の近くで暮らすため。もう一つは、デザインの専門学校に通うためだった。
当時兄の1人が、ニューヨークのアンダーグラウンドシーンでは伝説的とされる「マックスフィッシュ」というバーで働いていた。
後にティノの妻となるディズリーも、バーテンダーとしてそこに勤めていた。ティノは彼女と初めて出会ったときから惹かれていたようだが、その頃は様々なタイミングが合わず友人として過ごしていた。
しかし、そのうちにティノもマックスフィッシュで働くことになり、2人の距離はさらに縮まり、恋に落ち、そして結婚した。
その後、残念ながらバーは閉店となり、友人を通して紹介されたsupremeで働くために、2人はカリフォルニアのロサンゼルスに移住することになった。

 ロサンゼルスとニューヨークはよく対比されるが、ティノも街のギャップに苦しみ、気持ちが落ち込んでしまったという。いつまでもニューヨークでの生活に思いを馳せているティノに対し、ディズリーはサーフィンという新たに愛するものを見つけ、カリフォルニアにすっかりと馴染んでいった。
そしてついに、この温度差がきっかけで二人は別居することになってしまう。

 ティノは、真っ先にカリフォルニアに溶け込んでいった彼女を尊敬し、ようやく自分自身も前向きにならなくてはと悟った。その気持ちを彼女に伝え、すぐにでもまた一緒に暮らしたかったが、それでは結果的に彼女を一歩後退させてしまうことになると考えた。
そこで、彼女との距離を縮める一歩を踏み出そうと、以前知り合ったロサンゼルスの二人のスケーターに連絡を取り、プールでのスケートを共に始めた。

ニューヨークのスケートカルチャーでは、基本的に街中を滑る。それに対しカリフォルニアでは、映画『ロード・オブ・ドッグタウン』で見られるように、プールで滑るというのが古くからの伝統だ。
サーフィンはカリフォルニアの重要な文化のひとつ。それに夢中なディズリーの背中を追いかけるティノは、ニューヨークでのスケートのやり方を持ち込むのではなく、あえてカリフォルニアの伝統的なプールでのスケートにのめり込んでいったのだと考えられる。

また、そうすることによってロサンゼルスのスケーターたちとの関係も築くことができたようだ。写真集に写っているスケーターはロサンゼルスを代表するような人たちばかり。そういった視点からこの写真集を見るのも面白い。
例えば、渋谷の壁にグラフィックを描き、WACKO MARIAにグラフィックを提供したことでも知られるネックフェイス。また、兄弟ブランドとして知られるFucking Awesome とHOCKEYのスケーターであるアンドリュー・アレンとショーン・パブロのツーショットもある。一説では、この2人はDickiesの裾を切りっぱなしにするのを流行らせた元祖と、それを再燃させた若手という関係でもあるようだ。さらに、カリフォルニアの今は亡き伝説的スケーター、ディラン・リーダーの元パートナーの姿まで見える。おそらくディランが亡くなったばかりの時期なのではないか。
こうして仲間ができたことは、ティノのカリフォルニア生活でも大きな前進だったはずだ。

このように、プールを見つけ出してはスケートと撮影をすることに没頭しているうちに、マイナスな気持ちは消え去り、ティノは気づけばむしろカリフォルニアを好きになっていたという。
ようやく一歩踏み出すことができた彼だったが、その集大成ともいえるこの写真集の完成をディズリーが見ることはなかった。
ディズリーは、サーフィン中の事故で亡くなったのだ。
最愛の人を失った悲しみは計り知れないが、それでもこの写真集を完成させたことはティノの人生において大きな一歩だったことは間違いない。
また、彼女への愛を捧げたこの作品が、かけがえのない記憶を確かなものし、これからもティノのなかで生き続けていくだろう。

 この写真集は、プールでのスケートを通して衰退しつつあるカリフォルニアの文化や街並みを美しく捉えているといった紹介をされていることが多い。
しかし何よりも、ティノ・ラゾの様々な人や物に対する真っ直ぐな愛が伝わることが一番の魅力だと感じる。
スケートや仲間、たびたび登場する犬、そしてこの写真集の原点であるディズリーへの愛。
愛というテーマは身近に感じられる人も多いはずだ。
是非一度手に取ってほしい。

[参照]

ロード・オブ・ドッグタウン

https://www.sonypictures.jp/he/751855

VICEの過去記事
ティノ・ラゾとディズリーの結婚式の様子

執筆者
Jumpei Sakairi
早稲田大学法学部卒
フリーライター
写真、ファッションについて。
編集の仕事がしたいです。
Contact: nomosjp@gmail.com


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