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#1 Mimi Plumb: THE GOLDEN CITY

文:Atsushi Saito
Mimi Plumb: THE GOLDEN CITY

Mimi Plumbという写真家を日本で知っている人は現時点ではかなり少ないのではないだろうか。少数の熱心な写真集ファンの本棚に並んでいるくらいで、研究者レベルでも知るものは皆無だろう。
それもそのはず、1953年生まれのこの写真家の最初の写真集が出版されたのは2018年。当時65歳ですでに学校の教員を引退した後の出来事。


2018年、TBWから出版したLandfall、2020年、Stanley/BarkerからのThe White Sky、そして今作のThe Golden Cityの3冊の短期間での出版でその地位を確立し、2022年にはその成果で グッゲンハイム・フェローを獲得した。 出版した作品、どれもが1980年代前後の作品で、森山大道の「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい」っていう言葉を具現するかのごとく、振り返っての再評価ではなく、土中深く眠っていたタイムカプセルを掘り起こし開けて取り出したその宝物は、現代の我々にひどく眩しく輝いたのだ。

ただ、このThe Golden Cityという作品の撮影記録が1984年から2020年となっているのだが、それが全く不可解というか謎なのだ。
というのも明らかに作品は今のシリコンバレーを全く想起させない昔のサンフランシスコの写真。この中のどこに2020年の近年の写真が混じっているのだろうか。全部1980年代の作品であっても違和感はない。
タイトルのThe Golden Cityはシンプルにサンフランシスコという街がかつてのゴールドラッシュ によって成長した街であるという由来からだろうと思う。



写真集を開くとまずは急騰した株価が 辿るひどい下落の後みたいな荒んだ郊外の風景が続く。山の斜面に大きな亀裂がある写真があるのだが、それが1989年のサンフランシスコの大地震で発生したものなのか、それともそれを想起させるための写真なのか、しかし作中に大地震に関連してそうな写真はない。なので1984年から2020年という時間軸は、あまり意味があるものでもないのかもしれない。

シークエンスが進むと視線は郊外から街中へと進む。経済の停滞を漂わせる落書き、スクラップ&ビルドの街の狭間にそこで生活している人々が続く。そしてカメラのレンズはナイトクラブへ。
Mimiのストロボライトの光に照らされる人々の写真の合間に挟み込まれる廃墟のようなイメージ がことさらに不穏の音を奏でる。その夜は正夢か悪夢なのか、音楽は鳴っていたのかそれとも初 めから鳴っていなかったのか。現実感のない夜の舞踏会。何かがあったであろう空っぽな部屋の 入り口の写真でナイトクラブのシークエンスは終わる。

この夜のシーンの鮮明なストロボに反射するファブリックの艶が美しく、このあたりの印刷が本 作中、一番きれい。印刷はおそらくトリプルトーン。赤か黄かよくわからないけど、わざと色を振って独特な色調のモノクロに仕上げこってりと全面ニスを塗っている感じ。イタリアでの印刷だそうだが実に良い。
ナイトクラブから場面は切り替わり人の後ろ姿が続く。何かを追う人、星を見上げる人達、去る猫。闇に焚かれたスモークがかつての時間の終わりを告げる。そして最後は工場のスクラップ&ビルドを俯瞰している一枚。もし撮影年に2020年が含まれていなければ、過去の良くも悪くも一時代の記録のフィナーレでいいと思うのだが。かなりもやもやとする部分でもある。結局、2020年に撮影された1枚とはどれだったのだろうか。

この本の造本の特徴は見返しにタイトル、奥付を記載しているところ。もともと見返しは表紙カ バーと本文を繋げる役割の部分で、デザイン的に使うことはあれどいわゆる余白の部分。ここを タイトルや奥付などを載せる場所として割り当てると、本を開いてからの始まりの唐突感、断ち落とされた様な終わり方が良い意味で際立っている。テキストページがないのでなおさら。 表紙に使ってる紙クロスはヌメッとした質感の紙で、そこにシルクスクリーンで女性の顔が刷られ ていてとても印象的なカバー。



まだ設立が2014年と新しい写真集出版社のStanley/Barkerだが、造本の設計がどれも実に写真集好きの心をくすぐる出来栄えで確実にファンを増やしている注目の出版社。Mimiの前作The White Skyもsold out、今作のThe Golden Cityもすでにほぼほぼ在庫がなくなっているという。押さえておくなら今のうち。

執筆者
Atsushi Saito
roshinbooks

出版レーベル roshin books主催


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