book-go-around #024 東京都:宇平剛史 (30代)
book-go-aroundは本を買ってる人に本を買うことや本をコレクションすることの楽しみを語ってもらうflotsambooksのインタビュー記事です。
今度あなたにもインタビューさせてください。
#024 東京都:宇平剛史 (30代)
端的に言うと、紙の本が大好きだからです。
私は、‘買い手’ ‘作家’ ‘装幀者’ と、主に3つの側面で日常的に本との関わりがあります。
物理的な紙と印刷自体に、昔から愛着がありまして……、紙の銘柄によって色味や肌理が微妙に違っていたり、スミ (黒) 1色で印刷するにしても、紙や印刷条件の掛け合わせ毎に、印刷の乗り方 (紙面の表情) が無限に変わったりします。
視覚的な情報のみならず触覚や嗅覚も含めて、印刷物の現象的な奥深さに、毎回非常にときめいています。
美術関係の出版物は、‘実際の作品や展示空間の、副次的な置き換えや記録’ として制作される場合が多いかと思います。
一方で、‘本の持つ時空間自体が、一次的な鑑賞経験となり得る’ ということに、より自覚的に制作される出版物もあります。
言い換えると、前者は ‘実際の作品や展示空間を前提に本への変換を行なった出版物’、後者は ‘本という形式を基点に制作行為を始めている出版物’ です。
高い精度で制作された後者の本は、実際の作品や展示空間と同等の価値を持ち始めると思います。
私はどちらの種類の本も好きですし、両者に優劣はなく姿勢の違いだと思うのですが、個人的に惹かれるのは、異質な存在感を持った後者の類の本と、両者の中間にあるような編集や造本の妙を持つ本です。
また、少し専門的な仕様の話になりますが、嵩高 (かさだか) 系の中質紙は、軽くて厚みを出しやすいといった利点がある一方で、紙焼けをしやすい性質があるのと、コデックス装 (糸かがりの背を糊付けし露呈させた製本) は、背が割れて痛みやすい傾向があるので、そういった脆弱性を伴う本は、買う際に避けがちです (内容によっては効果的に働く場合もあると思いますが)。
打ち合わせ前の時間調整でちらっと立ち寄った書店とか、全然時間がないときに限って、欲しい本に沢山出会います。今逃すとすぐ誰かに奪われちゃうかもしれない……という焦燥感から来ているのかもしれませんが(笑)。反対に、買う気満々で書店に行った時は、結局何も買わずに出てくることが多い気がします。
Gerhard Richter: 40 Tage (HENI Publishing, 2016)
https://www.henipublishing.com/books/40-tage-gerhard-richter
グラファイト (黒鉛) で描かれた40枚の素描が、実寸で収められています。基本的にグラファイトと印刷の相性が良いからなのか、原版かと一瞬間違う程の精度での印刷再現に成功していて、ついさっき描き終えたばかりかのような穏やかな迫真性が漂っています。高価な限定本ですが、逃すと絶対に後悔すると思って最近仲間に迎えました。
横田大輔: Back Yard (Self-published, 2012)
https://josefchladek.com/book/daisuke_yokota_-_back_yard
一般的なゼロックスのコピー機で制作されているのですが、当時の紙とコピー機の掛け合わせでしか成立し得ないような、粗い粒子や印刷濃度で、変態的な印刷物が立ち上がっていると思います。印刷による斑 (ムラ) なのか、もともとの画像の斑なのか、紙の微細な凹凸による斑なのかが、判断不能で錯綜しています。各頁のシークエンスも伴って、深い記憶の蔵の中を彷徨うような映像的経験を可能にしています。
On Kawara: Pure Consciousness 1998–2013 (Walther König, 2018)
http://www.nadiff-online.com/?pid=127692354
相当高いので未購入なのですが、書店で見かける度に佇まいに惹かれる本です。河原温が、代表作の日付絵画を世界各地の幼稚園で展示した際に刊行された、記録集の限定復刻版です。外函は安い板紙で、内側の各小冊子もごく平凡な中綴じ冊子の造りなのですが、そうした ‘非洗練の美学’ とでも言える手付きで、意識的に本全体が編まれています。
以前、印刷博物館で開かれた「天文学と印刷」という展示を訪れた際に、300–500年程前の歴史的な書物や印刷物が、数百年という時間の篩 (ふるい) に耐えて、実際に目の前に存在していることに感銘を受けました。同時に、本を作る側と買う側の双方の立場として、本にはどのくらいの物理的な耐性を持たせるべきかという問いが、あらためて浮かびました。
一度買い始めると止まらなくなるので気をつけて下さい。
• ECAL
• edition.nord
• Edition Patrick Frey
• flotsam books
• Fw:Books
• GUGGENHEIM
https://www.guggenheimstore.org/books
• HENI Publishing
• Lars Müller Publishers
• Librairie Marian Goodman
• NADiff
• Newfave
• North East
• on Sundays
• POST
• Roma Publications
• SPREAD
• twelvebooks
• Walther König
• White Cube
• Yvon Lambert
アビ・ヴァールブルク: ムネモシュネ・アトラス (ありな書房、2012)
Gerhard Richter: Sindbad (Walther König, 2011)
Donald Judd (David Zwirner / Steidl, 2011)
本には、作り手側と受け手 (買い手) 側の双方にとって、‘美術の権威主義的な形式から距離をとりやすい’ 側面があるような気がします。
基本的に本は、実際の美術作品よりも遥かに手の届きやすい価格帯ですし、小型なので比較的流通も容易です。
美術市場での本の動きにはより自律分散的な性格もあって、作家 (作品) と鑑賞者との直接的な繋がりを助長するということは、魅力の1つだと思います。
さらに、少部数発行のアーティストブックなどは、作家や独立系の出版社にとって、自由度の担保された実践の場として機能する面も大きいかと思います。
今後実際の展示が縮小傾向となる代わりに、ウェブの仮想空間と併せて、本の形式を用いたプレゼンテーションがより活用されていくかもしれませんね。
将来的には、私も書店や資料室のような場を開けたらと思っています。
紙の本への想いを再認識する貴重な機会になりました。ありがとうございました。
info@flotsambooks.com
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