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走るクリスマスツリー

「隠れた特技って、何かあります?」

先日、こんな質問をされた。さて、あなたなら何と答えますか?

「クリスマスツリーを素早く美しく作ることです」僕はこう言った。

質問者の目にははてなマーク?が浮かんでいた。そりゃそうやろな。

でも僕は、かつて毎年何百個というクリスマスツリーを作っていたのだ。

学生時代、僕は大阪のとある百貨店の店内装飾の下請け会社でアルバイトしていた。先輩から代々引き継がれてきた季節バイトで、メインはクリスマスシーズンの飾り付けだった。時給は800円だったと記憶している。

11月初旬、一夜にして巨大な百貨店の装飾をクリスマス一色にしなければならない。そのXデーに向けて、10月初旬から僕たちは来る日も来る日もクリスマスツリーを作り続けた。ツリーだけでなく、天井から吊るすモール(結構デカい)や、リースも作った。造花のポインセチアも大量に作った。オーナメントや電飾を飾り付けるメルヘンたっぷりの仕事だ。さぞかし僕もキュートに見えたことだろう。おかげですっかりクリスマスツリーを作るのが上手になった。

本番当日、現場に着くと馴染みの業者から声をかけられた。

「まいど。兄ちゃん、何階からやんの?」
「はい、8階のモールからやっつけますわ」
「わかった。ほな、今年もよろしくな」
「よろしゅうたのんます」

という風に何社かに仁義を切っておいた。どうも僕は社員と思われていたようだ(バイトです)。

搬入開始時刻は20時。百貨店の営業終了時刻だ。例年、地下3階の業者用の巨大な駐車場からツリーを搬入することになっていたのだが、その年は多くの業者とスケジュールがバッティングしてしまい、イレギュラーな事態が起きた。バイト先の社長が僕のところへやってきた。

社長「さいとうくん、ツリーの搬入口を変更するわ。」
さ「はい、どこから入れます?」
社長「1階正面玄関から・・・」
さ「マジっすか?あそこは駅の中央改札口の真向かいやから、めちゃ人が多いっすよ」
社長「何とか頼むわ。それしか選択肢がないんよ。」
さ「押忍、わかりました」

決戦の夜は選りすぐりの男たちが招集されていた。どいつもこいつも一癖も二癖もある一騎当千の猛者だ。ただ上下関係は絶対だったので、最上級生の僕の言うことには皆「はい」か「押忍」で答えるしかなかった。

「と言うわけで、正面玄関からの突入となった。武運の長久を祈る!」
「オッス!!」

みんなコートやグランドやリングに出るかのような気迫に満ちていた。実は体育会系のノリは結構僕は好きなのだ。

そして時計の針が20時を指した。

「走れぇ〜!!!」

号令一下、男たちは走り出した。

「うおおおお〜!!!」

20名近くの男たちが一列縦隊となり、全力で疾走し始めた。その両手には2m級のクリスマツリーが握られていた。側からはまるで森に足がついて移動しているように見えただろう。

「すいません、通ります!!!」

家路を急ぐ人々がまるで百鬼夜行を見るかの如く、みな目を丸くして足をとめていた。真っ二つに割れた紅海を渡るモーゼの如く、人混みの中にできた花道をクリスマスツリーを両手に握りしめた野郎どもが全力疾走していた。

「すんません、どいてください〜!!」

僕は自ら先陣を切り、大声を張り上げながら道を切り開いていた。
すると、

「ママ〜、クリスマスツリーが走ってるよ〜!」


子どもの声が聞こえた。思わず、僕は微笑んでしまった。

今夜は長い長い夜になるだろう。確実に朝までかかるやろうな。

しかし明日からは子ども達がワクワクするようなクリスマスの世界になるのだ。それだけでも、やる価値はあるやろ。

そんな思いを胸に秘め、僕は百貨店の中へ突撃して行った。

Merry X’mas!


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