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連戦連敗

また今日も負けた。

 僕はお金がない、売れない芸人なので当たり前だ。だからアルバイトしている。

 朝8時半に起きる。寝起きはいつも最悪、昨日のお酒が残っている気もする。どうも口を開けて寝ているらしく喉も乾燥してうまく声が出ない。だいたい深夜にご飯を食べてすぐに寝るので昨日のご飯がまだ腹に残っていて腹も減っていない。

 とにかく体がだるい。

 着替えて外に出る。螺旋階段を駆け下りチャリを漕ぎ出す。いつもギリギリになってしまうので立ち漕ぎで向かう。

 決まった道は無く、信号の具合を見てできる限り止まらないように走る。

(今日こそは終わったらすぐ帰るんだ)

 最後の信号はいつも引っかかる。

(身体もだるいし、お金もない、絶対に帰る)

 店の裏口の扉を開けると、もうパートのお母様方は着替え終わり朝礼待ちをしている。

 できる限り焦った感じを出す。しかし手洗い、着替えを済ませた時にはもう定刻になっている。

 「もう5分早く起きれない?」

 「いやーすみません笑」

 「もうー明日から電話かけたろか?笑」

 毎回言われているが、かかってきたことはない。

 そんなことよりまだお腹が気持ち悪い。飯なんて一生食べなくてよいのではないかとすら思う。

 開店までの準備が始まる。僕は主にうどんやラーメン、茶碗蒸しを担当している。

 ここからはあまり頭を使わずにできる作業が続くので脳死で手を動かしている。

 営業が始まる。午前中はご高齢の方が多いからかよくうどんが出る。うどんを茹で、丼に出汁を入れる。それはもういい匂いがする。腹が動いている音がする。

 正午を過ぎるとだんだん若いお客さんが増えてきてラーメンが出るようになる。うどんも良い匂いだったがラーメンはやっぱりすごい。ラーメンの前で一呼吸するだけでさっきまで寝ていた身体が急に飛び起きた。

 気づけばもう腹も減っている。急速に胃腸が仕事をし始めた。しかし大手の飲食チェーン店、つまみ食いなど許されるわけもない。目の前に食べ物が沢山あるのに食べることはできない。なんて残酷なんだ。考えると辛くなるのでオーダーが入れば無心で作りレーンに流す。

 ピークを過ぎ落ち着くと裏の冷凍庫へ行きうどんやラーメンなどの補充を行う。補充が終われば僕は帰ってよい。

 「お疲れ様でした、今日も一日ありがとうございました。」

 厨房を出て着替えて、スマホをいじる。連絡を返したりTwitterを見たり。早く店を出ればいいものを腰が重い。

 やっとこさ立ち上がり靴を履き替え裏口から出る。すると目の前にはそれはそれは不気味に輝く建物があった。ここからあまり記憶がない。さっきまであんなに重かった足がするすると階段を駆け下り勝手にその建物の方へ動いていく。朝の決心など露知らず、ボクの中の何かが手を引っ張るかのようにその建物に吸い込まれていく。

「しんどいんじゃなかったのか、お金がなかったんじゃなかったのか!」

 誰かが叫んでいるが、声はどんどん小さくなっていった。

 ぼくは椅子に座りひとこと言った

「餃子の王将ラーメンセットひとつで」

ああまた今日も負けた。





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