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嫌なものを嫌と言える力
まずこのポストを見てほしい。
なるほど確かに近頃は理不尽を受け流す力が持て囃されているが、理不尽を放置した社会の行く末を想像してみれば、なんだか暗澹として荒廃している。時には嫌なものは嫌とハッキリ言える、いわゆる「Noと言える日本人」である必要があるのだろう。
しかしがむしゃらに理不尽に立ち向かえばいいのかというと、それはそれで違う気がする。その反発の結果は各人の手腕によって変わってくるだろう
言いたいことも言えないこんな世の中じゃ
せっかく多少文章が書けるのだから、ここはひとつ駄文を量産して自分がどこまでいけるか挑戦してみよう。という意気込みで毎日書こうとしているのがこのMoMoの木であるが、まあ毎日飽きずに千文字とか二千文字とか語ることがあるわけでもない。いろいろ思索にふけっていた暇な大学時代でさえ「今日は何もない素晴らしい一日だった」しか感想がない日があるのだ。忙しくて脳みそが草臥れている社会人の平日にそれほど大量に語
もっとみる教養と人格と単なる感想
Xでこのような言説があった。
いろいろと突っ込みたいところは多々あるが、これに対して以下の反論があった。
別にこれは最初のポストに対しての返信でも引用リポストでもないのだが、なんと勝手にXのおすすめTLに流れててきた。意外とXのおすすめTLって高性能なんだな~、などという私の感想はいったん置いておいて、まあこの反論はごもっともな感じがする。しかしそこで終わってはただの紹介noteになって
言語化すると取りこぼされる思考について
またゆる言語ラジオを見るようになって「あーやっぱりこの2人は私が求めてる話をしてくれる!」と、私は子供のように喜んでいた。ビジュアルシンカーの話になって「我々は言語化ヤクザだからなんでもかんでも言語化してしまうが、視覚で思考する人がいるのだと知ると、彼らの視覚的思考から得られる視点というのは我々が思考を言語に起こす過程で失われてしまうのではないか」といった旨の発言を堀本さんがしていた。
当時の
ニコニコニュースからスルスルと検索を繰り返しての一言
まず事の経緯を説明する。ニコニコニュースにあった教育論に関するプレジデントオンラインの転載を読んで、著者を調べて、その人のweb記事を軽く読んで……と繰り返していくうちに、未婚率についての5chまとめを読む羽目になった。デタラメなネットサーフィンは碌な時間を過ごせないという感想がまず浮かぶが、私は何事からも学びを得る男だ。ひとつ学んだことをひけらかそう。
久々に5ch民の馴れ合いを読んで悟ったの