ほおずきの味を知った
10ヶ月ぶりに、美容院へ行った。
黒髪なのをいいことに、無頓着が過ぎる。
のびた分だけばっさり切ってください、と告げたら、こう尋ねられた。
「ショッカクどうします?」
ショッカク…?
美容師さんが、わたしの前髪の両サイドを指で滑らせている。なるほど。
知らぬ間に、その毛にそんな呼称が。
インセクトワールドに迷い込んでしまったかと思った。
10ヶ月の間、前髪は自分で切っていた。
意図せずサイドが伸びて、わたしにもショッカクとやらが生えていたのである。
触「覚」表記が主流なのは、触「角」だとあまりにも虫すぎるからだろうか。
それとも「角」が「ツノ」を連想させるからか。
シャンプーされながらいろいろ考え、そうだ、「角」館のクッキー缶が賞味期限間近だ、帰ったら開けよう、という結論に流れ着く。
秋田県の角館に本店を置く菓子店「くら吉」のフルーツクッキー缶。
2005年創業の、比較的新しい菓子店である。
都内には常設店があるものの、なかなか足がのびず、入手できずにいた。
事前情報なしに立ち寄った横浜のバレンタイン催事で、ばったり出会う。
フルーツクッキー、というワードにも惹かれるし、なにより狛犬のようにおすわりする秋田犬がかわいい。
大事にとっておきすぎて、賞味期限がギリギリになっていた。
クッキー缶は開けると湿気てしまうので、食べるタイミングがむずかしい。
購入時、店員さんから「崩れやすいのでなるべく平行にお持ち帰りください」と言われた理由がわかった。
仕切りが入っていない。
マンガ雑誌の表紙のように、登場人物がぎっしり詰め込まれている感が、近年のクッキー缶の魅力である。
店員さんの言いつけをしっかり守ったから、ほぼ崩さずに持ち帰りできた。
焼き色のグラデーションの中に、ルビーのような深みのある赤と、トパーズのような活き活きした黄色が映える。
温かみのある、あざやかさ。
裏面表示をみたら、着色料をまったく使っていなかった。それでこの彩りは驚く。
秋田犬は大型犬のはずだが、クッキーにうもれてこじんまりしている。
しかくいルビー色は、秋田県産フランボワーズを使ったココアクッキー。
しかくいトパーズ色は、ポンカンとネーブルオレンジの自然交配種、たんかんを使ったクッキー。
どちらも、口に含んだ瞬間に果実のはなやかな酸味が広がり、バターや小麦の甘みと混ざり合う。
ジャムの乗った丸いクッキーは、おなじくフランボワーズとたんかん…と思いきや、黄色いほうはなんと「ほおずき」のジャムだという。
ほおずき、観賞用のイメージしかない。
マーブル模様の丸いクッキーと、白いメレンゲクッキーにもほおずきが使われている。
コアニスイーツホオズキという、食用のほおずきだそうだ。一般的なほおずきは、毒性があり食べられない。
コアニ、とカタカナで書くと南国感があふれるが、秋田県上小阿仁村、のコアニらしい。
食用ほおずきは、秋田県の名産品なのだという。
あざやかなオレンジ色の観賞用ほおずきに対し、白っぽくて柔らかな雰囲気。
ほおずきを味わうのは初めてだ。
その色と形から、金柑のような味なのかな、と想像しながら口に運ぶ。
柑橘系とはおもむきが異なる、青くて奥深い酸味があった。
オレンジのようにパッと広がる華やかな酸味ではなく、噛めば噛むほどに、じんわりと酸味が強くなっていく感じ。
うまみのようなものもあり、ドライトマトに近い気がした。クセになる。
それもそのはず、ほおずきはトマトと同じナス科だった。
秋田犬に導かれて買ったクッキー缶で、思いがけず初めての味を知った。
くら吉では、クリームサンドなど、ほかにもほおずきを使ったお菓子を扱っているという。
ところで、昆虫たちの触角は、触覚や嗅覚の役目をはたし、食べものを探して外敵を防ぐはたらきをしている。
チョコのあふれる催事場で、あのクッキー缶を探し当てたとき、わたしのショッカクも働いていたのかもしれない。
というより、食覚かもしれない。
髪の毛は10㎝切ったが、とりあえず前髪の両サイドはのばしておくことにした。
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