負けられない戦い。AVには、負けたくない! 【♯4 Feeling good ever! お相手はポルノ依存症】
終電間近の白金台駅。
「女性のコンプレックスは金になる」
と、おっしゃった峰岸さんのお話しを思い返して歩いていると、マンションまでの道のりを歩くわたくしの足取りと共に、ヒールが地面に当たる音も自然と力強くなっていきました。
容姿にコンプレックスのない女性なんか、いるのでしょうか。
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わたくしの知る限り、自信がありそうな女性も、コンプレックスがある故に努力しているものです。
もちろん容姿にコンプレックスがあるのは女性だけじゃございません。男性もしかり。
ですが、テレビや雑誌、インターネットやSNSなどの情報を見て比較する限り、美醜にうるさくチェックを入れられる多くは女性です。
男性は容姿を経済力でカバーできますが、女性の経済力はセールスポイントどころか、男性にとって脅威となる場合もございます。
若いほど、美人であるほどよし。とされる日本において、わたくしたちは日々容姿を磨き、ダイエットや運を味方につけようと頑張っている。それなのに、その努力を峰岸さんは「金になる」と言い切りました。
峰岸さんがおっしゃる通り、そういった情報を提供しているわたくしも加害者なのでしょうが、男性が女性の外見の良し悪しを求めなければ、わたくしだって、そんな情報は女性に与えません。
マンションの部屋に着くと、わたくしは床に積もったゴミを踏み固め浴室へ向かいました。
部屋のゴミ捨ては忘れても、就寝前のメイク落としは忘れません。
化粧品で肌を整えたわたくしは、新しい皺ができていないか鏡の中の自分を入念にチェックしました。
最近、ますます老化が進んでいる気がします。
くすみ、たるみの意味さえわからなかった二十代の頃の肌が恋しいです。
すっかり覇気を失ったノーメイクの顔にうんざりしながら寝室へ行くと、唯一物が何もないベッドの上にダイブしました。
目を瞑ると、タケシさんのパソコンに保存されたアダルトビデオの映像が蘇ってきます。
ギャルが出てくるAVは‘渋谷’。
OLらしい制服を着た女優の作品は‘静岡’。
和服の女優が出演する作品は‘京都’。
‘車窓’というフォルダーには、痴漢もののAVが保存してありました。
わかるような、わからないようなフォルダー名の数々。
インターネットの履歴からも、ほぼ毎日、タケシさんがアダルトビデオを見ていることがわかりました。
わたくしは携帯電話を取り出すと、先ほどタケシさんの部屋で撮影したアダルトビデオの購入履歴が記されたパソコン画面の写真を見つめました。
そこに記されたタイトルや女優名を検索してみると、ほとんどの動画が数百円でダウンロード可能です。
このサンプル動画とやらを再生したら、料金が発生するのでしょうか。
ドキドキしながらいくつかサンプル動画を再生すると、どの作品も設定が違うだけで、やることは同じ。セックスでございます。
屈辱的で見るに堪えられない作品も数多く見受けられます。
タケシさんは、これを見て興奮するのでしょうか。
サンプルだと短すぎてよくわかりません。
タケシさんが購入された作品のパッケージの女優さんはみなさん麗しく、どれを選んでいいのか悩みます。
わたくしは適当に作品を選ぶと、緊張しながら画面の指示通り親指を動かしました。
人のセックスを見る手続きは、あまりにも簡単でした。
あっけなく再生された動画に驚きつつ液晶画面を凝視していると、舞台はコンビニのようです。
笑顔でお客さんに対応する女優さん。そこへ店長が来て、なるほど。ここから、恋が芽生えるのでしょう。
ワクワクしながら見ていた矢先、なぜか女優さんが店長を誘惑し始めます。
なぜ、彼女は店長を誘惑することになったのでしょうか。好きだったのでしょうか。
話についていけません。
わたくしは納得できないまま動画を止めると、違う作品をダウンロードしてみました。
前戯 → 挿入 → 射精。
設定があるのにストーリーがないアダルトビデオの流れは大体どれも同じようですが、誰に感情移入すればいいのでしょう。
とはいえ、どの作品も刺激的でございます。
わたくしたりとて、女。
頭では否定しつつも、身体が熱くなってきます。
だ、ダメよ!
困惑しながら検索を続けていると、タケシさんが一人の女優さんの作品をほぼすべて購入していることに気付きました。
大きな目。鼻筋の通った顔。豊かな胸。くびれた腰。弾力ある太もも。
「姫野ルナ」
女優さんの名前を呟くと、タケシさんのパソコンの「月」フォルダーに保存されていた作品の女優さんと同一人物であることに気付きます。
わたくしはなんの迷いもなく彼女の作品を再生しました。
嫌がる素振りも見せず、卑猥な恰好で男性を挑発する女優さん。演技とはいえ、圧倒されるものがあります。
どうしたら、このように大胆になれるのでしょう。
女優さん、男優さんの身体、そして演技には感心いたしますが、アダルトビデオにとってのセックスは、イコール、ラブではないことを理解します。
男性が作った、男性のための究極のファンタジーは、淑女研究家としてわたくしが日々考えている「モテ」とは違うことを改めて思い知らされます。
こういった物に男性が興奮するのはわかります。しかし、現実的じゃございませんわよ。女性が日々、殿方のために努力しているというのに。
あんまりです!
タケシさんも、こんなものばかり見ているから、おデキにならないのよ。これがいいと言われても困ります。
アダルトビデオを停止すると、床に積もったゴミをわたくしは見つめました。
空き缶やペットボトル、コンビニ弁当などの惣菜が入っていたプラスティック容器、ポテトチップスの空き袋などのほか、足のむくみや、顔のリフトアップローラー、使いかけの化粧品や美容グッツ、本や雑誌などが三十センチほど堆積しています。
いいわよ。やってやろうじゃないですか。
タケシさんに対するわたくしの想いは、アダルトビデオを超えると証明してみせます!
気合を入れていると、携帯電話が鳴りました。
「ごないだ電話しだのに、なんで折り返ざねぇんだよ」
渋々電話に出ると、不機嫌そうなお母さまのダミ声が聞こえてきました。
「立て込んでおりましたの。すみません」
わたくしはこみ上げてくる感情を飲み込み答えました。
「まだそんな、まだらっこしい喋り方じでんの? ババア思い出ずがら、いい加減やめなざいよ。気持ぢ悪い」
ババアとは、お母さまの母親、つまり、わたくしの祖母のことです。
「お嬢様なんて周りに呼ばせてたけど、外面だけの薄っぺらい女だっだよ。そう考えると、アンタもババアそっくり。ぎもぢわりぃったらありゃしねぇ」
「おばあ様は立派な淑女でございました。それに、お母さまの子供だからこそ努力しているのです。わからなくって?」
わたくしは語気を荒げました。
「まぁ、いいや。どにがくざ、今度、陽菜ちゃんの節句があんじゃない? アンタ、来ないの?」
陽菜ちゃんとは、お母さまの今のパートナーの孫、つまり、わたくしにとって義弟の子どもでございます。
「その日はお仕事だって、こないだ連絡しましたよね?」
「え? いづよ。聞いてないよ。あたし」
お母さまは自分にとって都合の悪いことはすべて忘れるようにできています。
「それより今度、リングに立づごとにじだから」
心の平安を保つため深く息を吸っていたわたくしは、お母さまの言葉に絶句いたしました。
「リングって、試合にまた出るおつもりじゃないでしょうね?」
「出るよ」
冗談は、おやめになって?
「出る? もう還暦ですよ? 復帰なんてそもそも無理でしょうが」
「相変わらずテメェはうっぜぇな。団体四十周年記念のイベントに呼ばれたんだよ。チムニーが今度リングに上がるってんで、因縁のデスマッチをしてくれってさ。会長から直々に頭下げられたら、断れねぇだろがよ」
チムニー・ケイコは、お母さまが女子プロレスラー、サンダー・和子として戦ってきた因縁のライバル兼、お母さまのパートナーです。
「どは言ってもさぁ、わたし達もいい加減いい歳じゃない? 現役時代は体張っでぎだげど、この歳で無理は禁物だがらよ」
お母さまはそう言いながらも、リングに立てることが嬉しいのでしょう。
心無しか声が弾んで聞こえます。
「ご存じのとおり、わたくしは反対です」
「うっぜぇな。無理はもうしねぇって言っでんだろ。ぞれに、あたしの人生なんだ。テメェには関係ないだろが」
お母さまにとって関係なくとも、ヒール役女子プロレスラー、サンダー・和子とチムニー・ケイコの娘として生きてきたわたくしの人生には大きく関係するのです。
「あ、ケイちゃんが帰ってぎだ」
わたくしが呆れていると、お母さまの声が、二オクターブ上がりました。
「まぁ、そういうごとだがらざ」
「ちょっと待ってください」
勝手に電話を切ろうとするお母さまに、わたくしは続けました。
「例のお約束は、必ず守ってくださいよ」
わたくしは今、有名女子プロレスラーの娘ではなく女性起業家、淑女研究家の川越千春として生きているのです。
血縁関係をバラさぬようお母さまに念を押すと、わたくしは電話を切ったのでございました。
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ポルノ依存症について、わたしの経験を交えラジオでも喋っています^^▼
「性、ジェンダーを通して自分を知る。世界を知る」をテーマに発信しています^^ 明るく、楽しく健康的に。 わたし達の性を語ろう〜✨