女の敵は、女? 【#11 Feeling good ever! お相手はポルノ依存症〜】
四谷駅近くのカフェでタケシさんが来るのを待ちながら、わたくしは先日、AV女優のルナさんから教わった内容を復習しておりました。
臀部が描かれたノートには、‘優しく撫でる’、‘爪を切る’など、チングリ返しのステップと要点がまとめてございます。
わたくしはノートを何度も読み返すと、イメージトレーニングしてみました。
「五島さんの彼女さん?」
頭の中でタケシさんの足を持ち上げていると、高い女性の声が頭上で響きました。
顔を上げると、タケシさんがボブカットの女性と一緒にわたくしを見下ろしていました。
「真剣な顔して、どうしたの?」
「なんでもございませんっ」
第1話から10話まではこちら▼
タケシさんが覗き込んできたので、わたくしは勢いよくノートを閉じました。
「それより、そちらの女性は? どちら様ですの?」
「え? あぁ。えっと、会社の同期のマリアちゃん」
わたくしが焦りながらカバンにノートをしまっていると、タケシさんが女性を紹介しました。
スタイルのいい長身の女性でございます。
ハジメマシテーと、タケシさんの横で明るく挨拶するマリアさんを前に、チングリ返しでキャパシティーオーバーな頭がクラクラいたします。
「あの、もしかしてTVに出演されていました?」
マリアさんは、メディアに露出しているわたくしのことを存じているようです。
「淑女研究家の方ですよね? プライベートでも同じ喋り方されてるんですね! なんだ。タケシ君、早く言ってよ」
わたくしが質問に頷くと、マリアさんは顔を紅潮させてタケシさんの腕をバシバシ叩いております。
「こんな人が彼女なんて、メチャクチャいいじゃないですか。うらやましい」
「はぁ? マリアちゃんのこと好きな男子なら沢山いるのに、なに言ってんスか」
「そんなことないよぉ。今日も帰って一人でゴハン食べて寝るだけの生活だもん。っていうか、これからお二人はどこに行くんですか?」
「ムエンタイ」
「もしかして、この裏のタイ料理やさん? わたし、超好き」
「だったら、マリアちゃんも一緒にメシ食う?」
お待ちください。
今日はチングリ返しをする日なのでございます。
勝手に進んでいく二人の会話に、わたくしは焦りました。
「でも、彼女さんに悪いし」
「そんなことないよ。別にいいよね?」
この空気で、嫌とは言えません。
「もちろんでございます」
苦笑いしながら答えると、マリアさんは「やったぁ」と言ってタケシさんの腕にしがみ付いたのを、わたくしは見逃しませんでした。
「タケシ君って、男の人なのにパクチー好きなの、珍しいね」
「そういえば一度、パクチーチャーハン弁当に入れてきたことあったじゃんね?」
「そうそう。そしたら営業の小谷さんから‘カメムシ臭い’って言われて、次の日からカメちゃんって呼ばれるようになっちゃったんですよ」
「それでなんだ。時々会社でカメちゃんって呼ばれてるから、前から不思議だったんだよね」
タケシさんとマリアさんの楽しそうな会話。
タケシさんに対し何度も行われるボディタッチ。
作り笑いで狭くなった視野で、わたくしはマリアさんのタケシさんに対するボディタッチをカウントしておりました。
女系家族で育ったタケシさんが女性に慣れていることも、モテることも知っておりますが、恋人であるわたくしの前でこのような行為をされるのは困ります。
「お尻、大丈夫?」
ひぃ!
「まだ、なにもしておりません!」
マリアさんの言葉にドキリとして、わたくしは叫ぶようにして答えました。
「え?」
マリアさんとタケシさんの目が、わたくしを不思議そうに見つめております。
どうやらマリアさんは、プラスティックでできた補助席に座るタケシさんのお尻を心配して聞いたようでございます。
「仕事のことを考えておりましたの。失礼いたしました。タケシさん、その椅子、座りにくそうですものね。代わりましょうか」
「そうだよタケシ君。最初、わたしがそこ座るって言ったのに」
「いやいや、大丈夫。俺、ソファって苦手なの。尻が沈むから」
「辛くなったら言ってね。代わるから」
マリアさんはそう言うと、運ばれてきたパッタイをテキパキと皿に盛り始めました。
この娘、なかなかやりよるのでございます。
マリアさんから小皿を受け取ったタケシさんも、「コップンカー」と言って上機嫌のご様子。
わたくしは店員さんがテーブルに運んできたヤムウンセンをサーブしようと、空いた皿に手を掛けました。
「あ、わたしやります」
「マリアさん、さっきから取り分けてばっかりで全然食べてないでしょう? わたくしがやりますよ」
「じゃぁ、お願いします。あっ、タケシ君、お酒足りてる?」
次から次へと、よく気が利くオナゴでございます。
「でぇ、今育てているのはバジルでしょ? それにトマトに、イタリアンパセリ、今年は枝豆育てようと思ってるんですけど、パクチーもいいですよね」
ベランダで野菜を育てずとも、わたくしのキッチンには長い間放置されたジャガイモと人参が大きな根を生やしておりました。
そもそも、わたくしは‘いい女’ではないからこそ、淑女について日々研究しているのでございます。‘いい女’について、いくらでも発言はできますが、それを実践しているとは限りません。
メディアにおいてのわたくしは所詮、虚構です。
ガーデニング野菜と、毎朝作るスムージー。パワーヨガと、日々のランニングに精を出すマリアさんのお話を聞いていると、わたくしは女として失格だと言われている気がしてなりませんでした。
なにもかも完璧なマリアさんとなら、タケシさんはセックスできるのでしょうか。
つらい。
美男美女のタケシさんとマリアさんのセックスを想像して、わたくしは絶望的な気持ちになりました。
マリアさん相手に、わたくしはどうしたら勝てるのでしょう。
ネイルが施されたマリアさんの長い爪を見た後、わたくしは昨晩短く切り揃えた爪を見つめました。
やっぱり今夜、あれに賭けるしか、ございません。
わたくしは目の前のグラスに注がれたシンハー・ビールを一気に飲み干しました。
つづく▼
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ラジオでも喋っていますわよ▼
「性、ジェンダーを通して自分を知る。世界を知る」をテーマに発信しています^^ 明るく、楽しく健康的に。 わたし達の性を語ろう〜✨