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女性のコンプレックスは、お金になる? 【♯3 Feeling good ever! 〜お相手はポルノ依存症〜】

わたくしではお勃ちにならないタケシさんのパソコンから大量のポルノを発見した一時間後。

何事もなかったように会議に出席したものの、頭の中は先ほど見た淫らな映像でいっぱいでございます。

淑女研究家という肩書を持つ身分なのに、わたくしとしたことが。


色々なことが恥ずかしく、悔しくもございます。


「オラクル・ド・ボーテのターゲット層は三十代以上のキャリアウーマンということで、彼女たちに特に人気のあったコンテンツをまとめてみました」

もう少し感情を込めてできないものでしょうか。
一度も笑顔を見せずに淡々と話すスタッフの香織さんの進行を、わたくしは苛々しながら聞いておりました。

コンテンツ記事の英語翻訳を主に担当している香織さんは、わたくしにも臆さず意見を述べる優秀なスタッフです。
頭は良いのですが、彼女は誰であろうが媚びることはありません。

わたくしは、眉間を寄せて説明を聞く峰岸さんの様子を伺いつつ、装飾品のない左手の薬指をチェックしました。

峰岸さんはわたくしプロデュースの化粧品ブランド、オーラ・ド・ボーテの製造委託先化粧品会社、取締役でございます。

今日は新商品のボディクリームの企画会議なのに、わたくしは峰岸さんの長い指を見つめながら、テレビで女芸人さんがおっしゃっていた「短く整えられた爪をしてはる人は、セックスが上手い」という言葉を思い出してしまいました。

この方は、どんなメイク・ラブをするのでしょう。

さっきタケシさんのお部屋で見たアダルトビデオの影響で、大切な商品開発提携先である峰岸さんに対しても変な想像が頭をよぎります。

わたくしは頭を切り替えるため会議に集中しようと姿勢を正しました。

「今回人気だったコンテンツをまとめてわかったのですが、三十代以降の社会的に自立した女性は流行ではなく、自分のこだわりで商品や情報を選ばれる傾向にあります。その中でも地球、環境だけでなく、肌にも優しいオーガニック商品の需要は年々増加しており」

「一つ、いいですか?」

香織さんが説明していると、黙って聞いていた峰岸さんが口を開きました。

「うちの会社を選んで頂けたということは、うちの製品がどれだけ素晴らしいかってことは、納得されておいでですよね?」

製品も良いのですが、今回峰岸さんと交わしている契約内容もかなり魅力的なのでございます。

「もちろんです」

わたくしは香織さんに代わって言いました。

「だったらいいのですが、さっきから話を聞いていて、あなた方がなにを提供されたいのか、僕には伝わってこないんだよなぁ」

峰岸さんは企画書に視線を落としたまま続けました。

「正直、 “淑女研究家、川越千春”のネームバリューがあったとしても、既存商品と同じ方法では購買に繋がらないのでは? もっとインパクトを与える必要がある」

「インパクトを与える必要があるのはわかりますが、誇大した表現は考慮が必要です」香織さんが無表情で言いました。

「うちの会社は、0才児から百歳以上のお年寄りまで使える商品を作ってることは、ご存じですよね?」
「そのことについて商品説明で書かせて頂くつもりです。ご安心下さい」
「いや、そうじゃなくて」

 人差し指を立てて峰岸さんがわたくしの言葉を制すると、企画書をテーブルの上に静かに置きました。

「うちの商品は老若男女使える商品なのに、ターゲットを三十代以降のキャリアウーマンと絞っているのは、なぜだと思います?」

両腕をテーブルの上に乗せ、前のめりになった峰岸さんの左手首の腕時計が照明に反射して光りました。

「質にこだわった商品を理解できる年齢は、色々な商品を今まで試してきたであろう三十代以降の女性だから、でしょうか」

「まぁ、そういう言い方もできますが、失礼を承知で言わせていただくと」
 峰岸さんはそこで一旦切ってから続けました。

「女としてコンプレックスを感じる年齢が、三十歳を過ぎた独身女性だからです」

峰岸さんの発言を聞き、わたくしは思わず眉間に皺を寄せました。

「焦っている消費者に商品を購入させるのは、焦ってない消費者に物を買わせるより簡単だからですよ」

独身女性は全員、焦っている。と、そう言いたいのでしょうか。
考えが少し古臭いと思いますが、わたくしも焦っていないとは言い切れません。
「一般的に考えて、恋愛市場価値の高い二十代女性や、子育てで忙しいお母さんが、成分だけにこだわって一本一万以上する化粧品を購入すると思います?」
「その件については、もう少し値段を抑える必要があると考えておりました。可能であれば、のお話しですが」
「そういったことではなく」
 わたくしの発言に、峰岸さんが大きく溜息を付きました。
「金を高く払うことで、その商品が持っているポッシビリティーをより大きく引き出せることを、あなたはわかっていない」
 峰岸さんはそう言うと、左手に着けた時計を外し、わたくしの顔の高さまで持ち上げました。
「これ、四百万するんですよ」
わたくしは思わず峰岸さんの腕時計のフェイスに記された外資系高級ブランド名を確認しました。
「この時計の価値はなにか」
 もったいぶるように間を置いて峰岸さんが続けます。
「プラチナだの、何気圧対応だの、壊れにくいだなんだって店員は説明するでしょう? でもね、この時計の最大の価値は、‘高い’ってことなんですよ」

峰岸さんはそう言うと、こちらに向けた腕時計をもう一度左手首に付け直しています。
「この腕時計を着けている自分は同じ、いや、それ以上の価値があると自分だけでなく他人でさえも信じ込ませてくれる。そういうところにあるんです。と言っても、この時計はそんなに高くないし、僕の価値は勿論、これ以上ありますけどね」

峰岸さんのお話は気持ちのいいお話ではありませんが、腑に落ちる点もございます。

たとえば、今着ている高級ブランドのお洋服もファストファッションで数千円で売られているお洋服とほぼ同じデザイン、素材でございます。

生産過程や細部を見れば違うのでしょうが、シンプルな黒のパンツなので傍目からは同じに見えるでしょう。それなのに、数千円で購入できるものを、わざわざデパートで二万円以上支払って購入するのです。
人によって様々な理由はあれど、誰もが安価で手にできる商品をビニール袋で受け取るより、デパートで丁寧な接客を受け、上等な包装紙をぶら提げ、優越感に浸りながら帰る。

そのことが一番重要なのかもしれません。

「旦那から愛され、子育て中の専業主婦は、子どもも旦那も手に入れ、常識的には満たされているんですよ。金をかけることによってでしか、自分の価値を高めることができない女性は、働く寂しい独身女性か、愛されている実感のない既婚女性です」

要は、誰からも愛されない女は物でしか寂しさを埋められない、と。そういうことを峰岸さんはおっしゃりたいようですが、あまりにも差別的なご意見です。

「彼女たちに商品を購入させるために必要なことはなにか。それは、このオラクル・ド・ボーテを使用することによって美をもたらし、異性を惹きつけ、幸せを引き寄せると洗脳させることです」

洗脳という言葉に抵抗を感じたわたくしは、思わず眉間に力が入ってしまいました。
洗脳させるなんて、女性の幸せを切に願う人間が使う言葉じゃございません。

「僕の言っていること、わかります?」
不満を抱きつつも、わたくしはごもっともだと言わんばかりに頷きました。


「あの」


資料を片付け始めた峰岸さんに、わたくしは尋ねました。
「峰岸さんが商品に自信をお持ちなのはわかりました。でも、実際にこの化粧品を女性が使って幸せになれると言い切れるのは、なぜですの?」

「‘幸せになれる’という正解や法則を、みんな待ってるからです」

峰岸さんはわたくしの質問に確信を持って答えると、満足な様子で椅子の背もたれに寄りかかりました。
「そのためにも、わたしたちが言ってあげる必要がある。‘この化粧品を使えば、綺麗になる。そして、幸せになれますよ’ってね」

言わんとしていることはわかります。しかし、峰岸さんの発言を聞いていると、胸がむかむかしてまいります。

「サラダを男性に取り分けるとモテるという情報が、百パーセント女性を幸せにする保証なんて、どこにもない。それなのに、そういった情報を日々提供しているあなただってそうでしょう? それと同じですよ。信じるものは救われますから」

わたくしは、もっと崇高なビジョンを持ち、日本、いや、世界中の女性を幸せにするためにお仕事をさせていただいております。

同じだなんて、冗談じゃありません。

少しクセのある方だと思っておりましたが、ここまでとは存じ上げませんでした。
わたくしが怒りを抑えていると、峰岸さんは悪びれた様子もなく自信たっぷりに続けました。

「女性のコンプレックスは金になるんです」

今回峰岸さんと交わした報酬額の割合を思い出し、わたくしは鼻で空気を大きく吸い込みました。

「インパクト、ですね。了解いたしました」
わたくしは感情を押し込むと、いつもの笑顔で峰岸さんに微笑んだのでございます。

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