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放牧を世界へ。希望のモンゴル渡航

今年の9月に、牧場事業への協力のためにモンゴルへ行ってきました。
その所感と今後の展望について、記憶の新鮮なうちにここへ書いておきたいと思います。

「フェンスで日本の農業を変革する夢」を掲げる放牧の専門家集団、ファームエイジ株式会社の代表を務めております、小谷と申します。
このnoteでは、ファームエイジが過去に行ってきた取り組みや私自身の放牧へかける想いなどをご紹介しています。月2回程度のペースで更新中。

今回の渡航の目的

このモンゴル渡航のきっかけとなったのは、皆さんもよくご存じの日馬富士(元横綱、現地での周囲の呼び名に合わせて以下「横綱」と表記)です。

順を追って説明しますと、
①   横綱が生まれ故郷のモンゴルで牧場事業を始めようと考える
②   そこで日本各地の牧場を視察して回った結果、十勝しんむら牧場のファンになる
③   横綱が十勝しんむら牧場の代表である新村さんに新規牧場の監修を依頼する
④   新村さんから私に協力の声がかかる
⑤   現地視察の話がまとまる
という流れです。

横綱は元々、モンゴルにおける酪農に課題を感じていたそうです。
モンゴルでは牛乳は一種の神聖なものとして扱われています。儀式の際には、草地に牛乳をまいて祈りをささげるそうです。日本でいうところの日本酒の扱いに近いでしょうか。
しかし、現在のモンゴルの牛乳自給率は56%ほどに留まっています。味も日本に比べると、あまり美味しくないと感じるそうです。
そこで自身が牧場を立ち上げ、国内で生産された美味しくて栄養のある牛乳をみんなに飲んでもらえるようになれば、モンゴルはもっと豊かになるだろうと。そういう熱い志を持っているようでした。

私と新村社長、モンゴルにて

私は過去に、中国政府から依頼を受けて、砂漠化防止のフォーラムに呼ばれたことがあります。
内蒙古のあたりはもともと遊牧が盛んな地域でしたが、国の定住化政策によって移動が制限されたことで動物がその一帯の草を食べ尽くすようになってしまい、砂漠化が進行しているという深刻な問題があります。

こういった状況は内蒙古だけではなく、新疆ウイグル自治区や、同じく内陸の国・キルギスなども同様の問題を抱えています。
ですので、それぞれ依頼主は異なりますが、「正しく機能する放牧というものを教えてほしい、北海道での放牧の成功体験を語ってほしい」と現地に招かれることはこれまで何度かありました。

となると、遊牧の元祖であるモンゴルの酪農は今、どうなっているのだろう。そんな疑問、興味が自然と湧いてきます。
今回のことは私にとっても、モンゴルの現況を知る良い機会でした。


実際、横綱が用意していたのは、大胆かつ緻密で、とてもすばらしい計画書でした。
というのも、横綱のそばにはヤンさんという方がついていらっしゃいます。
この方は朝青龍から「この子の面倒を見てやってくれ」と依頼されて、横綱が十両のときから教育なども含めて身の回りの世話をしてきたという、横綱にとって師匠のような、父親のような、そんな立場の方です。
ヤンさん自身も非常に努力家で、慶應大学の医学部を卒業したのち、医療関係のビジネスを興して大成されたという経歴を持っています。

そんなヤンさんが関わって仕上げた計画書ですから、それはもうすごいものでした。いきなりあんな規模の牧場事業計画を立てることは、日本ではほぼ不可能なのではと思うほどです。

しかし、この計画書には、とても大事なところが抜けていると感じました。
放牧のために必要な土と草の質について言及されていなかったのです。


まずは土を調べ、今活用しようとしている草地にどのような微生物がいるのか、どんな草種が向いているのか、どれだけの動物を飼うポテンシャルが眠っているのか。それを知ることが先なんじゃないか、というのが私たちの考えです。
日馬富士がファンになった十勝しんむら牧場は、生態系を活かした土壌改良に取り組み、良い牛を支えられる良い草を育ててきたからこそ、現在の豊かな経営にたどり着いています。

その点について私たちは粘り強く話し合い、結果、横綱の牧場事業計画の内容は大きく変更になりました。
これだけでも、現地へ行って直接お話しした価値があったと思います。

しかし大切なのは、これからどう実行していくかということです。
私たちは手始めに牧場予定地の土のサンプルを採取し、土壌環境学の第一人者でありグラスファーミングスクールの講師でもある、北海道大学農学研究院准教授の内田先生に解析を依頼しました。
この結果次第で、今後の放牧戦略が変わってきます。


横綱の凄み

せっかく日馬富士ご本人にお会いできたので、今回は牧場以外のことも、ご本人や関係者の方々にたくさん伺ってきました。
その中で私が感じたのは、やはり「横綱」というのは誰もがなれるものではない、とても特別な存在なんだなということです。

客観的に見ても、横綱はまだ歴代で計70数名しかいませんし、そこへ至るまでの道のりも長いですから、相当な実力が必要なのだろうということは想像できます。
しかし、真に横綱になる人が持っているのは、どうやら実力だけではないようです。ご本人曰く、ある種の「選ばれた」感覚に近いものだというのです。

横綱の位に上がったとたんに、急に周りが弱くなったように感じ、「みんながわざと負けてくれているのだろうか」と思うほど力の差が出るようになると。土俵には神様がいることがわかるようになってくると。そうおっしゃっていました(そう思っているうちに少しずつ黒星が付くようになってきたので、必死に稽古を重ねたそうですが……)。

牧場を塩で清める横綱

日馬富士は力士を引退したのち、日本の大学院で修士課程を卒業し、日本式教育を取り入れた私立小中一貫校、新モンゴル日馬富士学園をウランバートルに創設しました。現在はそこの理事長を務めています。
日本で受けた恩を、下の世代に伝えていくことで返していきたいという想いなのだそうです。国の援助は一切受けず、持ち前の強い実行力を発揮した結果です。

こちらの学園にも視察に行かせていただきましたが、廊下ですれ違う子どもたちはみな立ち止まって丁寧にお辞儀をしてくれ、モンゴルでここまで礼儀の教育が徹底されているのはすごいことだなと感じました。
こういった母国への貢献活動を積極的に行っていることもあり、地元でも誠実なイメージが浸透しているようです。学園の現在の倍率は、なんと50倍にものぼるとか。

これだけの影響力と可能性を持つ方ですから、もし本気で放牧に取り組んでくだされば、これはもうすごいことになるだろうなという予感があります。いよいよ地球規模で環境を再生させ、砂漠化を阻止したり、食糧問題を解決したりといった正しい方向での貢献ができるようになるのではないかという、大きな期待感です。


逃げずに未来に目を向ける

モンゴルは高緯度の内陸国であるため、気温の年較差が大きく、また降水量が日本の4分の1ほどと乾燥しています。
北海道よりもさらに北に位置しており、冬の寒さはかなり厳しいですが、だからこそ複数の共同体で遊牧を行い、絆を深めながら生き抜いてきた歴史を持つのだろうと思います。
そういう環境ですから、私たちが積み重ねてきた北海道での放牧の成功事例のいくつかは、そのまま現在のモンゴルでも応用できる部分があるのではと考えています。

人間の行いなんて、宇宙から見ればちっぽけなことかもしれません。
しかし、だからといって環境の変化や現状の問題について匙を投げるのではなく、少しでも良い方向へと向かって行きたいという想いを持って行動することが大切です。
今回私は、新しいチャレンジの種をまいてきました。モンゴルという遠く離れた土地ではありますが、この種が今後どのように芽吹き、どのように世界に根付いていくのか、ワクワクしながら見守っていきたいと思います。


しかしモンゴルの騎馬が風を切る様子は非常にかっこよかった。また訪れたいですね。


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