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232、【小説】冬の王子さま

今日は、サークルも午前で終わりで、神社の前の、芝生の公園に来ていた。
冬、といっても、まだ暖かいほうだ。日差しがあって、ほんの少し気持ちいい。
ぼくは、芝生公園の、真ん中のベンチに座って、のんびりと本を読んでいた。
12~13ページにめくるとき、サークルでいつも、となりの席に座る女性が、歩いてきた。きょろきょろしている。誰かさがしているのかな?
ぼくは、そのひとの名前を知らない。
思い切って、そのひとに声をかけた。
「あの...…?」
「はい?」
「いつも、サークルで会いますよね...…?」
「え?」
そのひとは、ぼくがいつも、となりに座っていることなど、気付いてなかったようだ。ぼくは、いつも、気にしていたのに、自分一人だけ、意識していたことに、恥ずかしくなる。
「だれか、探してるんですか?」
たずねると、バタバタバタバタ!鳩がいっせいに、飛び立っていった。
「王子さまを探してるの...…」
「え?」
王子さまを探す?少女じゃあるまい。そんな、王子さまなんて、いるはずないじゃないか。なんだ?
「お名前、なんていうんですか?」
「田中です。田中瑞季です」
瑞季さんていうのか。かわいい名前だな、と思った。
「じゃ、わたし、これで!」
え?ぼくの名前聞かないの?
なんだ。すれ違ってばかりだな。ま、王子さまを、探してるんじゃ、仕方ないか。と思い、読んでいた本をめくる。
『運命のひとと出会う』という、タイトルの本だった。ぼくだって、運命だか、なんだか、不思議なものを期待している。ひとのことは、言えない。
その本に、『運命のひとに出会うには、少しだけ、過去を変えないといけません。30分だけ、タイムスリップしてみましょう!』と、書いてあった。
え??と思った瞬間、周りの空気が変わりはじめ、景色がゆがみ、気が付くと、新しくなった、その公園に来ていた。
タ、タイムスリップ??
なんだ?周りの建物がみな新しい!ここ、どこだ?
なんか、変なことになってきたぞ!
と、そこに、少女がじーっ!と見つめ、立っていた。
「きみは?」
「...…」
その少女は、なにも言わなかった。
「なまえ、聞いていい?」
と言ってみると
「田中瑞季。小学六年生!」
と答えた。
瑞季?小学六年生?本当に、タイムスリップしてしまったのか?
腕時計を見ると、午後十四時だった。
いまから、三十分。ほんとに、ここにいなくちゃならないのか??
「あなた、だーれ?王子さま?」
少女は、首をかしげて聞いてきた。
「王子さま?王子さまを探してるの?」
「そうだよ」
瑞季って子。こんな頃から、ここで、王子さま探しをしていたのか。
「その読んでる本、なーに?」
少女は、指を指した。
「え?ああ、これね。これは...…」
「こんなところにいてても仕方がないわ。一緒に、神社へお参りしにいきましょう?」
「神社へ?」
「わたし、初詣、まだなの」
初詣?今日、一月四日だっけ。
まあ、いいや。ぼくも、初詣すましとこ!
と思い、その子と、神社へ行くことにした。
入り口を越えたじゃり道。ひとは、まばらにいる。
奥のほうへ、奥のほうへ、ぼくらはすすんでいく。けいだいのところまできた。
「瑞季ちゃん、お金持ってる?」
「持ってない」
そうだよね。と思い、おさいせんをあげようとすると、一円玉が見つからない。どうして、こんなときに限って、一円玉がないんだろう。二百円しかなかった。
「はい」
瑞季ちゃんに、百円玉を渡した。
「ありがとう!!」
すごく、喜んでくれた。
ぼくも、百円玉をさいせん箱に放り込んで、お参りをした。
「なにを、お願いしたの?」
瑞季ちゃんが聞いてきた。
「瑞季ちゃんこそ、なにをお願いしたの?」
と聞くと
「わたしは、王子さまに出会えますように!」
と答えた。
ぼくらは、そのまま、帰りはじめた。
「そっかー。瑞季ちゃん、ほんとに王子さま、探してるんだねー!ぼくも、今年、結婚できますように、ってお願いしたんだー」
というと、瑞季ちゃんは
「わたしが結婚してあげる!」
と言い出した。
「あはは!ぼくと、きみとは、結婚できないよー!年も違うしね!」
と言うと、
「なによー!恥かかせないでよー!」
と、瑞季ちゃんは、急に怒って駆け出した。
瑞季ちゃんは、走って、神社の前の道路へ飛び出た。
「あ!危ない!」
横から、トラックが走ってきた!
ぼくは、無我夢中で、瑞季ちゃんを抱きかかえ、トラックの前を走り抜けた!
「ブーーーーーッ!」
と、クラクションを鳴らし、トラックは走って行った。
た、助かった。ぼくまで、はねられるかと思った。
「大丈夫?瑞季ちゃん」
「見つけた!あなた、わたしの王子さま!!」
時計をみると、十四時三十九分だった。
あ、もうすぐ、もとの場所に帰れる。
「瑞季ちゃん、ごめん。ぼく、もとの場所にもどらないと」
ベンチのところまできていた。
「未来で、ぼくら、会おう!」
「えーーーー!」
そう言うと、また、空間がゆがみだし、ぼくは、また、もとの場所にもどっていた。
陽のあたる、ベンチ。ぼくは、静かに本の続きを読みはじめた。
田中瑞季が、また、うろついてきた。
「あ、田中さん!」
呼び止めた。
「なんですか?」
「王子さまを探してるんでしょ?ひょっとして、こんな顔してません?」
ぼくは、自分の顔を指さした。
「あははは!まさか、わたしの王子さまは、もっとかっこ良くて...…、あれ?そう言えば、なんだか、あなたに似てるような...…」
「ま!初詣にでもいきません?」
「...…、そうですね!」
『運命のひとに出会う』という本を、そっとかばんのなかに入れ、ぼくたちは、また、神社へ参拝しに行った。

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