236、【小説】リプレイに乾杯
五年前に書いたものです。まだ、書き始めたばかりなので、初々しさが残ってます。
クローゼットの中を整理していると、昔、書いた作文が出てきた。『リプレイに乾杯』という、渉(わたる)が初めてエッセイ風小説のつもりで書いた作品だ。
渉自身が、「ミスターヒッチハイク」という音楽バンドの『リプレイ』という曲を、ギターで奏で終えるまでのことを書いた。今から考えれば、下手くそな文だなあ。よく、こんなもん書けたもんだ。
あれ?でも、何でこんな作品、書こうと思ったんだっけ。そもそもの意図が思い出せない。何でだっけ。まあ、いいや。クローゼットの整理はここまでにして、今日はもう、寝よう。
ジリリリリリリリ!目覚まし時計の音が鳴る。朝、五時にセットしておいた。
この時間、ジョギングに出かけるのを日課にしている。
外に出ると、夏の涼しい風が気持ち良かった。
夏でもこの時間は、まだ涼しい。
快適に走り出し、最後、家の通りまで、近づいてくると、
「おはようございます!」
声が聞こえてきた。こちらも、
「あ、おはようございます」
と、頭を掻きながら言って、すれ違う。
帰ってきて、フライパンに目玉焼きを焼いた。
出かける前にたいておいた、ご飯をよそった。
テレビをつけ、ニュースを見ていると、
「よ~」
という変な声が聞こえてきた。
外から鍵を開けて、誰か入ってきたのだ。
驚いて、
「な、なんですか!あなたは!」
と叫ぶ。
「なんですかはねえだろ、渉」
その男は、渉の名を知っていた。
「わ、渉って。そりゃ、驚くでしょ。ちゃんと鍵もかけてるのに、誰か知らない人が、入ってきたらー」
「松田渉。現在、四十歳、恋人募集中」
「警察、呼びますよ」
「ま、待て!はやまるな!おれは、未来のお前だ」
男は、どんどん不審なことを言ってきた。
「はい!これ、おれの嫁さん」
写真には、二人、仲良く笑いながら、写ってる女性と男がいた。
「まあ、奥さんまで、見せられるとねえ...…」
渉は、少し安心する。そう言えば、その男は、どこか、渉と目鼻立ちが似ている。
しかし、どうしても気になることがあり、渉は、男に質問をした。
「その奥さんとは、どこで知り合うの?」
すると、男はうれしそうな顔をして答えた。
「例えばの話よ。優しくて、不思議で、きれいな誰かの微笑み、て言えば、誰かピンとくる?」
渉は、よくわからなかった。思い当たる節など、全くない。
すると、そこに電話がかかってきた。
「渉?今、何してるの?」
母親からだった。
「ちゃんとしたもの食べてるの?インスタントものばかり、食べてるんじゃないでしょうね!
理世さんは?三ヶ月前に出ていったって、言ってたけど」
あまりに嫌な質問をされたので、渉は
「しょうがねえだろ。うるさいなー、もー」
と言ったが、母親は、結婚しろだの何だのと言うと、それだけ言って電話を切った。
「お前も、大変だね」
「余計なお世話です」
ところで、未来の自分は、どうやって、会いに来たのだろう。もし、本当なら、未来へ連れていってもらいたい。
「今、お前の考えてることを言ってやろうか」
男は、ニヤニヤして言った。
「残念ながら、未来には行けないよ。条例で決まってるんだ。過去にしか行けない」
「えー、なんか味気ないなー。まあ、いいや。過去に行ってもいい?」
男は、渉を連れ出し、公園に置いてある、変なドアのとこまでやってきた。
ここのボタンを押して、日にちを入力するんだ。
何やら、ドアの横の部分に、デジタルの時計のような装置がついている。
「過去へ行きたいんだろ?ここで、待っててやるから、行ってこいよ」
「じゃあ、行ってくるね」
ドアを開くと、そこにはもう一つの公園の景色があった。
行き先は、十七歳のころだ。
二十三年前に着いた。
渉は、以前住んでいた家を目指した。実家には、はなれがある。
十七歳のころの、渉はそこにいるはずだ。
公園から、家まで歩き、足を止め、重いドアを開いた。
十七歳の渉は、案の定、はなれでラジオを聞いていた。
「おーっす」
できるだけ明るい声をかけた。
「だ、誰だ!あんた!」
十七歳の渉は、驚いておびえている。
「なーに、怪しいもんでもねーよ。ちょっと、お前に会いたくてな」
「ぼく、昨日、女の子にふられてさ。落ち込んでるんだよ。帰ってくんない?」
「田中さんだろ?」
「何で、知ってんの?」
十七歳のころの渉は、恐ろしく、素直で理解がよく、わけを話すと、すんなり受け入れた。
渉たちは、すぐに打ち解け
「でさ、二十七歳の頃に、武田さんていう女性を好きになって、ミスターヒッチハイクの『あなたが好きです』っていうCD、そのまま送んの」
「ふーん、で、どーなるの?」
「ふられたよ。あっさり。他に好きな人がいますって」
「うわー、未来のぼく、ダッセー」
と、そこにラジオから、ミスターヒッチハイクの『リプレイ』という曲が流れ出した。
「あ、これこれ、ちょっとギター貸して!」
渉は、ラジオに合わせて『リプレイ』を熱唱した。きまった!と思った。
十七歳の渉は、あこがれの目で見ている。
「ぼくも、これ練習するよ!」
「ああ」
そうして、渉は未来へ帰った。
現在は、何も変わってないで、男だけが、そこに突っ立っている。
「じゃあ、おれもそろそろ未来へ帰るか」
「楽しかったよ!ありがとう!」
「ふっ!じゃあな!」
男はドアを開き、未来へ帰った。男が、ドアを閉めると、ドアは姿を消しはじめ、とうとう、そこには何もなくなった。
辺りは、すっかり暗くなっていた。
「ん?待てよ」
家に帰り、渉は、クローゼットのなかを、ひっかき回し、「リプレイに乾杯」という、昔書いた、作文を取り出した。
すると、最後に「ありがとう」と書いてあったので、渉は涙を流し、何度もそれを、読み返した。
ジリリリリリリリ!目覚まし時計が鳴る。
いつもの朝とおなじ、ジョギングに出かけた。
今朝も、爽快な天気だった。昨日のことが、夢みたいだった。
走りはじめ、最後の所までくると、「おはようございます!」
あっ、いつもの女の人だ。
「おはようございます!」
そう返して、通り過ぎようとしたとき、その人は、首にかけてたタオルを落とした。
「あ、タオル、落ちましたよ」
と、声をかけると、
「あ、すみません」
と、その人は、笑顔を見せた。その笑顔が、すごく爽やかで、ん?優しくて、不思議て、きれいな誰かの微笑み?ひょっとして......その人が、そんな笑顔を見せた時、
「あの」
「はい?」
「一緒に走りませんか?」
「はい!」
まだ、頼りなく、二つ並んだ影は、朝焼けの太陽のなか、消えていくのだった。
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