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【小説】フェイブル・コーポレーション 第十一話(完)

 七月になった。外は汗ばむほどの暑さだ。龍介たちは豪勢な盆を開いていた。客は三十人ほどが集まっている。ホンビキ、チンチロリンはもちろんのこと、普段はテラの都合でおこなわれないポーカーやブラックジャックも、「祝・ヤクザ撃退ウィーク!」ということで、龍介と拓海がディーラーを務め、おおいに客を楽しませていた。
 午後九時ごろ、家のチャイムが鳴った。
「お、またお客さんだ」
 拓海がテーブルを離れようとした。
「いいよ、おれがでるって。拓海、いい手がきてんだろ?」龍介は拓海を小突いて、インターホンにでた。「はい、どちらさまでしょう」
『安藤さんの紹介で参りました』
 男の声が返ってきた。安藤とは、常連客の名だ。今日、安藤は賭場に姿を見せていないが、あとで遅れてやってくるのだろう。急いで玄関にむかった。
「いらっしゃいませ!」
 と扉を開ける。
 地味なコートを羽織った七人の男たちが立っていた。皆、険しい顔つきをしている。
 龍介は笑顔を凍りつかせた。
「ア、アレェ……七月だってのに、そんなコート着て、まあ……」
 先頭に立った白髪男が懐からなにかを取りだして、龍介に見せつけた。
「では失礼」
 警察手帳だった。刑事たちが龍介の横を通りすぎる。
「え、え、え? ま……マジかよ!?」
 刑事たちは一斉に部屋に立ち入った。
「はい、そのまま、そのまま」
「私語はしないでください」
 和室、洋間の隅々に刑事が立ち、部屋のなかをカメラで撮っていった。
 客たちは皆、ポカンと口を開けて、呆然としている。
「みなさんの手もとにあるお金は、賭博準備金として没収します」
「ここの責任者はだれだ」
 龍介は舌打ちをし、
「やってくれるぜ、あのオッサンら……」
 と呪詛をつぶやいた。
 麻雀事業連盟の連中が、警察にチクリを入れたのだ。常連客の名前などは、和也に聞けばいくらでもでてくる。
「おれたちだ……」
 龍介と拓海は進みでた。
「あの黒田ってやつはいったいなにをしてんだ……」
 拓海が龍介にむかって訴えた。
 摘発の情報を流してくれるといった黒田だったが、これでは話はちがう。
「ん? 黒田なら女子中学生に手をだして、懲戒免職になったさ」
 と白髪の刑事がいった。
「う、うそぉん」龍介は肩を落とした。「あいつロリコンだったのか……ちゃんと新聞取って読んどきゃよかった……」
 ひとりの客として振る舞っていた新十郎が、龍介と拓海のもとに歩み寄った。
「……おれもテラを吸っとった。同罪や」
 その夜、賭場にいた者は全員、署に連行された。
 客である旦那衆は留置場に一晩泊まり、調書を取らされると解放された。彼らは罰金刑に処された。
 主犯の龍介、拓海、新十郎の三人は、それでは済まない。賭博場開帳罪である。三人は留置場から拘置所に移され、二十日間拘留された後、懲役二年執行猶予三年の刑に処された――。

   ***

 七月下旬。
 拘置所から解放されたあとになって、龍介、拓海、新十郎の三人はようやくまともに顔をあわせた。
 やつれた三人は神戸三ノ宮のジャズ喫茶にいた。心配して駆けつけてきたミリも同席している。テーブルの上には、グラスに入った四人分のアイスコーヒー。四人はコーヒーに口もつけず、押し黙っていた。
「終わりやな、博打会社も」
 耐えかねたように、新十郎が口火を切った。
「そうだな」
 といいながら、拓海は視線をテーブル上で彷徨わせた。
「御用は喰ってもうたけど、楽しかったわ」
 ふたりは涙さえうかべそうな雰囲気だ。湿っぽい空気があたりを包んでいる。スピーカーから、マイルスの儚げなトランペットの音色が聞こえる。
「やめちゃうの? ギャンブル会社」
 ミリの問いかけに、新十郎は返答に困り、鼻の頭を指で掻いた。
「どうやろな」
「もういちど賭場を開くにしても、執行猶予の三年はおとなしくしていないとだめだ」
「せやな、三年後か」
 拓海が隣に座っている龍介の顔を覗く。
「龍介。三年後だ。また博打会社をつくらないか」
 それを聞くと、龍介は立ちあがった。バン! とテーブルを両手で叩く。
「おまえら!」
 バン! バン! バン!
 なんどもテーブルを両手で打ち据えた。コーヒーの表面が揺れる。
 三人はきょとんとして、龍介を見あげた。
「賭場をもういちど開こうだァ?」龍介は叩く手をとめた。「当たり前だろ!」
 お客さま、困ります……といって店員が近づいてきた。
 龍介は店員の肩を両手で掴む。
「いま、大事な話をしてるんです」
 店員は圧倒されて、去っていった。龍介は、オホン、と咳払いをした。立ったまま話をはじめる。
「いいか。博打会社はもちろんやるし、三年も待つ必要はないんだよ」
「バカな」拓海が眉をひそめた。「三年のあいだで、また捕まったら――」
「捕まらねーよ」
 龍介はポケットからチラシを取りだす。すっかりボロボロになった宅配ピザのチラシだ。
「ブタ箱に入ってるあいだ、ずっと考えてたんだ。おれたちはネクスト・ステージに行く!」
「ネクスト・ステージ……」
 三人は同時につぶやく。
 龍介はチラシを裏返した。そこには計画内容がびっしりと書きこまれている。余白がない。
「ヤクザなんて怖くねえ。問題はサツだけだろ。なら、サツに踏みこまれねえような賭場をつくりゃァいい。合法的賭場だ!」
「そんなものがつくれるのか」
「現金やなくて、チップにする。ほんで、それを換金するんやなくて、賞品の交換とかにするってことか」
 ちっちっち、と龍介は人差し指を振った。
「本気で合法化を狙うんなら、じつはそういう方法も使えないんだよ。ありゃパチンコ屋だけの特権さ。ゲームの結果――つまり客が持ってるチップに対して、店側はなにも発行しちゃァだめなんだ」
 三人は龍介の話に耳を傾けている。
「じゃあどうやって、客にチップを換金させるかだけど――まず、帰る客にチップを返してもらう。客には決められた店に行ってもらう。この決められた店ってのは、おれたちがまた別で経営する」
 龍介は息を継いだ。
「客から返してもらったチップを、おれたちはその店に運ぶ。客はそのチップを、洗うなり磨くなり、なんでもいいからしてもらう。そしてそのチップ磨きのアルバイト料として、チップの換金額を支払うってわけだ。これで合法!」
 三人が顔をあげ、尊敬の眼差しで龍介を見た。そして顔を見あわせはじめた。
「なるほど……いけるかもしれないな」
「せやな。いっちょ、やったろうやないか」
「ねぇ、私も手伝える?」
 口々に皆がしゃべりだした。龍介は両手をひろげて、皆を静めた。
「和也も仲間に入れようぜい。なんだかんだいって、あいつも博打の腕はなかなかだったしなァ」
 一瞬、新十郎が眉根を曇らせた。しかし、わざとらしく舌打ちをして、
「しゃあないな。呼んだろか」
 と観念の笑みをうかべた。
「よおし!」龍介は両手を叩いた。夢想するように中空に目をやった。「次の舞台は北陸だぜ。ウキウキするなァ」
 拓海が片方の眉をぴくりとあげた。
「北陸ってまさか――」
 龍介は拓海の肩を抱いて、やっと席に座りなおした。
「金沢に住んでる、おれの彼女だよ。ちょくちょく連絡はとってたんだけど、どうやら、マンションの一室を親からもらったらしいんだよね」
 三人が顔を見あわせた。皆、不敵な笑みをうかべる。
 龍介は彼女を最後に抱いた日のことを思い返した。あのチャールス・ミンガスの名曲『フェイブルズ・オブ・フォーバス』で刻まれていたリズム――ラテンフィールと8ビートが、この身体に流れるギャンブラーの血をふたたび呼び覚まそうとしていた。
「おれたちには世間の常識は関係ない!」
 龍介はコーヒーグラスを高らかに持ちあげた。あとの三人も龍介に倣って、グラスを掲げた。
「フェイブル・コーポレーションは永久に不滅だ!」

(了)

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