おっさんドラゴンと生け贄少女③
ドラゴンに捧げられた少女の話。
※当記事、及び関連する私の著作物を転載した場合、1記事につき500万円を著作者であるFakeZarathustraに支払うと同意したものとします。
※本作品に於ける描写は、現実的な観点での法的な問題、衛生的な問題をフィクションとして描いており、実際にこれを真似る行為に私は推奨も許可も与えません。当然、その事態に対して責任も負いません。
※フィクションと現実の区別の出来ない人は、本作品に影響を受ける立場であっても、本作品の影響を考慮する立場に於いても、一切の閲覧を禁止します。
※挿絵はDALL·Eを用いています。
「あ、アイリス様ですか? ファルガンソン様のアイリス様」
私が恐る恐る訪ねる。
四十歳ぐらいのおばさんである。そして、酒を飲んで上機嫌なのだ。
「えっと! あんたかい? あの"人見知り"ドラゴンのところの生け贄になったのは!?」
そう言うと、他の三人の生け贄も前のめりになって私の顔をのぞき込んだ。
他は皆、三十代ぐらいだろうか?
全員が大笑いをして「こりゃぁ、乾杯しないといけないねぇ」と、店員を呼び止め「エールを一杯!」と言った瞬間、今のジョッキを飲み干し、「いんや五杯!」と頼んだ。
「いえ、私、未成年ですし飲めませんよ?」
私が冷静に反論すると、「スケルグレードに法律なんてナイナイ!」と、全員して首を振り手を振った。
ほんと帰りたい。
何はともあれ着席させられた。
わざわざ大先輩が椅子を引くのだ。座らないでは済まされないだろう。
そして、当然のように置かれるジョッキになみなみと注がれたエール。
「口を付けるだけでいいから!」
「いや、無理ですよ」
「フリだけでいいから」
「それなら……」
取り敢えず丸め込まれて乾杯にだけ参加した。
ただ、口元に持っていけば麦の香りとフルーティーな香りが鼻の奥に届く。
口を付けるだけなら……
結論を言おう。
私はこの一杯を一気に飲み干した。
今まで味わったことのない苦さと、そして芳醇な風味が口の中、鼻の奥、そして胃の中を満たした。
「いい飲みっぷりだねぇ!」
四人の年増は大喜びだった。
なんだか気分が良くなってきた。
目の前の雑な料理が美味そうに見える。
ドラゴンのこと? もうどうだっていいや!
「ほらあんた、自分とこのご主人の愚痴とかあるでしょう?」
おだてられて上機嫌な私は、「アイツ、なんかこう、妙に人間意識しやがるんですよぉ!」
そこからは止まらなかった。
付き合いなんてたかだか一日半なのに、不安や納得いかない事ばかりを思いっきり吐き出してしまった。
四人は興味津々になって聞きながら、「あいつ、妙に人間を怖がるよなぁ」と、この回に参加して挨拶した時のことを思い出していた。
そうしてレティウス様の悪口が収まれば、次に自分の主人の話になる。
やれ垢が臭いだの、いびきがデカいだの、一行に嫁を貰わんだのと言っている。
エンシア様の生け贄であるカリスさんは「ウチのトカゲ、あの四匹の中でいいから誰か行かないのかねぇ?」と静かにキレていた。
そんな話をすると「あー無理無理!」と笑い合う。
話を聞けば、エンシア様はかなりガサツな性格で、オスの友達と連むことが多いくせに、メスの友達が兎に角少ないそうだ。
そして、そんなオスの友達もエンシア様のことをメスとして意識してないのだ。
既婚者は嫁に気を遣ってエンシア様と会わなくなるし、そう言う事情で、未婚ばかりが集まることになるのだ。
皆の不満はそのことに集中している。
どいつもこいつも三百歳から六百歳まで、完全な行きそびれだ。
そして、そういうドラゴンでも結婚させろと本部がうるさい。
実際、私のミッションについても、そのことはしつこく言われたのだ。
そして本部への愚痴から、生け贄制度に関しての諸々の不満へと発展していく。
こんなところに着いてくる生け贄は、大概"何かある"そうだ。
だから、大手を振ってこの手の話題で盛り上がれるのだという。
というか、わざわざドラゴンの集会に生け贄が好き好んで付き合うのは、そういう事情がある。
ドラゴンと生け贄の支払いは、全部仕切っているギャング持ちだ。
如何にドラゴンを自分のところに引き込むかがギャングの関心事である。
なぜならば、自分の支配地域の魔素をよく吸ってくれるからだ。
それに、なんだかんだで外部の物資や情報を手に入れてくれるのは、全てドラゴンのお陰だ。
後は、手持ちのないドラゴンなんかは適当にひと狩りして、デカい獲物を捕まえて帰ってくるなんてしている。
恐らく五匹一緒に狩りに行っただろうと言うことだ。
じゃぁ自分が食べている、この謎肉はなんなんだ? と言うことだ。
妙に臭いが、その臭さが妙に気に入った。
この土地の謎香辛料の匂いや辛さを感じつつ、今まで食べたことのない味で感心してしまった。謎の生き物の肉だけど。
悪口を言い合った仲だ――そういう関係が健全とは思えないけれど、しかし共通の愚痴というのは、何かと仲間意識を強くする。
初めてのお酒に気分が良かったと言うのもある。
酒を飲み、肉を食む。
"生け贄の慎み"なんてものはない。
皆、日々の鬱憤を晴らしている。
挙げ句、養成学校の校歌を店にいる全員で大合唱するなんてことにもなる。
楽しい。なんだかよく分からないけど、無茶苦茶楽しい!
そして落ち着いたら風呂だ。
宿自慢の露天風呂。なんと天然温泉だという。
各広場、各々の特徴があり、それで客を引っ張っているのだ。
"青"はこういう雰囲気で、"赤"とか"緑"はもう少し落ち着いているらしい。
お風呂に入れば、みんな私のことを「ピチピチで可愛いわねぇ」とおだてる。
どうも、ドラゴン自身も新米生け贄をスケルグレードに連れて行くのを躊躇う傾向にあるので、私みたいに二日目に連れて来られるなんて異例中の異例だ。
クソ、あのトカゲめ!
なんだかんだとおばさん連中にいじられた挙げ句、寝室まで行ってぐっすりと眠った。
ドラゴン連中は寝たくなったらその辺で寝るらしい。適当な奴らだな……
翌朝。
猛烈な頭痛と吐き気で目覚めた。
これが二日酔いという奴か。
ロビーに戻れば、飲み明かした連中がグロッキーな状態で死んでいる。
私もその仲間だ。
トイレは手一杯で、皆ゲロ専用の桶に顔を突っ込んでいる。
店員は私の顔色を察して椅子を勧め、そして桶の安堵感か、一気にこみ上げてきた。
恥ずかしいなんて言っていられる状況ではなかった。
それであの四人は……と言えば、私が目覚めたのに気付いたのか、遅れて下にやってきた。
「これから朝風呂だけど?」
四人ともケロッとしている。こんな連中に飲まされたと思うと、昨日の自分を殴りたくなる。
「私のゲロ入りの風呂に入りたいですか?」
恨めしそうに答えると、「勘弁しておくよ」とウィンクされた。
なんか馬鹿にされてそう……
胃の中のモノを出しても気持ち悪い。
頭痛薬を貰い、そして水を飲み、そして再びゲロを吐く。
胃の中をすっかり洗浄しないと落ち着かなそうだ。
ドラゴン連中はどうしているのだろうか?
風呂から戻ってきた四人は、あまりにもすっきりした顔をしている。
「吐ききったなら、お風呂に入った方がいいよ」
背中をさすられながらの提案に「じゃぁ、入ってきます」とよろよろと立ち上がる。
流石に吐くまで行かないなりにも、頭痛が吐き気を呼び続けているのは確かだった。
身体を洗い、顔を洗い、髪の毛を思いっきりゴシゴシと洗う。
頭痛の苛立ちがそうさせる。
最悪な気分だ。
そんな状態を我慢しつつ、湯船に浸かり、朝の冷たい風に頭を冷やす。
こんな気分なのに気持ちがいい。
二日酔いさえなければもっと気持ち良かっただろうに。
そのままぼけっと湯船に浸かり、そしてこのままだとのぼせそうだと思ったぐらいで風呂から出た。
ずっと身体がぽかぽかしている。
酔っ払った頭だと気付かなかったけれど、かなりいい温泉だ。
キンキンに冷えたスポーツドリンクが兎に角美味い。
四人はぐったりしている私を眺めては笑い、そして可愛い可愛いと言ってくれる。
可哀想じゃないのか? 少し考えてしまった。
昼過ぎまでそんな感じで遊ばれて、そして帰る時間がやって来た。
流石のドラゴンたちも活動を始め、そして騒がしくなってくる。
皆と別れの挨拶を交わし、ハグを交わし、表に出る。
店のひとが連絡すると、すぐに昨日の男が鳥籠を持ってやって来た。
ぶつかった虫なんかで汚れていた鳥籠が、すっかりと綺麗になっている。
レティウス様のところへやって来て、そして上機嫌な彼に鳥籠を繋ぎ、そして乗り込む。
実はまだ頭が痛い。
空気の読めないこのトカゲは、勢いよく舞い上がる。
仲間の挨拶の為に不必要に旋回する。
頭が痛い頭が痛い頭が痛い頭が痛い頭が痛い頭が痛い頭が痛い
完全に死にかけた頃、あの忌まわしきトカゲが「どうだった? いいところだろ?」と尋ねてくる。
私は「今は話したくない」と短く答えた。
変な空気が流れる。
流石のドラゴンも異常に気付いたようだった。
静かに空を舞うことにしたようだった。
とは言え、ドラゴンは所詮ドラゴンだ。
すぐに上昇気流を見つけては、急上昇を繰り返す。
そっちの方が楽なのはわかるけどさ……
私は何の返事もする気力はなく、ただただ気分が悪くなるだけだった。
最悪だと思いつつも、これを口にするとレティウス様とて気分が悪いだろう。
死にそうになりながら一時間半のフライトは終わった。
家に到着して、カプセルから飛び出すなり、床に思いっきり粗相をしてしまった。
恥ずかしい。ここに来て兎に角恥ずかしい。
急激に様々な感情が溢れてきて、その場にくずおれて泣き出した。
何なんだろう、自分の人生。
何なんだろう、生け贄って。
もの凄く情けない気持ちになってきた。
レティウス様は「どうした? どうした!?」と狼狽えるばかりだ。
ドラゴンが自分で自分の身体を拭く用のくそでかいタオルを持ってきて、床をどうにかしようとしたり、緊張する手で背中を摩ろうとしたり、気遣いは出来るのだなと思った。
こんなタイプのドラゴンなんて聞いたことがない。
でも、私は何も言えずにいた。
この情けなさと、目の前のドラゴンの情けなさにどうしたらいいのか全く分からなくなったのだった。
ただ、なんとなく涙は止まった。
そして、どうでも良くなった。
それから自分の吐瀉物とドラゴンのタオルでよく分からなくなった床に寝転んだ。
大の字で寝転んだ。
それから意味も分からず笑いがこみ上げてきた。
完全に気が狂ったのだろう?
笑っている自分と、それを冷静に観察している自分がいた。
レティウス様は動きを止め、そして困った顔をする。
その顔がまた面白かった。
「レティウス様! レティウス様!」
私は目に滲み出た涙を拭いながら立ち上がる。
「無茶苦茶面白かったです! また行きましょう!」
目の前の大きなトカゲは、なおも困った顔をしていたが、「気に入ってくれたなら連れて行った甲斐があったよ」と答えた。
そして、満面の笑みの私に尋ねる。
「俺は何というか、人間のことは何も知らないから、こういう時にどうしたらいいか分からないんだ」
困った顔の大きなトカゲ。なんだか愛おしくなってきた。
「普通のドラゴンなら、そんなことも言いませんよ。レティウス様はお優しいのでそれで十分です。
もし何かしなくちゃいけないと思われるようでしたら、笑って頂ければ大満足です」
そう言うと、レティウス様は少し不器用に笑顔を作って、「こんなのでいいのか?」と尋ねた。
「嬉しゅうございます」
なんだか生け贄と言う仕事に誇りらしい誇りを感じてしまった。
ずるいなぁ。こんなの。
そうしてレティウス様が「先に風呂に入りなさい」と言われる。
「ドラゴンに風呂を勧められる時が来るだなんて思ってもみませんでした」
私が笑うと、「俺も人間に風呂を勧める時が来るとは思わなかったよ」と笑ってくれた。さっきよりもずっと自然に。
お風呂に入り、そして身支度をして、それからレティウス様のお風呂のお世話をする。
二日分の汚れと垢だ。
流れていく水は黒く汚れていたが、丹念に洗っていけば、透明で綺麗な水に見えてくる。
身体を洗い、マニピュレーターの先のドライヤーで乾かしていく。
タオルで身体の各部を拭い、爪や歯の手入れをする。
レティウス様はすっかり上機嫌になったが、居間の床は相変わらずドロドロだ。
私の掃除の邪魔にならないように部屋の隅で縮こまっている。
なんだよこの可愛いトカゲは。
部屋を綺麗にすると「お寛ぎくださいませ」と促し、そして私は鳥籠の掃除とメンテナンスをした。
一日休むだけでこんなにも仕事が増えるのか。
私は息をつくと、そんな仕事も悪くないと気付いた。
一通りの作業も終わり、自分の片付けも済めばあとは自由時間だった。
私は自分のタブレットを持って居間に顔を出した。
スマホで交換した連絡先に、あの四人の生け贄から連絡が入っていた。
「くそだりー」とか「もう酒が切れたー」とか無茶苦茶書いている。
私はふと笑い声を零しつつ、帰りに鳥籠に酔って到着したら吐いたと言う話をしたら「胃腸を鍛えなよ」と笑われた。
まぁ、こういう人たちだなと微笑ましくさえ思えた。
レティウス様は、他の生け贄と上手くやっているのか? と言うようなことを尋ねるので、「ほんっと、最悪な人たちですよ」と笑い、そして「まぁ知り合えて良かったです。感謝してます」と笑った。
「もし良かったら、俺達のグループチャットに入るか?」
と尋ねた。
「いいんですか?」
「まぁ、他の生け贄もいるし大丈夫だよ」
そうなのか……連中がこっちではどうしているのか気になるな。
そういう事情で、グループチャットに入った。
気遣いが出来るのか、あの四匹のドラゴン以外のドラゴンからの軽い調子の挨拶と、様々な生け贄の慇懃な挨拶が入ってきた。
どいつもこいつも猫被ってるな……と思っていたら、「新人の子に会ってたのかー! ずるいー!」とか「あのレティウス様が生け贄をお迎えしたなんて、魔災が起きるんじゃないんですか!?」とか、案外どいつもこいつも……と言う感じではあった。
勿論、これが夕刻のまったりした時間だからというのもあるけど、明らかに公式の掲示板とは雰囲気が違っていた。
なんだ、みんな息抜きしてるんじゃん。
安堵感に満ちあふれる。
「レティウス様ありがとうございます!」
「気に入ってくれて何よりだよ」
グループチャットは事実上の"行き遅れグループ"の溜まり場なのだが、"卒業"できたドラゴンも居座っていて、些かカオスだ。
とは言え、所帯じみたことは禁止となっているので、結局居づらくなるのだろう。
人間でもそういう集まりはあるけど、大概は行き遅れた人間の方が爪弾きになると聞く。なんだかドラゴンという存在が分からないな。
あいつらは気遣いが出来るのだか、出来ないのだか。
何にしてもレティウス様はその中でもあんまりはっちゃける感じではなかった。
もっと気持ち悪いコメントでもしてるのかと思えば、抑制の利いた言葉が数少なく入っているだけだった。
悪くないけど、淡泊にさえ思える。
普段からそんな感じなのだろうか?
誰かドラゴンに尋ねてみるべきだろうか?
気にすることじゃないと言われればそうなのかもしれないけれど、なんだか落ち着かない気持ちばかりになる。
日が暮れ、時間が経てばレティウス様は寝ると言う。
私も遅めのご飯を食べよう。
八時も過ぎればドラゴンは次第に寝ていく。
残った生け贄が適当なことを呟いている。
まぁ、そんなもんだよな。
ゲームをやったり、どうでもいい話に盛り上がったり、それぞれに自分の時間を楽しんでいるようだった。
生け贄もまぁ、それぞれに生きているんだよな。
そう思うと、少し複雑な気持ちになる。
私はどうすればいいのだろう? と。
以下はカンパ用スペースです。
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