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¬ PERFECT World 1話

【あらすじ】

大戦争の末の環境破壊によって、
陸地の大部分を砂漠で覆われた世界。
過酷な環境の中、放棄された科学技術の力で
人間を強化する事に成功した研究者がいた。
その“進化した人類”に付けられた名は
『パーフェクト』

研究所の襲撃から生き延びたルーシアは
世界を転々としていたが、
ある村で出会った少年に、
ふと想い人を重ねる。
少年とその仲間達との交流は心地よく、
ルーシアは次第に少年と心を通わせ、
居心地のいい日々を送っていた。

そんな平和な村に突然、
凄惨な事件が起こる。
居心地の良かった世界は壊れ始め、
ルーシアと少年達、
それぞれの時間が進み始める。

パーフェクトは本当に完全な人類なのか
“進化”をしても人類ヒトは人なのか

298文字(ルビ含む)


1話

 太陽が高く輝く砂漠の中、二人の女性が座っている。
黒髪の女性は涙を流し、もう一人はその女性に寄り添っていた。

 泣いている女性の手には紙の束。
その束を抱きしめ直した女性は、ふと、鞄の中に置いていた古びた日記に目をやった。

その日記を手に取り、最初のページから読み始める。



【砂漠の孤島からの脱出は意外と簡単だ。問題は砂漠の中をどうやって生き延びるかにある。
 研究に研究を重ね、私財を投じ完成させたパーフェクトはAの理想に近すぎ、私の理想からは離れていた。何度改善要求をしても聞かないのならば、ボイコットしかないではないか。
 生来の本質がそうさせるのか、私は指導者に向かず、Aは教育者に向かない。
互いの手を取ったのはそれが理由だったのに、いつのまにかAは私を使役しようと躍起になりはじめていた。】


 風の動く感覚で目を覚ました。ただの人間でも分かるように、彼女があえて示してくれたのだ。
「ついに、私を殺しにきたのかい?」
隠そうともしない足音が近づいてくる。
「マスター。逃げて下さい。でないと、私はあなたを殺さなければならなくなります」
「Aがそう言ったのかい?」
「・・・グランドマスターは、殺して来いと・・・」

「私を逃がしてくれないか?チップの設計図は置いていくよ。後は自分の好きなようにやればいい。もう私に文句を言われる事もないのだから、せいせいするだろうに」

彼女は黙り込んでしまった。黒い瞳には苦悩が色濃く表れている。
一番貧乏くじを引いたのは彼女だ。
崇高なパーフェクトになれたのに、二人のマスターの間で板挟みにあうという、随分と俗な悩みに冒されている。

「お前もかわいそうに。言われた事は必ず実行しないと、Aへの忠誠を全く信じてくれなくなるのだからな。・・・麻薬なんてなくたって、お前はAに惚れているから絶対服従だろうに」
長袖の下には注射の跡が隠れている。
「そうだ。私の腕をあげるよ。それを持って行って、私を殺した証拠にすればいい。・・・まるで白雪姫のようだな」
「白雪姫?」
「そうか、おとぎ話が途切れてしまった地域も多いのだったな。・・・お前の地域もなかったのか・・・まあいい。例えるのは私の自己満足だ。気にするな」

困った表情。私には人間らしい表情が出せるのに。

 Aもかわいそうな奴だ。育った環境のせいか他人を信じられない。
私は<資産投資を理由に研究機関を乗っ取ろうとしている>らしい。
 ばかばかしい。私がパーフェクトの研究を始めたのはもっと崇高な理由だ。

「腕を切り落とせば書類がなくても納得するだろう。・・・一日、遅かったな。他の書類は昨日のうちに暖炉で燃やしてしまったよ」

 彼女が戸惑っている理由はそこにあった。私の抹殺と、チップの埋め込み場所の成功事例の研究書類を持ってこいとの命令だったのだろう。

全く、予想通りだ。
「腕を切らないのならば、私をこの地図の場所まで運んでくれ。その帰りに一人ひっかけて、私の身代わりを作ればいいだろう?」

 私に隠そうともせずに苦悩の表情を濃くする。そうか、彼女はこういう言い方が嫌いだったな。しかし私は構わず続ける。
「さぁ、早くしないと夜が明けてしまうぞ?」
私は両腕を広げ、彼女を促した。


世界は広い。
世間は狭い。
どちらも感じた事があるのはなんと幸せな事か。
どちらも知らない者の、なんと多い事か。


 雑踏の中で、その少女を見つけた。
「すばらしい」
はしたなく、思わず声に出てしまう。見た所街頭での物売りの様だ。
ますますいい。
親や周辺の人間等への余計な手続きをする手間が省けるからな。
この少女に決めた私は早速行動にうつり、見事彼女を旅の共にする事に成功した。

 少女は学校に通っておらず、母親は私の国の手形を一枚やると喜んで少女を差し出してくれた。きっと今頃は私の国への引っ越しの準備を喜び勇んでしているだろう。

 初めは怪訝な顔で私を見ていた少女も、私の資産と自分がパーフェクトに選ばれた事を説明すると納得したようだった。
中々理解力もある、賢い子だ。世間の中にはパーフェクトの必要性が全く分からない者もいる。
 哀れだとは思うが、そういう者達にパーフェクトの素晴らしさを説いて伏せる為に私はここにいるのではない。

 私は、私の理想の伴侶が欲しい。美貌はもちろん、優秀な頭、気の利く頭の回転の良さ、そしてどんな環境にも耐えうる体。

 最後の、どんな環境にも耐えうる体が問題だ。この砂漠だらけで環境変化が激しい世界では、よっぽど生活環境が整った場所でないと中々健やかに育たない。

 この惑星の陸地の大部分は砂漠で覆われている。大戦争の末の環境破壊。
『SFにありがちな設定』で本当に人類滅亡の危機に瀕するとは誰も思わなかったのだろう。陸地の8割程を砂漠に覆われ、国家なんてものはなくなってしまった。
 それでも人類はしぶとく生き続け、わずかなオアシスにしがみつき、繁栄させ、国家の原型を確立していったのだから何とも感心する。

 しかし生命体には環境適応の限界がある。適応していくにしても、ある時急にという訳にはいかないのだ。
 だから私はこの時代放棄されている科学技術の力で人間を進化させることにした。
生身の体にチップを埋め込み、強化することを思いついたのだ。

 研究場所を提供してくれたA氏と出会ったのはちょうどその頃だった。A氏のプロモーション力は凄まじく、私の国では理解されなかった“パーフェクト理論”を理解し、出資してくれる国を見つけた。
 結局、パーフェクトの使い方でA氏とは袂を分かったが、それまでは割と有意義な研究が出来た。

 だがここで問題が生じている。この少女をパーフェクトにするための腕がない。私に技術がないのではなく、文字通り右腕がないのだ。
どこかにいい人材はいないものか・・・出来れば先に腕を探したかったのだが、これも運命。まずは少女に教養や知識を教えよう。

「お前の名はハダリーだ。ハダリーはとある話にある、『理想』という意味だよ。いいね、今からハダリーと名乗るんだ。私の伴侶になるため、いろんなことを学ばなくてはな」
彼女との日々は充実したものになった。彼女は本当に頭脳明晰であり、まさしく私の理想そのものだった。


運命はある。
皆怖いからそれに気づかないフリをするのだ。
偽物の運命は、甘く誘う。


 ある村でハダリーと暮らしている時、一人の物盗りの少年と出会った。何でも屋もやっているという彼は、中々手先も器用そうだ。
 試しにネズミの解体をさせてみると、初めて持つメスでものの見事にして見せた。

「私についてこないか?私の技術を習得すれば、この環境に耐えうる体を造り出す事が出来る。将来的にはお前の手で、世界を救う事が出来るんだ。お前は誉めそやされ、称えられるぞ」
そんな私の誘い文句に興味を持った様だった。やはりこの年頃の少年は“ヒーロー”に弱い。だが厳しい現実を生き抜いているだけあって、簡単には話に乗って来ない。

「実は、砂漠の僻地に私の元いた研究機関がある。そこはこのパーフェクトの能力を軍事に使おうとしている。私はそんなものの為にパーフェクトを造ったんじゃないんだよ。人類の進化の為に造ったんだ。しかし騙され腕を切り落とされ、私は追放されてしまった。君が私の腕となって支えてくれれば、研究機関を取り戻せるかもしれない。私には、君の助けが必要なんだよ」
さらにヒーローのエッセンスを加えてやった。少年の顔が照れに染まる。

「そんなに俺の腕を見込んでくれてるなら、あんたの話に乗ってやってもいい。付いてってやるよ」
少年をヴィリエと名乗らせることにした。ハダリーの創造主。ぴったりだ。
彼は訛りがかなりキツく、字も碌に書けなかったので手先の訓練がてら私の様に日記を書かせることにした。

 少年の腕はみるみる内に上達した。技術だけでなく頭もいいようで、技術専門生も根を上げるような課題をこなすのも時間の問題だろう。

もうすぐだ。もうすぐで、私の理想の日々が始まる。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 物心ついた時には俺はもうみなしご・・・・だった。
兄貴分の奴らに遣いっ走りにされる日々。でもそこから抜け出せたのは、俺の手先の器用さのおかげだった。
 最初は胡散臭い奴だと思ったけど、俺の知らない話をしてくれる。その真偽を確かめる為に医学知識を奴から覚え、闇医者に聞かせるとその正確さに驚いていた。そこで奴は信用できると判断し、ついていく事にした。

 師匠はいろんな話をしてくれる。特に、師匠を裏切ったというA氏の話は面白い。俺と同じ様なスラムから這い上がり、身一つでのし上がったのだ。
そんなやつを、俺の力で叩きのめすのはどんなに気持ちいいだろう。

 文字だけでなく話し方も教えてくれ、次第に俺は師匠の小間使いもする様になっていった。銀行機関がある村には俺が師匠の身分証明書を持っていき、お金を引き出したりもした。
最初の内は訝しげに渡されたが、何回もする内に俺も堂々と行動できる様になり、俺が行くのが当たり前になっていった。

 師匠が俺に丁寧に指導してくれる様子で、そこに愛があるかどうか分からない馬鹿じゃない。
生活のあれこれを任されることは、自分を信頼しているんだ。という事が師匠から伝わってきて、俺は本当に嬉しかった。
こんなに俺が必要とされていると感じるのは、弟分だった奴に頼られて以来だ。

 そう、俺はその弟分だった奴の為にもこうしているんだ。あいつは、去年流行った病で倒れて、そのまま死んでしまった。あいつの様なのを出さない為に、俺はパーフェクトの研究をするんだ。

「ヴィリエ。パーフェクトが混乱を起こして、回路のショート・狂人化をしない為に必要なものはなにか分かるか?」
ある時師匠が何気なく俺に聞いた。

もう何年かそばにいるので、それが実は“重要な事”を話す前兆だと分かっている。
俺は姿勢を正して答える。
「手術の技術、ですか?」
師匠は上機嫌で俺の答えを否定した。
「重要なのは術者側ではなく、被体者側だよ。彼ら側の、生き残ろう、生き延びようとする意志が成功に結び付く。だから、人間兵器を造るのは効率が悪いんだよ。それらは大抵、生きる気力を失わせる様な収容所生活を強いられるからな」

 意外な答えが返ってきた。まさか、被体者側の気持ちの問題だとは・・・
生きる気力か。

それは、意外と難しいのではないか?

 大抵の人間は生きる事に意識を使わない。いや、手術をする前からこういう説明をすれば、本人の心がけ次第だと説明すれば可能か・・・確かに、人間兵器を造るには難しそうな課題だ。
「まぁそう構える事もないんだけれどね。自分が進化するために手術するんだ。そう誇りに思えば簡単だよ。・・・奴め、私が執刀する時にだけ成功するから、僻んだんだよ」
そうつぶやいて、昔の記憶に耽りだした師匠だった。

 一緒に暮らしているハダリーと言う子は、おとなしく師匠の世話をしている。
「お、久しぶりの饅頭だな。今まで巡ってきた中で、ハダリーはどんなお菓子が好きなんだ?」

思考には甘いものが欠かせない

 師匠語録。酒に酔った師匠がまるで格言の様に使う言葉だ。
最初はそんな本があるのかと思っていたが、師匠が思い付きで綴っているものだと知った時は驚いた。

 師匠にとって、甘いものを食べる時間は至高の時間だ。
その準備を甲斐甲斐しくしているハダリーに話しかけると、恥ずかしげに話し出した。そこにも“おとなしい”といった言葉がよく似合う。
年齢的にはハダリーが年上なのだが、なんだか妹がいるみたいでくすぐったい感覚。
ハダリーも同じ事を考えているのか、俺に頼ったり二人仲良く遊んだり、とても平和な日々を送っていた。


「ヴィリエ。これが最後の試練だ。試練でもあり、試験でもある。・・・ハダリーを、パーフェクトにしておくれ。私が横でつきっきりで指示する。きっと君は成功させてくれるだろう」
 期待に、希望に満ちた師匠の言葉。でも俺は怖かった。今まで一緒に暮らしていたハダリーに手術をしなければならない。知り合いが目の前に横たわって、パニックにならずに出来るだろうか。

 正直俺は怖気づいた。何日も悩んだ。
でも、考えてみればパーフェクトの手術なんだ。その辺に転がってる人達にのべつ幕なしやるものじゃない。望む者に、希望を与える為にやるんだ。
ハダリーは師匠の考えに賛同し、進んで実験を引き受けたんだ。
 師匠の説得に応じ、俺がハダリーの手術を決めたのはそれから一か月後の事だった。


 手術は驚くほどうまくいった。師匠が横についてくれて、指導してくれた賜物だ。
切開から縫合まですべて上手くいき、後はハダリーの目覚めを待つばかりだった。
 ハダリーへの想いを、目覚めを待つ間に立て板に水の様に話す師匠。本当にハダリーを愛しているんだと感じながらも、師匠が話す未来に俺がいない事に不安を感じていた。
まるで、俺はハダリーをパーフェクトにする為だけにいるような・・・

ハダリーが目覚める気配。師匠がハダリーの元へと飛んでいく。
「ハダリー!起きたか?ハダリー・・・あぁ、目を開けた。ハダリー、私だ。分かるか?」

次第にハダリーの意識がハッキリしていく。


「起きあがってくれ。・・・頭のふらつきはないか?じゃあ次は立ち上がって・・・ああ、完璧だ。君の美貌、知識、利発さ、そして強い身体・・・まさしくパーフェクトだ!」



師匠は歓喜に溺れ、ハダリーを抱きしめた。



ハダリーはニッコリ笑って、師匠の首に手をかけた―





ゴキッ


師匠の首が、おかしな角度で折れた。
ハダリーが手を放すと、床に倒れた。




容赦なく、モノが落ちる音しかしなかった。




「うわぁぁぁぁ!!」
後ずさりしようとすると、足がもつれてしりもちをついた。
オペのセットをひっくり返す。
その音が俺のパニックをさらに引き立たせた。

「やっと、殺せたぁ・・・!ずっと憎かったの。金で私を買った気持ち悪いおっさんが。・・・そしてね、私、あなたと一緒に生きたいのよ、ヴィリエ。ずっと、どうやって逃げようかと考えていたけど、二人で一緒にこのおっさんから逃げるのは、この方法が一番だったのよ。ねぇ、ヴィリエ。一緒にいきましょう」

俺に抱きついてくるハダリー。
躰を密着させ、ほぼ押し倒される形で強い力・・・で押し付けられる。

顔が近づいて

唇が

師匠と

いつも



「っ……ヴィリエ。あぁ、ヴィリエ。こうやって、触れられる日をどんなに待ちわびたことか!!」

顔が離れ、少し解放された手で
俺は必死に、何かにすがるように床の上をまさぐった。

「ヴィリエ、愛してるわ。私はずっとあなたと一緒になるのを夢見ていたの。この夢さえあれば、どんな事でも我慢できたの。ヴィリエ」

今ではもう馴染みのある感触を手に取った。
一気に冷静になれ、人体構造を考え直していく。

「ヴィリエ愛してるわ。これからは、私と一緒に」

腕をハダリーに回し、確実に動脈を狙って突き立て、引く―


血で染まった。


恐怖から解放されたが、次には血の匂いの気持ち悪さに侵された。
自分に何が起こったのか自分は何をしたのか分からない。考えられない。なんなんだ。キモチワルイ。どうして、何が  


 そこで、俺の記憶は一度途絶えた。
気づいたら師匠の荷物と自分の日記を手にして、砂漠をさまよっていた。
行き倒れ、もう自分も死ぬんだと思ったら、泣けてきた。

 俺の今まではなんだったんだ。師匠に騙されているかもしれない、師匠は俺を切り捨てるかもしれないとはうっすらと思っていた。
だが、俺に十分手に職をつけてくれたので感謝しようと割り切っていたんだ。こんな、破滅を導く為に意を決したのか・・・

 結局、俺は死にきれなかった。砂漠をラクダで越えるキャラバンに拾われ、一命を取り留めてしまった。
流れでそのキャラバンの専属医になり、生活し始めた時だった。
 ふと、師匠の日記が気になった。師匠が俺に話した内容は、どこまでが本当でどこまでが嘘だったのだろう。


 師匠に憎しみは持たなかった。
目的があるのなら、その為に人を動かしたいのなら、多少のごまかしや嘘は必要だ。
あの娘にしたみたいに盲目的に自分の全てを晒した方が危険なのだ。

 結果、俺は今までの荷物を全部鞄に詰め、鍵をかけた。
その鞄を手にして、A氏の息子が所属していると聞いた研究所へ乗り込んだ。



2話https://note.com/fair_hawk393/n/n3e111908351f

3話https://note.com/fair_hawk393/n/n2949229ab02c

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8話(完)
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