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第一章 第十二話 アレックス王の英断

「とんでもない御無礼をお許しください」

イストリア王国の騎士たちが頭を下げて居並ぶ中、
漆黒の男は声をかけた。

「アレは俺の方から試したんだ。悪かった、許せ」

騎士たちが頭を上げて、カミーユに視線を投げた。

「実戦に勝る経験は無い。そうですよね?」

「その通りだ。カミーユたちにとってもいい体験に
なったと思う。イストリアの騎士たちよ、立つんだ」

「そうでございましたか。カミーユ王子の強さは
いかがでしたか?」

「実に予想外で、思わず本気になったくらい
強い男になっていて、正直驚かされたよ」

騎士たちは自分ごとのように、歓声を上げて
喜び合った。

「王には既にお伝えしてありますので、
客間までお越しくださいませ」

「ご苦労。それではご一緒に参りましょう」

どの騎士たちもが、自然とリュウガの姿を見ていた。
北国の王子との戦いから数年が経ち、あの戦いも見事
であったが、カミーユ王子の精鋭部隊でも勝てなかった
事が、信じられない様子を見せていた。

カミーユがドアを開けて、彼を招き入れた。

「一年ぶりですな。騎士たちに聞きました。
カミーユの力を実戦で試されたとか‥‥‥如何でしたかな?
息子ではありますが、それを抜きにしても実に強くなった
と思ってます」

「ええ。確かな強さでしたが、彼はまだまだ強くなります」

「それは何よりです。お話があるとお聞きしましたが、
何用ですかな?」

「ご無理なお願いだと分かっていますので、難しいのであれば
忌憚きたんのないご意見を遠慮なく言ってください」

「分かりました。それほどの難題と言う訳ですな。
お聞きしましょう。どうぞお座りください」

「ありがとうございます。早速ですが、このイストリア城塞には
移住に備えている人数枠はどれほど残っておられますか?」

その言葉でアレックスはある程度は理解を示した。

「エルドール王国の兵士や民を優先されるおつもりですか?」

「さすがはアレックス王。話が速くて助かります。
その通りです。彼らが暮らせる場所はありますか?」

「エルドール王国の全てとなると‥‥‥3万人ほどになりますな。
何かご要望がありますか?」

「ご要望とは?」

「陽射しが良いとかそんな類のことです」

「いえ。とんでもありません。入れて頂けるだけで充分です。
ですが、ロバート王は高齢ですし、アレックス王とも懇意に
されておりますので、お分かりとはおもいますが、その辺り
の配慮だけお願い致します」

「分かりました。お任せくだされ。それと‥‥‥」

「それは余りにもご迷惑でしょう」

「いえいえ、とんでもない。貴方たちがいるだけで
どれほどの安心が得られるか計り知れません」

「御子息にはすでに話しましたが、私は一族と縁を切って
参りました。私に従うと決断した者たちは、私を入れて
暗殺者168名に加えて、戦士は約300名ほどいます。
それに加えて家族持ちの者もいますので、
千名ほどになるでしょう」

「それでしたら全く問題ありませんが、暗殺者と戦士の
違いは何かあるのですか?」

「我が一族には成人した時に、100名まで配下になれます。
いち早く暗殺拳を会得した者から優先になりますので、
戦士の中にも暗殺拳を使える者もいますが、私の場合は
すぐに100名になってしまったので、入り切れなかった
者たちになります。ですが、腕は一流の者たちばかり
ですので、ご安心ください。ただ、情けない話になりますが、
父母はこの戦いに参加せず、守りの逃げ道に入りました。
その際、父王の近衛兵隊長を始めとする69名も、私に命を
預けると言ってついて来ました。父王の近衛兵全てが、
私の配下となりました」

「失礼を承知でお尋ねしますが、信用はできるのですか?」

「その点はご心配なく。私は父に猛毒を盛られて死にかけた
時、近衛兵隊長のギデオンは、それを良しとせず、身を張って
私を救いました」

「そんなことがあったのですか‥‥‥それならば心配は失礼に
値しますな。助かって何よりです。今後はこのイストリアを
故郷‥‥‥失礼致しました。今の言葉はお忘れください」

「いえ、仰って頂けて気持ちが楽になりました。
私はミーシャ姫の婿養子として、この地に身を捧げます」

「相変わらず気持ちの良い方ですな。貴方にはお会いする
度に、我が心の狭さを思い知らされます。部屋はミーシャの
隣の部屋をお使いください。他の特別な方々にも、出来るだけ
良い部屋を用意させましょう」

「あ、言い忘れていた事が一つだけあります。これからは
エルドール王国の東関所付近には絶対に近寄らないよう厳命を
下してください。エルドール王国の領土と我らの領土であった
神木の森は、我が実弟のコシローの縄張りとなりました」

「噂は耳にした事がありますが、実際はどうなのか教えて
頂けますか?」

この問いかけに、リュウガは珍しく眉間にシワを寄せた。

「お話するのがご無理なら結構です。一族の問題は‥‥‥」

「いえ、そうではないのです。噂どころでは無いので説明に
困っていただけです。実はこの地に来る前に、奴と戦ったの
ですが、あいつは幼少の頃から森で暮らし始めました。
ですので、我流で戦い方を学んだというか‥‥‥簡単に
言えば、獣なのです。最後に見た時には、ライオンの化け物
と戦っていました。イストリアの城壁の半分ほどの巨大な
化け物でしたが、噛みついて生肉を食らってました。
私と戦った時も、暗殺拳は通用しましたが、普通の打撃は
一切通じませんでした。コシローがイストリア方面に来させ
ないようにするために、私も本気を出しました。
奴に私の強さを示した後、エルドール王国までの主として、
東の関所より西はコシローの領土とし、ベガル平原には
出させないよう手は打ってきました。
東の関所を境界線として、お互いに踏み込む真似はしない
ものとし、もし踏み込めば奴は配下に取り込んだ化け物を
率いてこちらまで来るかもしれません」

「生肉を食らうとはまるで、獣人のようですな。
そういう事情なら厳命を下します」

「お願いします。奴にとっては大人も子供も関係なく、
確実に襲ってきます。当然ですが、仮にそうなれば、
私が全力で戦いますが、総合的な強さはほぼ互角です」

「充分に危険だと分かりました。命懸けで交渉して
頂き感謝します」

「いえ、当然のことです。奴はまずはドークス帝国に
攻め込むでしょう。気性も荒く、非常に好戦的なので、
ドークス帝国から北へ向かわせるつもりで話しました」

「明日にでも手配致しましょうぞ」

「はい。非常に強敵となる存在になるので、せめて私の
特殊能力が開花するまでは、奴との戦いは控えたいのです」

「お話し中失礼します!」

「何事だ? 騒々しい」

「ベガル平原のドラガ族より使者が参っております!」

「ドラガ族は確か‥‥‥エルドール王国の盟友だったな?」

アレックス王は真夜中の3時頃に使者がきた事に
疑問を感じて、すぐに通すよう命じた。

使者は女性で正にボロボロになっていて、
破れた革の鎧からは、血に染まった赤い下着が見えていた。

それを目にした二人は、すぐに悪魔たちに襲われたと
悟った。今、戦いを仕掛けるのは余りにも無謀であった
と言えたからだった。

「アレックス王。お助けください。わたしは族長の娘で
メノウと申します。突然、見た事も無い獣の集団に襲われて
逃げながら戦っています。どうかお願い致します。
父を仲間をお救いください」

「父上! 我々も行ったほうが良いのではないでしょうか?」

アレックスはリュウガを見た。

「カミーユ。お前にはまだ早い。奴等とは戦った事は無いだろう。
すぐに戦えるようになるまで鍛練してやるから今は我慢しろ」

リュウガはアレックス王を見て、黙って頷いてた後、
四階にある客間の窓を開けると、口笛を鳴らして3秒ほど
経った頃、大きく跳躍してアニーの背に乗ると、
そのまま飛び去って行った。

「あの方はもしや‥‥‥?」

「そうです。彼はいち早く気づいて、エルドール王国の
ロバート王を説得し、彼に従う一騎当千の強者たちを率いて
この地まで来ました。彼らがいる限り南部は安全でしょう。
これから先、人間同士が争うようでは人類は滅びます」

「失礼を承知でお願い致します。いくらあの方でも
敵は強く、そして多勢です。一人で行っては命を失う
事になります。わたしの部族は平原では勇名を馳せる
強き者たちが大勢いますが、あの敵たちは恐れを知りません。
わたしたちが獲物を狩るように、仲間たちは‥‥‥」

「大丈夫。ご安心なされ。彼が行けば、敵は恐れを成して
逃げ出します。南部で最強の一族の中でも特別な男です」

メノウは不安であったが、それ以上言うのは失礼に値する
と思い、口を閉ざして祈りを捧げるしかなかった。

「今の我々では足手まといになってしまうだけでしょう。
我々にとっては幸運でしたが‥‥‥今は祈るしか無い己の
非力さに怒りさえ感じます」

リュウガは敵に対しては恐れは無かった。恐れていたのは
平原の戦士たちは、度々の戦で戦いには慣れていた。
仮にいつものように攻勢に出れば、と考えると嫌な予感しか
感じないことだった。

ざわめき声が耳を鳴らし始めたので、彼は前方を千里眼の
ような眼で見据えると、南に逃げている集団を確認した。
アニーの首を撫でて、
「あとでまた呼ぶから安全な所にいるんだぞ」

そう伝えると、彼はスッと下り立つと、真っすぐに
疾風のよりも速く駆けて行った。彼が駆け抜けぬけた後から
草花は揺れ動いているほどまで、速度を増していた。

彼らの逃げている先頭の直前で止まると、恐怖からか敵だと
思ったのか、大きな切れ味の悪い斧を振り上げてきた。
リュウガは避けようとはせずに、頭上に振り下ろしてきた
斧を指一本で止めてから、囁くように言葉を発した。

「イストリア城塞に行け。メノウから話は聞いている。
後は俺に任せて全員逃げろ」

それだけ伝えると、彼は再び前方に向かって疾走していった。
襲われそうになっている子供が目に入ると、彼は愛刀の刃を
敵に投げつけて頭を貫いた。怯える子供にそっと近づいて、
「私は味方だ。皆と一緒に南に逃げなさい。振り返らずに
南だけを見て走るんだ」

そう言って子供を立ち上がらせて、笑みを浮かべて頷いて
背中を押して南に走らせた。そして黒い剣を敵の頭部から
抜くと、再び最前線に向けて駆けて行った。

前線で敵と戦う男たちから、敵を奪うように瞬殺していき、
「俺が最後尾につく。今のうちにイストリア城塞に逃げろ」

そう言うと黒いマントの中から、ムチよりも細くて
長い黒いものを取り出すと、一瞬のうちに敵の頭部が弾け飛んだ。
それも1つや2つでは無く、絶え間なく敵と見なすもの全てを、
殺して行った。

「早く逃げろ。お前たちでは力不足だ」

なかなか逃げようとしない男たちに苛立ちを覚えたが、
無視してそのまま戦い続けていると、突然、炎の塊が
飛んできた。

リュウガは即座に飛んで避けて、敵を目視で確認したが、
なかなか逃げようとしなかった男たちは炎に包まれて死に絶えた。

まだ生きている者たちに、
「俺に二度言わせるな。お前たちでは話にならん。逃げろ」
族長らしき男は、見るからに気性の荒らそうな面持ちを
見せていたが、炎を吐くケルベロスを目前にすると、
生き残った仲間と共に大急ぎで逃げ始めた。

リュウガは舌打ちを鳴らしながら、巨大な三叉の顏を持つ
巨獣の頭部に目には見えない速度で、再び合金のムチを
打ち込んだが、傷を負わせるだけで、吹き飛ばなかった。

すぐにまとめてマントの中に仕舞い込むと、愛刀を抜こう
としたが、すぐさま鞘に納めて、背中の新たな大刀の鞘部分を
横にして、横になった鞘から刃を軽々と抜いた。

色々試したが、両手を使うが一瞬で大刀を抜くには、これが一番
速く抜けると結論を出していた。

体勢にもよるが、基本的には右手で鞘の下から軽く上げて、
一文字になった横から左手で大刀を抜くまでの時間は、秒を切っていた。
実戦では初めてであったが、この黒鋼は実によく出来ている代物で、
非常に感心していた。完全に実戦向きな刃であったので、練習相手に
丁度いいと心の中で思いながら、大きな刃を手にして対峙した。

炎を辺り一面に撒き散らしたが、男は近づいたかと思えば、
離れていて、離れていたと思えば、間近に迫っていたりして、
ケルベロスは苛立ちを覚えていた。

巨大な爪は人間の子供ほどの大きさがあり、一撃でも食らえば
即死だろうと思ってはいたが、どの程度速く動くのかを確かめる
ために、彼は様子を探っていた。

真ん中の頭は炎を吐く事だけは分かったが、左右にも何かしらの
力があるのだと思い、苛立ちから誘いをかければ乗ってくるだろう
と思っていたが、あまり速度が無いせいなのか、何かをする気配は
無かった。

リュウガは危険ではあるが、素早さには自信があった為、
勝負をつけるために攻勢に出た。


第一章 第十三話 魔獣ケルベロスの秘密


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