見出し画像

第一章 第十四話 北東部ベガル平原の選択

大勢の犠牲者を出しながらも、
戦い続けていたベガルの狩人たちは、
これまでは敵対していた勢力同士が
結束して、広範囲にわたる死闘が
繰り広げられていた。

広大な平原である北東部の中でも、
アーチボルト族は最大の勢力を誇っていた。父親であった族長は、凄まじい力を
得た事により、突如として現れた
化け物退治に配下たちを率いて向かったが、尽きる事の無い魔族たちとの戦いで、
族長の死を報告してきた。

族長の娘であったクローディアは、
すぐに自ら族長の座に就くと、
守りを堅くして防御態勢を取らせた。

彼女は以前、父と共にイストリアの
ミーシャ姫の誕生祝の席で、
ヴァンベルグ君主国家のリュシアンと、
漆黒の暗殺者と呼ばれる
リュウガの一騎打ちの戦いを目にして以来、イストリア王国との共存の道を選んだ。

父にはよくヴァンベルグ君主国家から
支配下に入るよう使者が来ていた事もあり、息子リュシアンには好感が持てたが、
あの国では父王の命令は絶対で
あったことから、イストリア王国との
友好を図った。

アーチボルト族長であった父は真宝命の
存在を知っていたが、
娘であるクローディアが知ったのは、
野営地に戻ってから父に聞かされた時に、
漆黒の暗殺者たちに対して、
一騎当千の集団で恐ろしいと
聞かされて育ったが、
リュウガや供の印象から好感を
持つようになっていた。

クローディアは刃黒流術衆との
友好を押したが、父王が言うには、
あの集団はエルドール王国としか
友好的では無かったが、
真宝命を献上した事により、
イストリア王国とも友好になったと
知ったクローディアは、
イストリアとの友好を図り、
その流れで刃黒流術衆とも縁が持てればと、父に進言したが、長の父は、
それは不可能だと知っていた。

刃黒流術衆は絶対的な立場で、
自らエルドール王国以外との友好を
図ることは無いと言い、
イストリア王国と関係を持たせたのは
エルドール王国のロバート王の思惑は
不明であったが、彼の策略で
あっただろうと話していた。

それに加えて国の位置も遠く、
ミーシャ姫の誕生祝に集まった
多くの者たちは、刃黒流術衆の力が
健在であるかどうかを確かめる
ために集まったのだと聞かされた。
自分たちもその中に入る者たちであり、
予想以上に強い事を世界に示したと同時に、ヴァンベルグの王子であるリュシアンの
強さも世界に示した事により、
北部の部族の中には、かの国に屈する部族が現れないか心配をしていた。

しかし、ヴァンベルグとは友好的な関係性は生まれず、とこしえのライバルである
グリドニア神国との戦いに参戦させられる
だけだと、父も他の部族長たちも知っていただけに、悩みの種であった。

そして、今、クローディアは密かに
イストリア王国へ命を懸けた
伝書鳩を飛ばせていた。
今だからこそ、鳩たちも速度を増しており、
到着するのに時間はかからないと踏んでいた。

彼女の円陣の防御態勢を構えた砦には、
今や多くの部族たちが集まり始めていたが、どの部族たちも元の部族の力は無く、
強き者たちの多くは既に戦いで
命を落としていた。

彼女もまた身体能力の上昇を感じてはいが、倒せるのは無限かと思わせるほどの
弱き魔族には通用したが、
幾人もの人間を食べて力をつけた悪魔は
倒すことが出来なかった。

だからこそ、彼女は今は部族間で
争うことは無意味だと伝えて、
守りに徹する陣形で、敵を近寄らせない
方法で凌いでいたが、
時間の問題である事は承知していた。

(このままでは持たない‥‥‥
イストリアとは特別友好でもない。
そうだ、イストリアでさえ魔物に襲われて
苦戦しているのでは?
来ない援軍を頼りにしていることを
皆が知ってしまったら、
希望を失い、絶望の果てを知り、皆、
生きたまま食い殺されるよりも
死を選ぶだろう)

クローディアの心はやせ細ったように、
希望を失いかけていた。

「申し上げます!」

「どうした!? 何事だ!」
クローディアはイストリアの援軍で
あって欲しいという思いが脳裏を過った。

「それが部族長を呼んでこいと言ってます」

「あの大群の魔物の包囲網を破ってここまで来たというのか?」
クローディアは入ってきた男に問い詰めた。

「どうやらそうでは無いようです。現れたのは黒き者たちです」

クローディアは状況が飲み込めずにいたが、アレックス王や、ロバート王が礼を尽くす
相手である事を知ると、すぐさま幕舎
から出て行った。

あれほどいた魔物は消えていて、
一人の大柄な男が立っていた。
自分たちが敷いた守りの陣形の外を見ると、50名ほどの黒い戦士たちが
警戒態勢をとっていた。

「お助け頂き感謝します。
長のクローディアと申します」

「我が名はレガ。カミーユ王子に
頼まれてきたが、到着が遅くなり犠牲者が
大勢でた模様で非常に申し訳ない」

「とんでもないです。もう望みは絶たれたと思っていました」

「カミーユ王子からの伝言をお伝えする。
急ぎイストリア城塞に軍をまとめて
お入りくださいとのこと。
新手の敵は我らが食い止めるので、
その間にゆかれよ」

「わかりました。ありがとうございます」
クローディアは思わぬ援軍に安心して
涙を流した。
彼女はレガに向けて頭を下げていたが、
涙が雫となって、
ポツリポツリと草花を打った。

「戦いは始まったばかりだ。
涙を流す時は今では無い」
レガは悔しさの涙だと思ったが、
それは安堵の涙だった。

男の言葉が彼女の穢れた魂を清めるように、
クローディアは涙を拭うと顏を上げて男に
対して頷いた。

「皆、すぐにイストリア城塞まで逃げる! 武器だけ持って
馬に乗って力の限り駆けろ!」

「隊長! 新手が現れました」
その言葉はクローディアの耳にも届いた。
しかし、男の言葉で勇気を取り戻した。

「我らの力が再び必要だ。
奴等を滅せよ、我に続け!」
男はクローディアを見て頷くと、
踵を返して何十倍もいる敵に
向かって行った。

陣の外にいた者たちも、
恐怖をおくびにも出さず、
当然のように男の後に続いて
闇の中に消えて行った。

彼女は下唇を噛んでいた。
口の中には鉄の味がじわりと広がり、
無力な自分に対して、怒りを感じていた。

彼女は最後尾にいたが、
後ろを振り返らずに馬に鞭を入れて、
全速力で疾駆させていた。

後ろを見るのが怖かった。
彼らが全滅して、魔物が来ているのではと
考えていた。
50名ほどだけで、万に近い相手に
攻勢に出るなど、無謀としか思えなかった。

(主に命じられて来た訳では無い。
カミーユ王子の頼みで
我々を助けにきただけなのに‥‥‥)

クローディアは罪悪感を背負いながら
南に馬を飛ばしていた。


「クローディア様! カミーユ王子が
お迎えに来られました!」
その声を聞きつけて、彼女はすぐに
先頭の方へ馬を走らせた。

「御無事で何よりです。やはりレガさんに
任せて正解だったようですね」
クローディアはその言葉で一瞬視線を
逸らした。

「何か問題があったようですね。
話されるのが礼儀かと」
カミーユの従者であるネストル・ゴードンは鋭い眼光で、彼女の不自然さを
見逃さなかった。

「本当ですか? レガさんに
何があったのですか?」
クローディアは言い難そうに口を開いた。

「確かに私たちは救われました。
ですが、すぐに新手の大群が押し寄せて
きて‥‥‥万に近い魔物を相手に
攻勢に出られました」

「マズいですね。レガさんはあの方の
副隊長です。我らの判断なら撤退しますが、あの方々は我らとは全く違います。
レガさんなら上手く敵を撒いて来ると
思いますが、断言はできません」

「我らも援軍に向かうべきだろうか?」

「いえ、それはいけません。
我々が行ったところでどうにか出来る
数ではありませんし、貴方様や私もまだ
力不足です。行けば間違いなく
レガさんの邪魔にしかならないでしょう。
それよりもそれほどの敵が来たので
あれば、城に戻って防御態勢を固めましょう」

カミーユは暫く目を閉じて落ち着こうと
していた。
「わかった。ネストル、お前が指揮を
執ってくれ」

「わかりました。ではベガル平原の方々は
城塞へお入り下さい。
イストリアの騎士たちが防備を
固めますので、寝食もほとんど
お取りになってないでしょうから、
ご用意しましょう」

「お前たちは残ってカミーユ様が
お戻りになるまで一緒に残れ」
ネストルは明確な指示を出していった。

「カミーユ様。なるべくお早くお戻り
ください」

「ああ、分かった。後の事はネストルに
任せるよ」
ネストルは心が痛んでいるのであろうと
思い、それ以上は口出しせずに、
10名ほどの騎士たちを残して、
城の方へと戻って行った。

ネストルは妹のアリシアに何か
問題が起きそうなら呼ぶとだけ伝えて、
ミーシャ姫の従者として一緒にいるよう
話した。

大食堂に招き入れて、食べ物と飲み物を
運ばせ、傷を負った者たちには
治療をと大忙しであった。

一息入れる事ができた頃になって
ようやく異変に気づいて、
急ぎ足で門を守る騎士たちに声をかけた。

「王子はいつ戻られた?」

兵士たちは顏を見合わせながら、返答した。

「こちらにお戻りになられたのは
確かですか?」

ネストルは一気に顏が青ざめて、
ベガル平原たちの馬に乗ると
一気に疾走して行った。

10名ほどの騎士たちは皆、倒れているのを
見てすぐに状況を悟った。
確認するために気絶している一人の騎士に、平原の民たちが馬にかけていた水袋を
顏にぶちまけて意識を取り戻させた。

「王子は? カミーユ王子はどこに行かれた!?」

まだ意識の薄い騎士はすぐには返事を
出来ないでいたが、一声だけ出した。

「北の平原へ‥‥‥申し訳ございません」

「お前たちは何をしていた!?」

「それが‥‥‥王子は‥‥‥凄い強さで
一瞬で次々倒されて」

ネストルはあの時に感じた違和感が、
まさか決意の沈黙だったとは
思いもよらなかった。
リュウガ様への謝罪だとばかり
思っていたネストルは、
後を追うように北へ向かった。

どよめきの声がアリシアの耳にも入るほど
聞こえてきて、
城内を駆ける騎士たちに声をかけた。

「待ちなさい。一体何ごとです?」

「それがカミーユ王子が単身で北に
向かわれたようで、
ネストル様がお気づきになり、
王子を追って北へ向かったようです」

「兄さんが‥‥‥それで供の数は?」

「ネストル様しか気づけなかったので、
御二人とも単身で北から現れた
およそ1万の新手の魔物と交戦中だと
思われる、刃黒流術衆の副隊長である
レガ様の元へ向かわれました」

「そんな! 無謀過ぎる‥‥‥
兄様らしくない」

「はい。カミーユ王子の独断で供の騎士
たちを気絶させて向かわれたようです。
その騎士たちにネストル様は事情を
お聞きになられたようです」

「我々も急ぎ軍を集めているところですが、間に合いそうもないので、
クリフォード伯爵にも軍を出して
指揮を執って頂けるよう伝令を
飛ばしました。今は1秒でも時間が惜しい
ので、他に御用が無ければ失礼致します」

アリシアは茫然としながら黙って頷いた。

余りの騒ぎにミーシャが起きてきたが、
アリシアは気づかないほど
信じられない事でも起きたような表情を
見せており、その場に立ち尽くしていた。

何があったのかを聞こうとして、
ミーシャが話しかけた。

「ミーシャ様‥‥‥兄とカミーユ様が大変なことに‥‥‥」


「コイツラウマイチカラワク」

「デモコイツラツヨスギル」

相手は雑魚ではあったが、数で圧倒されるも
連携を取りつつ時には円陣で守り、
時には攻勢に出て敵を蹴散らして
善戦していた。

犠牲者は13名に上っていたが、
敵は遥かに大勢の犠牲を出しており、
約半数まで減っていた。

レガたちは皆、身体能力上昇中で
あったためか、疲労感はほとんど無く、
力は大きな水源から溢れる
水のように、急激に増していた。

それは自分自身でも手に取るように分かる
ほどのもので、犠牲者の多くは連携を
取れずに命を落としていた。

「ヨワイヤツトリコモウ」

「ソウシヨウ」

聞き取りずらい言葉であったが、
レガの耳には確かに届いていた。
彼は銀色の剣よりも頑丈な黒い刀に対して、有難ありがたみを
初めて感じていた。

これほどまでに無数の敵を斬って、斬って、斬り殺しても、
自分の力についてくるように、
欠ける事さえ無く存分に力を
ふるえる事に、
戦いの中であっても感謝していた。

「何か仕掛けてくるぞ! 気を抜くな!」

特別な力を感じる魔物は仲間を喰らった
ものだった。
敵は円陣で組まれた強者たちに、
近づこうとはせずに
一定の距離で囲んでいた。

何度か攻撃を仕掛けたが、
正に鉄壁の守りで、一度も人間に
触れることさえ許されない堅固な構えを、
知性は低くても、死にゆく魔物たちを
見て理解していた。

仲間は骨まで喰らうかのように、
血肉は全て白骨状態になっていて、
明らかな強さのエネルギー
発していた。

レガは特にあの話している2匹を
次に倒す対象としていたが、
遠い場所にいて目視では確認できたが、
今、円陣を崩すことになると、
全滅させられる危険性を
排除できないと考えながら、
その時を待っていた。

「な!」思わずレガは声を洩らした。
例の2匹は刃が届かない位置で、
仲間を喰らい始めていた。
食べ続けているうちに、
力も僅かに増していったが、
体の大きさは明らかに巨大化して
いっていた。

全員が夜目を使えるため、
配下の者たちも気づき始めた。
「レガ様‥‥‥あれはもしや?」

「そうだ。我らが同胞を喰い殺した奴等だ。個では勝てないと考え、奴等は仲間を
喰って少しずつではあるが、
確実に力をつけつつある」

「確かに隊長の仰る通り、力が漲って
いくのを感じます」

「いいか? もし、奴等が今の我らの手に
負えないと分かったら、イストリア城塞に
向かえ。そしてこの事を伝えろ」

「隊長はどうされるおつもりですか?」

「私はお前たちよりは段違いに強い。
一人なら一人での戦い方も独自に
考案している。余計な心配はせずに
しっかり見ていろ」

敵は敵の中でも争いが起き始めたが、
それでもまだ遠い位置にいた。しかし、
大きくなった事により、これまでは
襲って喰らいついていたが、
手で仲間を鷲掴みにして、
口の中に放り込み出した。

それにより、急激な力を身につけ
始めてきていた。
レガはこのままでは全滅の危険さえ
出てくると考え、将来性の高い配下たちを
逃がして、孤軍奮闘の道を選んだ。

「今のお前たちには手に余る相手だ。
リュウガ様は現在、イストリアに
向かっている。もうすでにこちらに
向かっておられるかもしれん。
真っ直ぐイストリア城塞を目指して
全力疾走で駆けてゆけ。
それまでは私一人で戦う」

「お言葉ですが失礼を承知で言わせて
もらいます。あれは更に強くなるでしょう。いくら隊長と言えども
勝てる保証はありません」

「そんな事は言われずとも百も承知だ。
だが、一人でなら時間稼ぎは可能だ。
お前たちを逃がすのは今しかない。
これは命令だ。
今すぐ撤退して、リュウガ様にこの事を
報告しろ。
それだけでどうすべきかはご理解される
お方だ。今、魔物どもは争いを始めた。
南は手薄な上に、北で何が起きているのか
分からず動揺している」

黒き者たちはレガの的確な心眼に、
返す言葉が見つからなかった。

「今だ! 行け!!」

漆黒の暗殺者たちは南へ一斉に
襲い掛かると、道を作り、
振り返る事無く駆けていった。














この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?