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トークのスイッチ

母は以前は掃除好きだった。
来客のあるなしに関わらず、家をきれいに保っておくことに気配りしていた。
今はあまり気にしなくなった。
気配りができなくなったと言うべきか。
が、人が来るとわかるやいなや、猛スピードで片付けて部屋を整える。
長年の片付けグセを一気に発揮し、涼しい顔でお客様を迎える。
あの瞬発力を目の当たりにするたび、「やればできるんだね」という気分になる。

だけどその後は、私物を片付けた場所や理由を忘れてしまう。

一年前は母が何かがないと言えば、
「どこに片付けたのー?」と一緒になって慌てて探したが、今は母の行動パターンがわかるようになって、まずは静観である。
自分で探して見つけた方がいい。
母も「あれがないこれがない」とは言わなくなった。
言わないが、何かを真剣に探しているのはわかる。
先日はその途中で母と目があった。
母が私に言う。

「何やったっけ?」

ズコー
ずっこけるわー

探しものはなんですか?
何を探していたかを忘れている。

私「何だろうね?化粧ポーチ?」
母「ちゃうなー。なんやろ?」
私「・・・」
母「イコカ、イコカやわ。」

イコカ。交通系電子マネーのカード。
パスケースを探してたのか。
このあと電車でコンサートに行くので、準備しとこうと思ったようだ。
バッグに入れっぱなしのイコカを見つけて、今日持つバッグに付け替えている。

母の行動パターンがわかるなんて言っておきながら、ズコーと昭和のリアクションでごまかす私。
まだまだですね。

この日の午後は母とクラッシックコンサートに行った。
母は近頃、学生時代の音楽の先生の話ばかりするのだ。
タイミングよくチケットが取れた。
ドヴォルザーク「新世界より」を聴いた。
ブラボーと声をあげそうな勢いで拍手している。
最近こんな機会はなかったわと、
とても喜んでくれた。
帰り道、母はまた音楽の先生の話を熱心にした。

母の昔話にはトレンドがあり、今のブームはその音楽の先生となぜか蓮根掘りの話。

コンサートの前にランチに行ったら、私が頼んだメニューに蓮根がたくさん使われていた。

「レンコンめっちゃ入ってるわ。」と言ったら、母の蓮根スイッチを押したようで、蓮根掘りの話が始まってしまった。
見通しが甘い。
何度か聞いて正直飽きている。
若い時の母の話。過去の遠くのスイッチオン。

だが大阪に蓮根の産地があることは初めて知った。
収穫したての蓮根は生で食べられることも。
聞いておいてもいいかな、と思う。

コンサートには母とまた行きたい。
音楽の先生の話は何度も聞くことになるだろう。
すでに中くらいの過去は曖昧だ。忘れていることも多い。
貴重な大過去をブームのうちに聞いておくのだ。
蓮根の穴から、母の青春を見通すような気持ちで。

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