見出し画像

ボタニカルメモリ

実家に帰るときは、最寄り駅の花屋で必ずミニブーケを買う。

昨年の母は
「あんた買ってきてくれたん?
 どこのお花屋さんで?」
一日に何度も何度も同じ質問をしてきて私は驚いたものだが、最近では私がブーケを差し出すと、
「駅の花屋?ありがとう。
 かわいいわ〜。」
小さな花束をすぐに生けて愛でている。

認知障害とは、物事を忘れていく一方かと思っていたが、今はそれだけではないと感じている。
記憶が(習慣として?)新たに定着することもある。
どこの花屋で買ったのかについて、母がこだわる理由はわからない。

母の趣味はガーデニングだ。
植物の観察を欠かさない。
あんたはかわいいね、と花に話しかけながら庭の植物を見てまわる。
挿し木をして植物を増やす。
花が咲いたら切り花にして部屋に飾る。
咲いた花を切ることで株を育てるそうだ。
それぞれの植物が育つ条件を揃えて、病気にならないよう手をかけている。
母はみどりの指の持ち主で、バラでも蘭でものびのびと咲く。
私にはそんな風に見える。

そして私が、自宅のミントが枯れそうだと言ったら、
「ミントが枯れるやなんて
 聞いたことないわ!」
と、ミントさえ枯らす娘にたいそうご立腹だった。

一週間ほど実家にいて、埼玉の自宅に戻ってきた。
自宅マンションのベランダでは、ミントとローズマリーが土に植わったまま、ドライハーブになっていた。
ミントの茶色部分は触っただけでポロポロと崩れた。

そのほかに植えっぱなしのアイビーと何年も世話いらずのギボウシ。
ギボウシは花が咲かない年がある。
お世話不足をお詫びする。
水やりしても
話しかける言葉が「ごめんね」じゃ花は咲かない。
水やりをし過ぎても良くない植物もある。
根腐れして弱り、枯れる。
いや枯らした。

寄せ植えとかコンテナガーデニングに凝った時期もあった。
今はすべて枯れ、引っこ抜かれて乾いた土だけのプランターが並ぶ。
母が見たらきっと泣く園芸事情である。

すぐさまベランダを整理し、ホームセンターで買ってきた植物で新しい寄せ植えを作った。
そして古参のギボウシにたっぷりと水やりをしたらみるみるうちに芽が出て葉が出た。
こんなお世話でも毎年楽しませてくれる。
ギボウシなど宿根草は地上部が枯れた時期、植物の休眠中に株分けをしたり、ひとまわり大きなプランターに植え替えをするらしい。
植え替えなんてしたことない。
このギボウシを母が見たら
あんた、かわいそうになぁ、
と言って泣くだろう。

久しぶりの寄せ植えは、以前うちのベランダで機嫌よく育った植物ばかりを選んだ。
初夏になったら白いビンカとコリウスを買い足そう。
暑い夏に強いハイサマーコンテナ。
手間いらずが最優先で、みどりの指にはほど遠い。

ついに枯れたと思ったミントにも水やりをしていたら小さな葉っぱが見えてきた。
母の言うとおりだった。
ミントは枯れてなかった。
この生命力よ。
雑草魂そこらへんの草。
埼玉のベランダで、ベランダーの再出発にふさわしいミントの復活がうれしい。

(ちなみに写真は実家の庭のすみっこに咲いていたヒマラヤユキノシタです。毎年勝手に咲くそう。褒め言葉と地植え最強。)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?