夢日記 2021/10/13

その日の朝の夢

その夢の俺は、昔住んでいた家で暮らしていた。
ある日、友達の浦川と刑務所の見学ツアーに行くことになった。
なんでも商店街の福引の3等で当たったらしい、流石に嫌な福引すぎるだろ。
昔の俺は、庭先の葉っぱや木の実に綺麗な石など、気になったものを拾って観察する癖があった。
その時は恐らく、久々にそのある種の病にも似た悪癖がむくりと鎌首をもたげたのか、出発寸前まで庭先で拾った妙な木の実をまじまじと観察していた。ウチの庭にこんな実を成らせる草木はあったかな…。
「おーい!三田!もう出るってよ!」
そうしてついに出発の時刻が来てしまった。不意に、誠に不本意にも惜しくなったのか俺はその木の実をポケットに放り込み、車に乗り込んだのだった。

長い道のり、ついた先はもちろん刑務所なのだが、巨大な豆腐のような見てくれの、刑務所と言われると、どこか異質な気がする建物だった。金属の柵に鉄条網が絡められた高い塀に囲われているわけでもない、上の方に窓が並んでいること以外は本当に豆腐のような建物だ。
引率の男性、柏木氏によると、この刑務所では、低層階ほど罪状が軽く素行も良く、高層階ほど罪状は重く、素行も悪いらしい。
こうして諸般の説明を受け、ついに俺達は刑務所に入ったのだった。
「おや、いつものアレを忘れておりましたね。」
いつものアレ…?なんのことだ?
「ようこそ、‪○○刑務所へ。」
刑務所で歓迎の挨拶だなんて、と少しぎくりとした。

一言で言えば異質。それに尽きるだろう。
受付と…、レジ?それに値札の着いている棚、カゴをもっている人々…。
そしてやたらに通行人が多いのだ、それも皆、私服。刑務官の制服や、ありがちな囚人服などではなく、世間一般的なファッションを身に纏い、買い物やフードコートで食事を楽しんでいたりする。
刑務官…、ではないだろう。先程の説明によると刑務官は必ず制服を着ているとの事だった。
とすれば彼らは間違いなく囚人であるはずだ。
しかし…、囚人とは檻に閉じ込められているはずの存在では無いのか。行動範囲の制限に始まる規則正しさという不自由や社会奉仕的な給金の労役をもって罪を償っているのではなかったのか?まあ…ここから出られる訳では無いので確かに不自由と言えば不自由か…?
「随分と驚かれたご様子ですね。まあ、ここに来られた方は皆そういうリアクションをとられますよ。」
どうやら俺はそれを気取られるほどに仰天していたらしい。唖然、呆然とした間抜け面だ。
どういうことなのか全く分からない、理解不能という言葉に尽きる。
「ここはそういう場所なんですよ。彼らは罪も罰も軽い。どんなに長くても3年でここを出る方達です。」
3年はそこそこ重いと思うのだが…。
「3年と言っても内容はピンからキリなのです、ここにおられる3年は人の命に関わらない事件の方達です。人命に関わる…、例えば自らの子供を殺める、というような情状を酌量をされての3年のような方達は上の階に入ることになりますよ。」
またしても気取られてしまったようだ。
こうして心を読むかのような講釈を垂れて貰っても理解はできなかった。
「さて、一番軽い辺は一通り周りましたからね、それでは次へ参りましょう。」

うろうろとついて回っている間に5階程まで階段を昇ったか。
6階への階段を昇る時、なんだか周囲の人間がこちらを睨め回すかのような気配がして少しひやっとして立ち止まってしまった。
罪の軽重で階層が変わる刑務所だ、それならちょうどこの辺りなのか。
不意に気配が動いたら___。なんて好きな特撮の歌詞を思い出しながらまた歩き出す。
空気が少し冷たくなった気がする…、粘らかでぬるめたいような空気が…、とても嫌だ…。
「お察しの通りですよ、ここは情状を酌量されての方々の階層です、全員下の階よりは冷たく重いのです。」
柏木氏が小声でそう零す。
「彼、彼女らは背負っています。罪や業、想いや悲しみの情念その物を。」
罪や業はわかるのだが、想いや悲しみの情念とは…?彼ら自身のモノなのか?
「随分と気に入らなさそうなお顔ですね。」
う、また悟られたか。
「浦川くんは本能で悟るものがあるらしいですが三田くんはどうもそうではないらしいですね。」
隣を見ると浦川の顔色が悪い。
「な、なあ、三田…」
どうしたんだコイツは…?
「お前なんで平気なんだよ…?アレ見てなんとも思わないのか…?」
どういうことだ、確かにここの囚人の人達はなんだか血色もイマイチで服装も下の階に比べれば簡素なものだろう、しかし下の階が異様に緩いだけでここは刑務所だから当然なんじゃないか…?なんならここですら檻や鉄格子が見当たらないことすら不思議なのに…。
「うーん、なるほど、浦川くんは本能で悟る程度ではなく見えてすらいますか…。これは逸材かもしれない、是非ともウチにスカウトしたい程ですね…!」
柏木氏が若干恍惚とした表情で浦川を評する。
「しかし、三田くんだけ見えないのも不公平です、これをお貸し致しましょう。」
と、独特な縁取りの手鏡を手渡してきた。
「三田くん、君は少し目がここに向いていないです、しかしこれを使えば君にもわかるはずです。」
は、はぁ…。
「これで彼らの肩を映してみなさい、ただし一瞬ですよ、これを見る間は三度度瞬きをしてはなりません。貴方がアレを見えもしなければ感じもしないのは本当にあなたがここに向いていないか、あるいは感じるからこそ、ここから目を背けているかのどちらかなのです。」
目を背けている?俺は罪を犯すつもりもなければ罪を背負っている覚えもない…。何より俺は浦川や柏木氏が見ているだろうモノを探して躍起になっているところなのに。
まあ、これで見えるならいいか…。そう思い、彼らの肩の当たりを手鏡で写した。
見なければよかった…。アレは確かに、間違いなく怨みや悲しみだ、情念だろう。母の愛を、父の背中を求めているのだろう、赤子の手が、幼子の涙が…。あまりにも自然にそこにある。
思い出した。これは一瞬だと、目を逸らさないといけないと。目を逸らすことができない?
「まずいっ!!二度目を!」
気付いたら柏木氏が俺の手元から手鏡を叩き落としていて___。
カシャンッパリンッ
手鏡が割れる音と共に俺は我にかえった。
「申し訳ありません!三田くん、君はどうやら極めてアレらに対する感受性が高いようです、恐らく元より見えていましたが、本能で目を逸らしていたのでしょう。」
なるほど、浦川はそれを見て怯えていたのか…。しかし見ただけで何が起こるわけでもないのでは?
「いいえ、アレは魅入り、魅入られるのです、貴方はそれに魅入られそうになっていたのです。この階の方々は皆アレと生涯付き合うことになります。アレが離れた時こそ贖罪の証なのです、そしてそれは本来彼らの命によってのみ贖われますが…。一つだけ彼らの命以外で贖う手があるのです。」
もしかしてそれって…。
「そう、魅入られた者による献身的奉仕、即ち命の献上。アレらは殺められた身であるとはいえ最後まで親を愛し、信じていましたからね、そうでなければここに来るまでの間にとり殺されています。皮肉にもここにいること自体が愛、信頼の証という訳です。」
しかし突然妙なことになってきた、明らかに非科学的というか、オカルティックな雰囲気というか…。
「信じられないでしょう。私自身未だに信じきれていませんが…、世の中わからないことだらけですね。次はこうではないので安心してください。」

更に15階分ほど階段を登ったところか…。
ついに一般的な刑務所、のイメージ通りの箇所に来た。
ひんやりと、冷たい床に鉄格子、まさに刑務所、これこそ刑務所だろう。
しかしなぜだろう、全員ヘルメットのような被り物をしている。
「配慮ですよ、ここにいる以上彼らはそこそこの罪を犯していますが、部外者に顔を晒すところまでは罪に含まれていないんです。」
柏木氏が小声で教えてくれた。雰囲気的に小声で喋っているようだが、あの被り物は音を遮断しており、現在は嗅覚と視覚以上の情報を得られないらしい。
「な、なあ…柏木さん、ここのは皆随分と怖い顔してるんだけど…?」
浦川が恐る恐る聞いた、どうやら本当に怖いらしい。
「ええ、彼らは随分と大きな罪を、悪意をもって犯していますからね、それはもう恨まれること請け合いかと思います。」
下の階の時とは違い、随分とあっけらかんとした返事だった。
「ああ、心配なのですか?」
俺はこくりと頷いた。
「大丈夫です、彼らの背負うアレらは彼ら自身にしか興味がありません、彼らを恨むことのみがアレらの最大の喜びなのです。それはもう脇目も振らず、という具合にです。」
しかしそれならとっくにアレらに殺されていそうな気も…。
「彼らはね、悪意、とびきりの悪意をもっています、そもそも元より善人であることが多い被害者だったアレらとは比べ物にならない悪意を。」
なるほど。目には目を、歯には歯を…!という訳ではないが、悪意にはもっと強い悪意を、というわけか…。
本当にこの階は想像していた通りの刑務所すぎて収監されている方々には申し訳ないが逆に見物も無い。
「それでは、次へ参りましょうか?」
俺の感想を見透かしたように柏木氏が手をこまねく。

また5階程登っただろうか。
なんだろう、ここは、ここは…。
空気が、重い。どろりとした…沼地?ぬるい、気持ちが悪い…。
浦川は今にも泣きそうな顔をしている。
「お、おい…三田…。ここ、おかしいぞ、絶対に、絶対にだ。絶対におかしいぞ。」
何かがおかしい。何かが違うのだ。
「お気付きになりませんか?」
柏木氏が問う。
「ここは「待って。」」
つらつらと申し述べようとする柏木氏を割り込むようにして浦川が制止する。
「いない。この階には、いないんだよ。」
「いいえ、おりますとも。」
???
どういうことだ…?
「いいや、いないだろう、誰の背にも。なのに、なのになんで、ここはこんなに。」
「浦川くん、それは違いますよ。彼らはね、背負った、背負い過ぎたんです。ただ背負うには余りにも重すぎた。彼らはアレらを迎えてしまったんですよ。」
あ…、そういうことか。
だから俺にもこの煮え滾る憎悪、悪意、現世への思慕、嫉妬、恋慕の味を感じられたのか…。
酷すぎるだろうこれは…。彼らは最早アレらなのだ…。ただ悪意の力が強すぎてアレらの力では死に至らないだけ、そしてこの状態では…。
「お察しの通り、彼らはもう娑婆の空気は味わえないでしょうね。」
柏木氏がおそらく真実であろうことを述べる。
「いや待て、おかしいだろ。俺はそこの人をテレビのニュースで見たことあるけど、確か判決は有期刑のはず、ならいずれ出られるはずだ。」
浦川が問う。
「そうですね、少し話し過ぎな気もしますが…お答えしましょうか。ここに送られる者達の量刑の真実について。」
柏木氏が滔々と話し始める。
「そもそも、ここに来る者は全員5階層以上から入るのですよ。背負う罪の軽重に拠らずね。」
「それから選別を始めます。そうして早々にアレが抜けたものは4階層以下に、それ以外は5階層以上に。」
「その境界が、人の命や恨み辛みの情念だと?」
遮るように浦川が問う。
「その通りです、ですから概ねの区別はそこでついています。10階層までの方々はアレらを背負っていようがいまいが程々の年数で出られますが…、それ以上の階層の方々は出られるラインまで償却する、あるいは余命宣告にも等しい量刑を受けることになりますね。」
「バカな、それでは裁判の意味なんて…。」
「ありますとも、まず前提として我が国の裁判と量刑はアレらに準ずるように決められているのですよ。」
「だいたいおかしいとは思いませんか?モノを盗めば3年、人を殺めれば10年、そんな事たかが人間に決められるはずが無い。」
「いや待て、しかしそれではここ以外の刑務所に入る人たちはなんなんだ?こんな変な刑務所は日本でここだけだろう。」
もっともな問いである。犯罪者などそこらに腐るほどいるじゃないか、まさかこんな所に国内全ての犯罪者が入るわけもあるまい、入っているなら今頃俺達が入る隙間などあるはずもないだろう。
「それはね、ここに入る事になる人達というのは…、「そこまでですよ。」」
浦川では無い声が遮った。
「貴方は少し喋り過ぎです、奥に下がりなさい。」
これはまた…随分な巨躯の女性…、上役だろうか。
「ひ、菱内看守長…。これは大変失礼いたしました、少し調子に乗りすぎたようです。ですが彼らには何の瑕疵もございません、どうか、どうか、彼らだけは…。」
何事か、随分と怯えているようだ。
余程まずいことを口にした、あるいは口にしかけたのだろうか。
「柏木、わかっていますよ。しかし貴方の口先については感心しませんね、四半刻程頭を冷やした後、視聴覚室Dに来なさい。」
「し、視聴覚室。それも、D…ですか…。」
相当に恐れているようだが…。刑務所に視聴覚室…?
「申し遅れました。私当刑務所の看守長兼獄長を担っております、菱内と申します。この先は私直々にご案内いたしましょう。」

ゴツン…。ゴツン…。菱内看守長の巨躯が履くヒールが冷たいステップを打ち鳴らす音が立体構造に響く。
柏木氏を制止するまで一切聴こえなかったのが不思議なくらいに大きな音だ。
5階登り、3階程降り、また7階層ほど階段を登っただろうか。
「お待たせいたしました。この先、当刑務所の最高階層となっています。」
く、臭い。なんだここは、信じられない程の悪臭が…!
浦川はガタガタと震えている。
「な、なあ…こんなとこまで来てからなんだけど…帰らないか?俺もうこんなとこ見てらんないんだが…。」
浦川が怯えつつも微かな小声で零す。
同感だ、信じられない程に臭いし空気も重いというレベルでは無い、何よりここは…。
格子の向こうにはまだ歳若い子供しかいないか空き部屋となっている。
異常、明らかに異常なのだ。
普通は大人と子供が同じ施設にいることなどまずありえないだろう。
「そう、貴方の目にはそう映るのね。随分と純粋なこと。」
びくりと浦川が肩をふるわせる。
ふー…っと耳元を生温い風が通った気がした。
振り向けばそこ、耳元には前を歩いていたはずの菱内看守長の顔が。
長いまつ毛を湛えたキレ長の瞳に、すらりと通った鼻スジ、突如として必死の間合いに踏み込んで来た整った顔に思わず情けない声が出てしまった。
「お、おい。なんのつもりだ、よせ。」
浦川の方に向き直ると、格子の向こうから子供に裾を掴まれている。
「あら、随分とお気に召されたようですね、貴方、ここで働いてみるつもりはないですか?」
柏木氏も同じようなことを…。
「い、嫌だ!だいたいおかしいだろ!ここは!どうして皆こんなの背負ってるんだ!あんただってそうだろ!こんな怪物!この階の檻の中は人間なんていない!皆化け物だらけだし、あんただって全身にそのわけのわからない怪物をぶら下げてんだろ!」
「こんなの…?それは心外ですね、これは彼らの贖いの結果なのに?裁かれた者達を咎め続ける私達もまた罪人なのは当然でしょう。」
どういうことだ、さっぱりわからない…。
格子の中に目をやるとそこには崩れた元人間だったようなモノが芋虫のようにモソモソと動いているだけだった、子供のような鳴き声を時折漏らしている。
思わずまた情けない声を出して後退りし、尻餅をついてしまった。
「おい!三田!帰んぞ!こんなとこもう見てらんねえだろ!やべえぞここ!」
俺を引き起こしながら随分と今更な結論を述べる浦川、それに同意する返事をしながら来た道を帰ろうとすると。
「いけませんよお客様。このツアーは最後まで見て頂かないと…ですが仕方ありませんね、最後に視聴覚室Aにご案内させてください。柏木、来なさい。」
「ハイ、看守長。」
柏木氏の声がした。随分と無機質な気がするが…。
随分と血生臭い姿になった柏木氏が現れた。
「お帰りをご希望されています、最後に視聴覚室Aにご案内して差し上げて。」
「アッ…視聴覚室…A…ワカリマシタ…。」
「なんなんだこれは!柏木さん!どうしたんだよ!」
「いいから柏木についていきなさい、そう出なければペナルティを課しますよ。」
なんでだよ、俺達ただの見学者で…。
「四の五の言わずに行けいっ!!!」
菱川が物凄い剣幕で怒鳴る。流石に女性と言えどあの巨躯からの怒声は凄まじいものがある。
仕方なく、俺達は黙ってついていくことにした。
「なあ、柏木さん、視聴覚室ってなんなんだ…?刑務所に視聴覚室って俺意味わかんねぇよ…。」
浦川が問う。
「視聴覚室ハ…視力…聴覚…ソノ他ノ五感ニ分類サレル感覚ニ関ワル部屋デス…」
先程はDと言っていましたが、最低で4つはあるということですか?なぜ4つも?
「視聴覚室ハ、A-Gマデアリマス、程度ニヨリ符号ガ変ワルトイウ性質ノ部屋デス。多クノ方ハ視力ヤ聴覚ヲ選バレルノデ視聴覚室、トイウ訳デス。」
選ぶ…?意味がわからない、普通視聴覚室で選ぶも何も無いだろうに。
「到着致シマシタ。ソレデハゴユルリト。ソウダ、アナタハナニカオ持チデイラッシャイマスネ。臭イガイタシマス。モシモコトニオヨブ際ニハソチラヲオ出シ頂ケレバ万事上手ク運ブカト。」
ごゆるりとも何も俺達はとっとと帰るんだからゆるりもクソもあるか。

「「くっっっさ!!!」」
部屋を開けての第一声がこれである。
臭い、とにかく臭いのだ、鉄臭い。これはもしかして…。
「おい、見ろよ、やべえよこの部屋。」
鎖の着いた手枷がぶら下がる赤黒く染みた壁、三角木馬にブラックジャックやムチが綺麗に陳列された棚に角を上にして敷き詰めた角材に石板…。どう見てもそのテの部屋である。
「いらっしゃいませ。当刑務所の視聴覚室へようこそ。私本日のメインイベントを努めさせて頂きます、菱内と申します。」
は?なんで?メインイベント?意味不明なんだが…。こんなに意味不明だなんて、夢か?
「これは夢。そう、意味不明な夢でございます。」
夢…?あっ…、俺には浦川なんて友達はいないし三田なんて名前でもないじゃないか!
じゃあこの浦川って誰なんだよ!なんで俺は三田なんだ!
「しかしながら、この夢、尋常なる手により覚めることはございません。貴方達はここから出る時、何かを選ぶこととなり…、選ばなければ覚めることは絶対にありません…。」
何かってまさか…!
恐ろしい考えがよぎる。
「そう!ご明察!視覚、聴覚を初めとする五感!貴方達の感覚を選んでいただきます!この部屋はAの部屋…即ち最上級のお部屋!三田くんの全てかお友達の浦川くんの全て、どちらかを頂戴いたしましょう!」
え、なら浦川の全てを…、だって俺別にこいつの事知らないし。
「え、嘘だろ、お前、俺を…、まあいいか…。」
俺の夢の中の何かとはいえ随分と諦めがいいなこいつ…。
浦川が耳元に顔を寄せて何かを囁こうとする。
「おい、俺がアイツしばくから逃げろ、アイツの目ぇみろよ、俺たち片方で済むわけねぇだろ、今からアイツぶっ倒すから逃げろマジで。」
んなことできるわけ、アイツどう見てもチェ・ホンマンより頭1個とかでけぇじゃん、俺らどんだけ頑張っても170cmそこらだぜ。ウェイトが違うっつの。
「うるせ!方法があんだよ!ちょっと後ろ向け!そんで俺が指鳴らしたら走ってドアの方行って逃げろ!」
後ろを向いたその刹那、パチンッ
俺は浦川を見捨てて走り出した、ごめん、お前が誰なのかも知らんけどありがとう。
ガタンッ!ドカッ!バキッ!グェッ ギャッ
人間2人が暴れ揉みくちゃになる音がする。
グルルゥォオオオオオオオオ!!!!
通路に出て走り出して3秒後、獣の咆哮が聴こえた。
振り向くと扉からは金色の毛が生え揃った鋭い爪を持つ巨大な腕が飛び出していた。
!?!?
「ハヤ、ク、イゲ!!ジヌゾギザマ!!!オレハボッデアド…グボッ!」
おぞましい声が響き渡る。
「ネコよ、随分と余裕だな。」
菱内の声だ。するとあれは浦川か…?
ネコ…?ネコ…ネコだって…ネコ…!
思い出した、そうか、お前浦川さんちの猫!
毎日毎日うちの縁側の沓脱石で昼寝してかつお節たかりにきた茶トラのデブ猫!
「ヤカマシィ!アレヲモテバキサマナドテキニモナランワ!ウスギタナイバカイヌメ!」
「失敬な、私は犬、秩序の番犬であるぞ。」
菱内の腕から漆黒の天鵞絨が芽吹く。
「お前など一噛みに「よせ!やめろ!」」
気付いたら俺はあの場に戻り、菱内に向かって平均身長からなる中肉中背をもった全身全霊を込めたタックルを仕掛けていた。
「ふん、愚物が、おめおめと死にに来たか。」
「キサマ!ニゲロトイッタダロウ!オレヲウッテナオイキタイトネガウカラ!ダカラオレハコノブザマナスガタヲサラシ、アシドメヲシタトイウノニ!!!」
「お前がここで死んだなんて浦川さんに言えねぇから!連れ戻しに来た!帰るぞ茶デブ!」
「ンナッ!デブッ!?キサマ!イウニコトカイテデブトハナニゴト!!」
「イチャつくのも大概にしろやアホ共、どっちから死ぬ気だ?慈悲を垂れてやる、好きな方から絶やしてやろう。」
「お断りだね、俺達は帰る、ここから五体満足で帰るんだよこのクソボケが。」
「ヨ、ヨセ、イマノオレイッピキデモコノクソイヌカラニゲオオセラレルカハ…」
「柏木さんが言ってた事思い出したんだよ、今が多分その事を起こす時なんだろ。」
ポケットの中身を探る。財布…は違うなと別の物を探す。
庭で拾った妙な木の実があった。そういえば拾ったなと思い出すと「ソッソレハ!!」

「ワガチカラノミナモト!マタタビ!!」
「マタタビだと?こんな時に享楽などと、アホかお前は、どうやらお前から殺して欲しいようだな?」
流石に菱内に同意しかけて手を引っ込めようとすると「チガウッ!イイカラハヨウヨコセ!オレガキサマヲコロスゾ!!」
この際なんでもいいかと渡すと化けネコ浦川は一瞬でその実を噛み砕き飲み下した。
で、デカい。その巨躯、菱内の3倍を優に超す。最早ネコというより獅子では無いのかこれは…なんだかタテガミもあるし…。
「どうだ、クソ犬。これが全身全霊の我が力よ。今なら見逃してやる、命惜しくば…」
「うるさいっ!!!私は番犬!!!秩序の盾の犬!!!秩序が守られないなどありえない!!貴様ら、即ち巨悪の喉笛を食い破りそれを証明してやるわ!!!」
「仕方あるまい、掛かってこい。」
ワォォオオオオ!!!   バキッ  ガブリッ   キャウンッ ドサッ
決着は一瞬だった。
「クソ…が…なぜ、秩序たる、この、私が…ッ!」
菱内は絶命した。
「存外にあっけないものだったな。」
「うん、てか、お前本当に浦川さんちのネコなの?」
「うむ、ふと思い立ち貴様の家にも別れを告げようと訪れてみればこの有様よ、先程まで自分が何者かすらも覚えておらなんだわ。」
カラカラと笑う獅子の如き推定ネコ。
「さて、帰るとしようか。三田。」
俺は三田じゃねえよ!
カカ、と笑い歩き出すネコ。
俺はその後を追う。

急を告げる警報が鳴り響く。
そう、秩序を守るものがいなくなった今、ここは無秩序、全てが解き放たれたのだ。
それは人の虜囚のみにあらず、アレらも例外では無い。
「おい!どうすんだこれ!下の階さっき見たろ!あんなのがうぞうぞと彷徨いてるとこなんかいきたかねーよ!下手したら人間何人も殺してるやつとかもいんだぞ!?」
下の階からは怒声と悲鳴が聞こえてくる、出口は1階とはいえ、一部にしろこちらに上がってくるのも時間の問題か?
「う、うむ…クソ犬を殺めたのはまずかったか…。」
「まずいなんてもんじゃねーだろコレ!俺たちどうやって帰るんだよ!」
「安心しろ、策はある。」
「なんだよ、策って。」
「言えば貴様は嫌がるだろうからな、私の背に乗りタテガミに捕まり顔を埋めよ。」
「は?意味わかんねえよ、なんでそんな「ええからはようせい!」」
くわえ上げて放り投げられて背中に乗せられた。
「よいか!しかと掴まっておけ!」
「は?え?いや何を」
グンッと引っ張られるような感覚と同時に
グルルルゥォォオオォォォオオオ!!!

ドッガァァアアアン!!!!!
「はっ!?うおっ!?えっ!?うわああああああ!!!」
外の空気だ、暖かな日差し、刑務所の中とは違う、冷たい風の匂いだ。
ん?なんで?恐る恐る目を開く。
そこは、空だった。
はっ!??
「しっかりと捕まっておけよ!!!!」
ビュゴオオオオオオオオ!!!!
落ちてる!落ちてる!落ちてるって!!!!
「わかっとるわ!!私はネコだぞ!!!!この程度の高さで降りられんはずがなかろう!!!」
「いやお前!!!アホか!!!おれにんげん!!!落ちたら死ぬの!!!」
「だぁーから捕まっておけと言うておろうが!!!話を聞かんかこのバカモノが!!!」
「いやあああああああああ!!!!」

シュタッ
あっさりと、着地してしまった、叫んでいたのがバカみたいだ…。
振り向くと、当然そこには刑務所が。
だが…。
ゴゴゴゴゴゴ…
地鳴りか!?いや、違う、これは…。
刑務所が揺れている!
「秩序と共に崩れ去るか、それが運命ということよな。」
「いや、なんかすました顔してるけど、やべえだろ、これ早く逃げねえと。」
「そうだな、しっかり捕まっとけよ。」
疾い、素晴らしく疾かった。
これまで乗馬やバイクなどある程度騎乗スタイルの乗り物に乗ってきたが、これ程までに速く感じるものはそうはなかっただろう。
景色が後ろにちぎれ、飛んでいく、また振り向けば崩れ去り、塵芥のように消し飛ぶ刑務所が見えた。
「なあ、あの刑務所ってなんだったんだ?」
「さあな。まあ、ここはお前の夢だろう。お前の内なる心の枷のようなものなのではないか?例えば何か、罪にあらざる事でも躊躇うこと、あるだろう?」
「確かに、無くはないが…、つまりあれは、それを縛ると?」
「そうは言い切れんが…俺は本能でそう感じた。よもやすれば、理性の枷かもしれんが、今のお前を見る限りでは違うだろうな。」
うーん…、なんだか本当によく分からなくなってきたな。
まあ、帰ってから考えればいいか。

なあ、浦川。
少し、眠いな、ここは夢なのに。
お前、温いから困るよ、ネコだもんな、温いに決まってるか。
「そうか、なら眠れ、今日は色々あって疲れただろう?たまにはお前が俺の上で眠るといい。」
「ん…。そうか、ならお言葉に甘えて…。」

うつらうつらとして、次に目を覚ますとそこは布団の上だった。
枕も寝巻きも寝汗でびっしょりだった。
どこから入ってきたのか掛け布団の上で浦川さんちの茶デブが寝ている。
茶デブが目を覚ました、顔を寄せてきて、クンクンと臭いを嗅いだ後、ペシリ。
前足で顔を一発はたいて脱兎の如く逃げ出した。
待てこのアホ!!!

~完~

よくわかんないですがこんな感じの夢見てて遅刻しかけました。




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