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「子供たちに伝えたい三つの事」

子供のころから「あれしろこれしろ」「あれだめこれだめ」と親や周囲の大人から好き勝手な掟を押し付けられ、学校に行けば、勉学では知識量とその正誤(まるばつ)で、部活では上手下手(強い弱い)で並べられ、競わされた結果で優劣のレッテルを貼られます。まるでそれが人間としての価値であるかのように。優劣のレッテルを貼られた方も、割と素直に優越感と劣等感を刷り込まれて本来の人間性を失っていきます。

そしてそのまま社会人となり、身勝手な掟を押し付ける親になり、この社会システムに加担する担い手の一人となっていく。

こんなの、ローマ帝国時代にコロッセオで戦わされた剣闘士(奴隷)と何が違うのでしょう?

親も同じように剣闘士だったり、労働者として命を削っているにも関わらず、子供にも同じことを求めてしまっていますが、一体どうしちゃっているのでしょう?ほんとにそれで幸せなのでしょうか?

こんな理不尽な社会システムに組み込まれ、疑いなく従って、つまり洗脳されて暮らす生き方について四の五の言うつもりはありませんが、少なくとも私の子供たちにはそうあって欲しくありません。

しかし、日本の社会システムは、特に勉学の分野の違いによって、今の時代の国際競争力の主要要素である思考力の差を生み出しており、決して明るい未来を暗示するものではありません。

にも関わらず、いまだ、日本の学校教育では思考力の育成をターゲットにしていないという残念な現実があります。これについては別途考えていく必要があるでしょう。

では、今回の本題である日本人である私の子供たちに何を伝え遺していけばいいのでしょう?
私は以下の三つだと考えます。

  1. 嘘をつく必要のない生活をすること:嘘のない生活

  2. 継続的に成長すること:継続的な成長

  3. 社会と折り合いをつけること:社会との折り合い

嘘のない生活

闇に堕ちていかないための最低条件だと思っています。嘘は泥棒の始まりといいますが、嘘をつく必要のない日々を送ることの大切さをしっかり伝えたいと思います。自分を飾る偽るのも嘘です。できるだけありのままに生きて行って欲しいですね!
それは、つまり、距離を置きたい人にならないためです。

継続的な成長

ありたい自分に近づいていくことを実感しながら、(これが私にとっての幸せの定義ですが)、生きてくために必要なのは、メタ認知が前提ではありますが、継続に成長することです。目標を達成することでも正しさを求めることでもありません。成長するための力を獲得し、常に成長していくことが最も重要だということを伝えたいと思います。

社会との折り合い

明治維新における富国強兵政策を効率よく進めるための知識修得偏重教育は、戦後の高度成長期にも、失われた30年を経過しても見直されることなく、現在に至っています。
知識量とその正誤で並べられ、その優劣で人生が決まるかのような洗脳によって、統治しやすい国民が量産されているという現実のなかで生きていくために、良い悪いという話しではなく、折り合いを付けて行くということを術として身に付けるしかありません。
折り合いといっても、学校での勉強や受験での点取りは、全てではないものの、そんな社会で多少なりとも有利に生きていくための手段でしかありませんが、現実として重要な時があるということを伝えておきたいと思います。

#誇りを持って生きる

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