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初めて会った仕事相手に、好かれようとする必要はない

編集者になりたての20代の頃、本を出しているようなその道の第一人者にお会いするとどう接すればいのかわからなかった。たいした成果を出していない自分が、社会できちんと価値を生み出してきた人と仕事をする上でどう貢献ができるのかに自信がなかったのだ。それから長い年月をかけていろんな人と仕事をしたことで、このような不安がいつの間にかなくなっていた。「相手が自分のことをどう思うのか?」ということをあまり意識しないようになったのだ。

今では若い人と仕事で一緒になると、「相手に好かれよう」という姿勢でコミュニケーションをする人が多いことに気づく。好かれることで、相手から仕事のパートナーとして選ばれたい、安心してもらいたいという心理なのかもしれない。昔の自分と同じだ。圧倒的な実力のある人に好かれないと、仕事がうまくいかないと思ってしまうからだ。

ただし、この「好かれよう」という心理には、いくつかの危うさがある。

まず、この発想の前提は「好きになってもらえれば仕事をしてもらえる」というものである。確かに、相手のことを好きになって仕事を一緒にしてみようとなることは多くある。しかし、人が仕事相手を選ぶ基準は、相手のことが好きか、だけではないはずである。よくメディアなどでも「この人が好きで、ジョインしました」などと話す記事を目にするが、それは一面であって、それ以外にもジョインした理由はあるはずである。さらに言うと、こういう「人の魅力」がきっかけとなる場合、その当人は、決して「好かれよう」としたわけではないはずである。その人の言葉や行動に、その人らしさが滲み出て、その「らしさ」が魅力になったと考えた方が理に適っているように思う。

もう一つの危うさは、そもそも「好かれよう」は相手の気持ちを変えようという操作主義の発想にある。人がどの人に好意を寄せるかは、その人の勝手であり、「好きになってくれるよう」に仕向けるのは相手の気持ちをコントロールしようという発想と同じである。相手の気持ちを変えようという発想がそもそもおかしい。変えるべきは、自分なのだ。

なので、「好かれよう」という発想はとても危ういのだ。では、どうすればいいのか。

相手に「好かれる」ことを考えるのではなく、まずは、自分が相手を好きになることである。そしてその「好き」を隠さない。

「好き」を隠さないというのは、相手に向かって「私はあなたのことが好きです」と表明することでもない(もちろん、そう表現できるのであれば素晴らしい)。好きな相手には自ずから好奇心が湧く。好きになった異性や「推し」のタレントについて、いろんなことを知りたくなるのと同じだ。この好奇心を正直に出して相手に接することである。仕事なのでもう少しマイルドな言い方をすると、「相手への関心を示すこと」である。前から興味のあった人に会うと、聞いてみたいことが山ほどある。そんなことを聞けばいいのだ。そこに「好かれよう」という発想は微塵もなくていい。

ここで、「初対面で相手にいろんな質問をするのは失礼ではないか」と思う人が多いかもしれない。確かにデリカシーに欠き、あたかも「聞く権利」があるかのような対話をする人は不愉快である。これはマナーの問題として議論するまでもないが、えてして、多くの人が思っているより、「聞いていい」範囲ははるかに広いような気がしている。

以前ある雑誌記者が「人は基本的に、自分に興味を持って話を聞きに来る人を拒まない」と語っていたが、僕もそう思う。いろんな人に興味を持ち、質問責めのようなこともしたが、概ねその後の良好な関係のきっかけになるものである。人は自分に興味を持った人を受け入れてくれるものなのである。人は自分を語りたいものなのだ。

その前提として、相手をよく観察する必要はある。自分に自信のなさそうな人は、興味をもたれることにネガティブな反応をすることがあるし、自分に自信のある人は、その興味を拒むどころか、「もっと、もっと」と促しさえするものである。

先日、最近一緒に仕事をしたデザイナーと会食をした。彼女は食事中、ずっと僕のことを質問責めにした。編集者は何が楽しいか、好きな本は何か?どんなコンテンツがいいと思うか?座右の銘はあるか?など、根掘り葉掘り聞いてくる。好奇心丸出しなのである。普段、言語化しないことを聞かれ僕にとっては発見が多かった。同時に、こんな人と一緒に仕事をこれからもすることが楽しく思えてきた。

相手への興味を示すことは、相手の好意を引き出すための行為ではない。むしろ、相手から何も期待しない、純粋な発露である。その上で、自分の興味を相手にぶつけることが、相手に新しい気づきを与えることもある。もし、自分が何者でもなく貢献できないと思っていたとしても、自分の好奇心から相手に「気づき」というギブをもたらすことはできるかもしれない。

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