見出し画像

『笑うバグ』「旗」音楽にハックされる:森山至貴の美しすぎる犯行

先日『言語ジャック』が篠田昌伸氏作曲の合唱曲によってハイジャックされたという事件をお知らせしたばかりだが、実は数年前にも、我が処女詩集『笑うバグ』が音楽にハックされ、合唱曲として突然変異させられていたことが発覚した。ハッカーは若き社会学者でありながら作曲にも手を染めている森山至貴氏、同詩集に収められている「受付」「意思決定」「労務管理」「市場崩壊」の4編を「混声合唱とピアノのための『さよなら、ロレンス』」という作品に仕立て上げ、なんと第22回朝日作曲賞を受賞したのだ。

その森山至貴氏が、昨年初めに大胆にもふたたびハッキングを予告、いったい今度はどんな作品が音楽の餌食になるかと戦々恐々、かぐや姫を警護する帝の心境であったのだが、2016年12月11日東京は豊洲ホールにて大胆にも衆人環視の前で実行に移された。今回攫われた詩は、予想だにもしなかった『現代ニッポン詩日記』のなかの一篇「旗」であった。

わたしから溢れて
わたしを超えてゆくもの
気高さへと
心を駆り立てられるもの
だれの手にも触れられない
空の青さ

旗を見上げるとき
わたしはひとりでいたい
だれにも強いられずに
自ら己を
真っ直ぐな竹に括りつけて
風に晒されたい

この詩は2006年ごろ、日本の学校の行事で日の丸の掲揚が強制されているというニュースに接して、その集団的な抑圧感になんともいえない生理的な嫌悪を覚えて、それを拭い去りたくて書いたような記憶がある。それにしてもこれを狙ってくるとは、至貴手ごわし。

森山さんは年明け早々初演のVTRをYou tubeにアップして送ってくださった。「旗」のもつ含意と合わせると、ちょっと不安になりそうなほど美しい曲だった。いまそのファイルはもう期限切れで聴けなくなっている。それだけいっそう記憶のなかで、歌声は切なく、そして気高く響くのだ。

その森山さんと先月久しぶりにお会いした。新詩集『単調にぼたぼたと、がさつで粗暴に』と『小説』の同時刊行記念イベントに駆けつけてくださったのだ。考えてみれば『単ぼた』のなかでも、僕は国歌斉唱の強制についての詩を書いている(「儀式と強制」)。よほど体質的に受け付けないのだろう。

会場の森山さんはもうひとりの若い男性と一緒だった。山地孝佳さんといって、この「旗」の楽譜を出版している Miela Hormonija社 の代表である。楽譜には「旗」のテキスト全文(もともとは上記の詩のほかに短いエッセーが添えられている)が日本語と英語で掲載されていた。訊けば北欧でも出版したという。なにゆえに北欧で?実は山地さん、北欧が気に入って、この会社をリトアニアで登記し、年の半分はかの地で過ごしているのだとか。いろんな人がいるのだなあ。

それにしても「旗」、次はいつ聴けるのだろう。待ち遠しい。

Miela Harmonijaのホームページと「旗」の楽譜紹介です。
http://mielaharmonija.lt/scores/mh79490/


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?