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11月26日

 あの11月26日は、今でも輪郭がぼんやりゆがんだままだ。吸い込まれそうな秋空と、水色と白と紫の旗の乱舞がとてもまぶしくて、日射しは暑いくらいで、でも手足は緊張で少し重たかった。
 試合前から、ゴール裏は人だかりで賑やかで、頼もしくて嬉しくて、キックオフはホイッスルが聞こえなくて、蹴り上げられたボールで、さあ始まった、と思った。手足は重たいままだった。
 CKは、いつも通り声で押し込むイメージで声を出す、と構えた。平尾選手がボールをセットした瞬間、ゴールして選手たちが沸き立つイメージが浮かんできて、何秒か後、本当に入っちゃった。物事がこんな上手く行っていいんだろうか、いいんだなと思っていたら2点目を決めて。こんなに上手くいっちゃうんだと。みんな凄い声出して喜んでいるし、自分もうおーとか叫んでいたし。
 裏に抜け出されて、ああこれはまずい、と目で追っていたら1点返された。冷たいお茶をがぶ飲みするくらい暑かったのに、少し背筋が寒くなって、そこからは早く前半終われよ、の言葉ががぐるぐる巡る。ハーフタイムになると、いきなりぐったりとして芝生に座り込んだ。

 後半、はっきり覚えているのは、五十嵐選手の右サイド突破と、榎本選手の左サイド切り裂き。あとは、押し込まれ始めたな、やばいやばい、早く終わってくれ、がぐるぐると。手足はずっと重いまま。PK取られたのはよく分かっていなかった。ごちゃっとなったのは見えたが、あとは何がなんだか。シュートはバー上を通り過ぎる、と思ったんだけど、ネットが揺れていた。
 急に試合終了後のイメージが浮かんできた。うなだれる選手たち、悲鳴を上げる私たち。同時にそんなのはイヤだ、そんな未来はごめんだと、イメージが叫んでもいた。最後尾からゴール前に放り込んでくるロングボール全てに、ゴールを割る映像を思い浮かべた。いい場所に落ちて、角度が変わって、相手の思わぬミスで。FKから直接、弾かれたところを、混戦の中で誰かに、どこかに当たって。そのイメージを浮かべることに集中した。その瞬間飛び上がって歓喜する自分の、まわりの姿も。2回くらい、入った、と思った。あと5分はある、3分はある、あとワンプレ-、もうワンプレーある。ピッチの動きが止まった。主審が手を上げた。

 静かだった。浦安が勝った、との報が入り静まりかえった。と思う。そうなったら私は泣くのかな、と思っていたけど、ただ静かだった。選手たちが崩れ落ち、倒れ込み、突っ伏している。目をそらした。けれどまた見た。また目をそらす。嘘だろう、夢だろう、現実と何かが少し違うんじゃないか。そう思ってはみるものの、そう思っているままに時間は過ぎていく。選手たちが力なく立ち上がり、抱えられ、泣いているのが見える。

 しばらく黙っていたのだろう。どなたと始めに話したのか覚えていない。口を開いた。変な音がする。自分の声じゃない。嗚咽でうまく声が出ないのだと思ったが違った。声がすっかり、涸れていた。

 帰り道で一人で涙ぐんだ。あっという間に暗くなっていく帰り道。選手たちの背中を思い出した。土にまみれていた。選手たちの足取りを思い出した。5センチも持ち上がらないほど重くみえた。なんでだろう、こんなことがあっていいのだろうか。また涙ぐんだ。涙ぐむたび、とにかく安全に帰宅しよう、といい聞かせてもいた。

 あれから2回ほど夢を見た。目が覚めて、ああ今日はいよいよ決戦だ、大事な日だ、と思う夢だ。夢を見ている時は、まだ11月26日は明けたばかり。希望と期待と、少しだけの不安に満ちた朝の夢。だから11月26日の輪郭は、まだふわふわしたままだ。

 でも書いているうちに、こう思うようになった。2023年11月26日だと思ったあの夢の中の日付は、2023年11月26日じゃなかったのかもしれない。来年、レイラック滋賀が優勝を決める、その日なんじゃないだろうか。

 
 

 
  

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