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「振り返ると学校って嫌いだった話」から見えた自分のこと

私が幼稚園で一番印象に残っている思い出は、年長さんの時のお遊戯会。
その時、クラスで「白雪姫」を披露することになって、私は白雪姫を演じることになった。

クラスでの役選出会の時も記憶にあって、たしか、自分で立候補をしたのでなく、他者推薦で決まったのだ。みんなで白雪姫をやってほしい子に挙手をしていく制度で、今考えると、何だか今の時代にはそぐわないというか、恐ろしいことをやっていたなとゾッとする。(この時、まさかの白雪姫役は3人いた。私は2番目の白雪姫だったので、物語の中間に出てくる白雪姫だった。)

一人目の白雪姫は明るくて元気で可愛らしい女の子で、三人目の白雪姫は歌が上手でスラっとした女の子で、どうして二人目の白雪姫が恥ずかしがり屋が取り柄の私だったのかが謎なのだが、でも白雪姫の「姫」っていう響きは嬉しかったし、衣装も可愛かったのでテンションが上がったし、白雪姫を演じることになったことを伝えると両親も喜んでいたし、「上手に演じたい!」と張り切っていた。

迎えた本番。それはまさかの大失態。小人たちと一緒に音楽に合わせて踊るシーンで、急遽小人役の一人が出演できなくなり、そのことがきっかけで舞台上でみんなでてんてこまい。代わりに誰かがセリフを言うという調整まではできなかったようで、出演ができなくなった子のセリフがないと物語も通じず、踊るときのポジショニングも崩れに崩れ、結果グダグダに。

今振り返ると、大失態でも何でもないのだが、その時の血のひける感じというか、観ている人たちの笑いが嘲笑に聞こえ、素敵な思い出になるであろうものは最悪な思い出となってしまったのだ。

この一瞬で、私は目立つことが嫌いになったのかもしれない。目立ったところで失敗をすると良いことがないと、人生において早すぎる諦めを心に留めてしまったようだ。

もしこの日が私にとって最高の日になっていたら、今の性格がだいぶ違っていたかもしれない。

小学校は絶対に好きでなかった。小学3年生あたりから私は早くもサザエさん症候群を患っていた。日曜日の夕方になると、明日からまた学校に行かないといけないと考えるのだが、とってもとっても嫌だった。

何が嫌だったのだろうか。みんなで一緒に行動をしないといけない感じも好きでなかったし、校長先生の朝会もつまらなかったし、授業の発表も嫌いだったし、友達同士のあーだこうだも嫌だったし、暗黙のカースト制度も嫌いだったしたくさんの嫌いなことが小学校が詰まっていた。

それでも私は休むことなく学校に行き続けた。誰にも学校が嫌いだとは言わなかった。学校に行くことが普通だと思っていたし、親に心配をかけたくなかったし、良い子でいたかったんだと思う。

自分の人生の中で、おそらく小学生が一番の暗黒期な気がしている。小学生なんて、何も考えず、ただただ走ったりはしゃいだりして日々を楽しく過ごせばいいのに、どうしてかそれができなかった子供だから、そこはちょっとかわいそうだったなと自分のことを思っている。

中学校もそこまで好きでなかったけど、小学校よりは断然好きだった。高校は中学よりももっと好きだった。でも、心から毎日、「学校楽しい!!」という感じではなく、「まぁ、頑張っていくか」っていうモチベーションはかなり低めの女子校生であった。

学校嫌いを12年間続けたわけだが、大学はむしろ楽しかった。それは、自由度が高かったからかもしれない。気の置ける友人とだけ付き合えばそれでいいし、集団行動はなくて一人で授業を受けていても気にならないし何も言われることもないし、みんなで仲良くしないといけないというような雰囲気も薄れて、個々が独立をして存在をしていてどんな人でもお互いがお互いを受け入れようとしている世界で、それはそれは楽で楽しかった。

暗黒期の小学生の私の私が伝えたいこと、それは、「もうさ、休んじゃえ!!」ということ(笑)こんなことを公に言ったら怒る人もいるのかもしれないけど、いろんなシガラミを感じて、それを優先して、自分の思いを抑制する必要は全くない。

ちょっと休んでみたら、意外と行きたくなるかもしれないし、子供なんだから休んで親や先生に迷惑をかけてなんぼだし、もっと真面目じゃなくてよかったのだ。

高校の2年生だったか、彼女の本意は確認をしたことがないけれど、「面倒臭い」「寒い」というような理由で学校をたまに休む友人がいた。その子は本当に明るくて面白くて、名簿順だと順番が私の一つ前で、よくクラスの席が前後になるから授業中にその子と喋っていると、先生にその子だけが怒られるような子で、テストの点数も赤点が多くて、声が大きくて、忘れ物も多いけど、明るさとユーモアとノリで何とか誤魔化そうとするような子。

担任の先生に、生活指導ということでその子とその子のお母さんが呼ばれることが結構あって、その子がふざけて「今回の面談はどうのこうの」と話してくれるのだが、私はその子が羨ましかったのと、若干の憧れがあった。

その子は自分の意思を大切にしていて、自己がしっかりとしていて、周りに迷惑をたくさんかけているのかもしれないけどそれにあまり臆していないようで。元気で明るくて愛されていて楽しそうで。

そうやって振り返ってみると、私は普通に学校とか集団とか組織とか、そういった類のものにいることに何の抵抗もないかのように振る舞ってみていたけれど、それは違うのかもしれない。一人が大好き人間でもないのだけれど、それでも、何だかガチガチなそういったものに順応することが苦手な人間なんだと思う。

そして、明日が楽しみなくらい楽しく生きたいんだと思う。今は時間を気にせず映画を観に行ったり、友人とお茶をしに行ったり、旅行に行ったり、赴くままにというか、シガラミもゼロではないけれど、それでもわりと自分の意志を尊重して、日々を生きていけているのだと思う。小学校や中学校の時に本来するべきである「好きなように子供らしく生きる」経験を今取り戻しているのかもしれない。


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