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Traveler's Voice #6|武本直樹

Traveler's Voice について

Traveler's Voice は特別招待ゲストの方からエスパシオに泊まった感想をインタビューし、読者のもとへ届ける連載記事です。この企画の目的は”自分ではない誰か”の体験を通して、エスパシオを多角的に知っていただきながら、ゲストが日頃行っている活動を紹介するふたつの側面を持っています。ご存じの方も多いと思いますが、エスパシオは「いつか立派な観光ホテルになる」と心に誓った山口市にあるラブホテルです。この先どんなホテルに育っていくのか、まだ出発地点に立ったばかりですが、この企画を通してゲストの過ごし方や価値観を知り、計画にフィードバックしたいと考えています。インタビュアー、執筆、カメラマンを務めるのは「エスパシオ観光ホテル化計画・OVEL」を進めているプロデューサーの荒木です。それではインタビューをお楽しみください。    


ゲスト紹介

Traveler's Voice 第6回目のゲストは武本直樹さんです。彼は山口市の商店街に「LOG COFFEE ROASTERS」というスペシャルティ珈琲店を営んでいます。LOGは2019年の3月に開業しまもなく5周年を迎えます。下関市に生まれ山口大学工学部を卒業後、広島県の自動車メーカー勤務を経て岡山県西粟倉村でゲストハウスのスタッフとして働き、その後、地元である山口県にUターンしLOGを開業します。今回はLOGのスタッフでもあり配偶者でもある由香利さんと泊まりに来ていただきました。NYタイムズの記事にも取り上げられ注目を集めるLOGの店長に根掘り葉掘りエスパシオのことを聞いてみようと思います。


武本さんが泊まったお部屋紹介

武本さんに宿泊していただいたお部屋は306号室です。ストライプで統一されたインテリアにユニークなアートが寄り添うお部屋です。

エスパシオのスタンダードルーム
天井のギザギザは28年前の名残り
印象的なFLOSのペンダントライト

インタビュー

Araki:おはようございます。今日はご夫婦でのご来店ありがとうございます。ぼくの分まで珈琲を淹れてくれたんですね、ありがとうございます。プロのドリップをゆっくり味わいながらインタビュー始めますね。ではでは、まずはエスパシオに泊まった感想を聞かせてください。

Takemoto:昨日はLOGの2連休なので、ゆっくりするぞと心に決めて来ました。一歩も出るつもりはなかったので、ハートランドを飲みながら過ごさせていただきました。泊まった感想を語るのって難しいですよね、有体な言い方をすれば「過ごしやすい」という一言につきます。でもぼくの中で、過ごしやすいと感じた理由をまだうまく言葉にできていません。みんなが言いそうな、窓が大きい、景色がきれい、お風呂が広い、そういうスペックには収まらない「何か」が作用している気がするんですけど、これっていったい何なんでしょうか 笑。

リラックス空間がとっても似合うふたり

Araki:質問返しありがとうございます 笑。デザイナーとして過ごしやすいように色んなことに気をつかっています。テーブルの高さ、ソファの通気性、TVとの距離、マテリアルの触り心地、何もないスペース、言い出したらきりがないのですが、その全てあるいはどれかのみが作用して”過ごしやすい”と感じたのだと思います。すみません、答えになってませんね 笑。

Takemoto:なるほど、それって珈琲と似ていますね。お店でお客様に飲んだ感想を聞くことがあるんですけど、ぼくがいちばん嬉しい答えが「なんか美味しい」なんです。これって美味しいことは分かっているけどその理由が”まだ”分からない状態だと思うんですけど、その言葉を聞くとぼくの探究心に火がつきます 笑。珈琲を介してその人の好みを一緒に探すのが楽しくて、好みが見つかることもあるし迷子になってしまったり、迷子の先に好みが別の方向に広がることもあります。珈琲を淹れる、差し出す、飲んだ感想を聞く、考える、また差し出す、このループの軽やかさとフィードバックの速さに魅了されてこの職業を選んだとも言えます。ぼくはもともと自動車メーカーに勤めていて、そこでのBtoBコミュニケーションが嫌になった経験があるんですよね。その後、山口に帰って来てカフェバーで働く経験をとおしてBtoCの心地よさに目覚めました。

まだ眠たいのにバルコニー出してすみません 笑

Araki:感覚では分かっているものに言葉や意味を与えるには時間がかかりますよね。武本さんクリエイター脳ですね 笑。ところで、珈琲の美味しさよりも、BtoCの心地よさに目覚めたことが出店のきっかけだったんですね。

Takemoto:そうなんです。サービス業がしたいという漠然とした想いからはじまり、自分に向いているであろう珈琲づくりを選びました。実はそれまでほとんど珈琲を飲んだことすらありませんでした 笑。でもやり出してみたら、美味しさの追求ってぼくの得意な”数字遊び”とよく似ていて、気がついたら珈琲にハマっていました。今ではもちろん珈琲大好きですよ 笑。

Araki:えっそうなんですか、そういうプロセスであんなに美味しい珈琲がつくれるんだ 笑。

Takemoto:ありがとうございます。ぼくは大学でエンジニアリングを学んだということもあって、美味しさについても工学的にアプローチしているんだと思います。そして美味しさにはゴールがないので、終わることのない研究を続けています 笑。やればやるほど欲が出てきて、あの焙煎機がほしいとか、あの産地の豆を仕入れたいとか、きりがないんですけど、必要に応じてサービスの質を上げていきたいと考えています。

Araki:また新しく出店することも考えていますか。

Takemoto:多店舗展開には興味がありません。タイミングを見て必要な機能は増やしていきたいのですが、その前に業界の抱えているスタッフの働き方について改善していきたいと考えています。スタッフの生活水準に合わせてキャリアアップできるとか、子育てとの両立とか、課題は沢山あります。それらを改善していくことがお店の質を高めることにつながると確信しているので、最近は珈琲を淹れながらそんなことばかり考えています。

アートについて話すふたり

Araki:共感します。サービスを支えているのはそこで働く人だから、その人の生き方そのものを支援できなければ元も子もないというか、これってあらゆる業界に当てはまる課題ですよね。LOGはご夫婦で運営されていますが、どんな時間割で働いているのでしょうか。

Takemoto:お店の営業は11時から19時ですが、実際は8時半にお店に入って、そこから22時くらいまで働いています。今は体力的に問題ないのですが、将来を考えると生産性を改善する必要があって、今っぽく言えばワークライフバランス大切ですよね 笑。とくに地方では、ぼくも含めバランスよく働きたいという傾向が強いと思います。

Araki:なるほど、もともと地方はのんびり暮らしたい人が集まる傾向が強いので、都市型の過酷な労働環境はそもそもインストールできませんよね。地方ならではの働き方をつくる必要があるのでしょうね。武本さんはスペシャルティ珈琲店を営んでいますが、宿泊業に関心をもったことはありますか。

Takemoto:岡山の西粟倉でゲストハウスの運営に携わっていたこともあり、外からやって来た人が泊まれる箱には興味があります。実はBtoCのサービス業に興味を持つ以前は、もっとぼんやり地方創生ということを考えていて、当時のぼくが行き着いた答えが「そこに暮らしている人が幸せになる」ということでした。そしてその幸せをその場で閉じないように連鎖させることで、街が元気になると考えています。そのために必要な要素として外部の人を受け入れるための”宿”があると思っていて、ぼくも宿を経営したいと考えたこともありました。でも、宿の経営者にはカリスマ性が必要なことも知っていたので、ぼくはそこで諦め、カフェの経営という選択をしました。

窓際がお気に入り

Araki:なるほど、たしかに有名な宿にはカリスマがセットであるような気がします。それって”美味しさを伝える方法”ともつながりますが、スペックで理解できる人はプロだけで、一般消費者の大半は言葉で記述することができない、が故に”人”が媒介することで信頼性を獲得する。カリスマはその役割を担っているのでしょうね。この人が言うんだからきっとそうなんだろうと。

Takemoto:そうだと思います。ぼくは宿においてはその役割を担うことはできないので、自分でもできるカフェに落ち着き”なんか美味しい”という無限の可能性と向き合っています 笑。そうそう、また逆質問になってしまうのですが、さっきからチラチラ見えるこの部屋のアートが気になっていて、詳しく教えてほしいです。

Araki:ありがとうございます。だいぶ要約して説明しますね。ぼくはインテリアデザイナーとして快適性を重視してデザインしているんですけど、その快適性に向き合うようにして作品を作ってもらいました。ストライプの壁紙が特徴的な部屋になっているのですが、アーティストには規則正しく立ち並ぶ”ストライプ柄”がリラックスできていないと見えたようで、ストライプを一部切り取り、横向きに寝かすことで”スタライプ柄”をリラックスさせた作品です。人間中心的に構築されたリラックスへの批判とも言えるし、同時にアーティストの物質への愛も感じ取れる作品です。

Takemoto:なるほどそういうことなんですね。ぼくはなんでも工学的に思考してしまうので、アーティストの自由な発想に憧れます。

1本ずつ順にリラックスするストライプ柄

Araki:さすが接客業の人ですね、自分のことに答えるより相手のことが知りたいんですね 笑。自然とインタビュー受ける立場になってしまいました。インタビュアーとして巻き返しますが 笑、コーヒー以外に興味のあることはありますか。

Takemoto:釣りです。中でもイカ釣りにハマっていて、餌木(エギ)っていう擬似餌を用いた”エギング”っていう技法があるんですけど、ああでもないこうでもないと考えながら目に見えないアオリイカと格闘しています。もしかすると、釣りの試行錯誤と美味しいコーヒーを淹れるための試行錯誤って似ているのかもしれません。ちょっと話が逸れるように聞こえるかもしれませんが、LOGはあまりメディアに出ないようにしているんですが、それは本命に集中したいからなんですよね、折角エギングしているのにフグが釣れたら嫌じゃないですか 笑。

写真撮っていてほんとに気持ちがいいふたり

Araki:なるほど 笑、ブレないですね。それって地方ならではの発想とも言えるし、オーバーツーリズムの問題とも関係していますね。間口を広げすぎることで起こる弊害というのは確かにあって、フランスでも京都でもそれを規制しようという動きが活発になってきています。羨ましい悩みではありますけどね。

Takemoto:山口がオーバーツーリズムで頭を抱える未来は想像できませんが 笑、NYタイムズの発表後、少しずつ客層や集客に変化があるのは確かです。来てくれることはありがたい反面、コミュニケーションが希薄になってしまうことは避けたいので、今は無理して間口を広げず様子を見ています。

Araki:多くの観光客を受け入れるための働き方と、LOGの目指している働き方には大きな違いがあるけど、それでいいような気がします。その理由を言葉にすると恥ずかしいので言いませんが、写真を撮っていて強く感じたことでもあり、きっと写真に写っていると思います。今日はありがとうございました。またLOGに遊びにいきますね。


day of stay:February 26, 2024


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