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Traveler's Voice #10|手塚成美

Traveler's Voice について

Traveler's Voice は特別招待ゲストの方からエスパシオに泊まった感想をインタビューし、読者のもとへ届ける連載記事です。この企画の目的は”自分ではない誰か”の体験を通して、エスパシオを多角的に知っていただくことと、ゲストが日頃行っている活動を合わせて紹介するふたつの側面を持っています。ご存じの方も多いと思いますが、エスパシオは「いつか立派な観光ホテルになる」と心に誓った山口市にあるラブホテルです。この先どんなホテルに育っていくのか、まだ出発地点に立ったばかりですが、この企画を通してゲストの過ごし方や価値観を知り、計画にフィードバックしたいと考えています。インタビュアー、執筆、カメラマンを務めるのは「エスパシオ観光ホテル化計画・OVEL」を進めているプロデューサーの荒木です。それではインタビューをお楽しみください。                              


ゲスト紹介

Travelers Voice 第10回目のゲストは手塚成美さんです。手塚さんは銀座和光の食器売り場で焼き物と出会い、その後 D&DEPARTMENT でデザイン目線でその土地らしさとは何かを学び、2023年12月からは萩に移住し「舸子(かこ)176」のギャラリーでキュレーター兼ホールサービスをしながら、「源地人」という陶芸専門誌を発行されています。若き焼物伝道師からみたエスパシオについて、そして陶芸の魅力やメディアづくりについて、多角的に彼女の魅力に迫りたいと思います。


手塚さんが泊まったお部屋紹介

手塚さんに宿泊していただいたお部屋は506号室です。落ち着いたピンクの壁紙とポップなアートが程よく溶け合うお部屋です。


インタビュー

Araki:おはようございます。今日は萩から足を運んでくれてありがとうごいます。昨晩はしまうま屋さんでご飯食べたんですよね。スーパーフレンドリーな店主の佳恵さんに捕まることなくちゃんと早い時間にエスパシオまで帰ってこれましたか 笑。

Tezuka:無事に帰ってこれました 笑。しまうま屋さん最高ですよね、佳恵さんも素敵だしご飯も美味しいし。エスパシオに戻ってきたのは20時半くらいです。yuQuriの昌代さんと一緒に来たこともあって、ふたりでお酒飲みながらBack to the Future を観て、夜のエスパシオを満喫させていただきました。ホテルで映画を観たのは初めてだったからめちゃくちゃ新鮮でした。ただ、ただですね、映画を観終わって昌代さんが部屋に戻った途端に寂しさが押し寄せてきて、ここって全てが2人で使うためのサイズや数になっているから、急に1人にされるのは反則です 笑。次回は友達とずっと同じ部屋で過ごすか、初めから1人で来るかどちらかにしようと心に決めました 笑。

Araki:たしかにそれはそうかも 笑、パーティー会場の後片付けしているときの寂しさと同じですね。手塚さんは出張や旅行先でどんなホテルをよく利用されますか。

Tezuka:色んなところに足を運んで人と話すのが好きなので、若いころはゲストハウスをよく利用していました。ゲストハウスには色んな人がいて出会いも多いし楽しい時間を過ごせるんですけど、最近は仲良くなった人と築いてきた関係をより深くするための時間を過ごしたり、自分だけのプライベートな時間が持つ価値にも気がつき始めています。たぶん歳のせいかな。

Araki:経験の厚みによって求めるものが変化していく、それってみんな共通していることなんでしょうね。初のエスパシオの滞在はいかがでしたか。

Tezuka:あまり先入観を持たないように前情報を控えめにインプットしてきたので、色んなことが新鮮でした。この部屋は薄いピンク色で統一されていますが、実はわたしの生活の中には取り入れたことのない色なんです。でもそれが意外なことにとても安心感を与えてくれて、驚きでもあり新たな発見でした、ありがとうございます。それと、ゲストハウスとは違って部屋で楽しむためのコンテンツが豊富に揃っていて、それでいて押し付けがましく過剰にあり過ぎるわけでもなく、程よく使い手に委ねているところがさらに安心感に繋がっていると思いました。デザインについても同じ感想で、あまり過剰にデザインされているとそれはそれで疲れるじゃないですか 笑、この程よさが空間に「自分」を取り入れることができる余白をつくっているんでしょうね。まるでコンパクトな別荘を手に入れた気分でした 笑。あと、一度快適フィルターがかかってしまうと見るものすべてが美化されるので、窓から見える夜景の先にあるパチンコ屋さんもなんだかレインボーブリッジを見ているようで 笑、お風呂に浸かりながらぼんやり外を眺めている時間も新鮮でした。人間の感覚って不思議ですよね。

持参したレコード紹介

Araki:素敵な感想をありがとうございます。そう言っていただいたから言えることなんですが、ここは決してデザイン専門誌に取り上げられるようなデザインにはなっていません。でもそれは分かってやっているところもあって、誰にとっても快適に過ごせるように引き算的にデザインしています。クオリティ重視で作り込むだけが価値じゃないと思っているんですよね。色々褒めていただいて嬉しいあまりなんですが、ぼくがもっとも嬉しかったのは手塚さんが食器を持参してきてくれたことです。部屋に合ってますよね、これどこの食器ですか。

Tezuka:めちゃくちゃ合ってますよね、器を選んでいる時わくわくして仕方なかったです。昌代さんと一緒に来たということもあって、この部屋でyuQuriのパンを食べることを想像して見繕ってみました。持ってきた食器は3種類で、イチゴを盛ったこの子がイタリアのリチャードジノリ・ミナペルホネンコラボのお皿です。お花が散っていて可愛いこの子が日本の洋食器メーカーのナルミ・ミラノシリーズのカップ&ソーサーで、パンを盛ったこの薄くて軽いこの子が栃木県黒磯のアンティークタミゼのホーローで作られたお皿です。自分で買ったりプレゼントされたもので、わたしの家宝です。可愛くないですか 笑。部屋の雰囲気だけはHPで調べていたので、和食器ではなく洋食器でコーディネートしてみました。yuQuriのパンはもともと大好きなんですけど、空間と食器とバルミューダによって美味しさがさらに倍増しました 笑。

持ってきたお気に入りの食器で朝食

Araki:さすが焼き物伝道師 笑。手塚さんは陶芸の専門誌「源地人」を発行されていますが、陶芸に興味を持ったきっかけや萩に住むようになった経緯を教えてください。

Tezuka:意外だと言われることが多いのですが、萩に住みはじめたのは2023年の12月末からなのでまだまだ地方初心者です。わたしは埼玉県出身で、大学卒業後、銀座の和光という百貨店の食器売り場に勤めていました。そこで焼き物が好きになって陶芸についての知識をもっと深めようと、日本全国いろんな陶芸産地に足を運ぶようになりました。益子(ましこ)、常滑(とこなめ)、多治見(たじみ)、備前(びぜん)日本全国産地はいろいろあるけど、北から南下する旅だったので、本州の執着地点である萩に辿り着きました。それ以来年に3回ほど萩を訪れ、萩焼の作家さんたちに焼き物のおもしろさを教えてもらい、自分の知った焼き物の魅力を若い世代に伝えるためにはどうすればよいのかと考えはじめ、D&DEPARTMENTの渋谷ヒカリエ店「d 47 design travel sore」で務めることになります。D&DEPARTMENTが発行している「d design travel」という47都道府県各々の土地らしさをデザイン目線でガイドするBOOKが有名だと思うのですが、そこで紹介されたプロダクトを販売するアンテナショップとミュージアムが併設された施設に勤務していました。わたしは販売担当でしたが、BOOKの編集部とも密な交流があったので、その土地に根付いた活動をしている方はどんな人か、その土地らしい景色とはどんな場所か、これからの観光に必要な価値観を学ばせてもらいました。となると言わずもがなというか、もともとの陶芸好きとメディアづくりがピタッと合わさって今のわたしの活動に繋がっています。今は「舸子(かこ)176」内ギャラリーのキュレーター兼ホールのお手伝いをしながら「源地人」というメディアを作っています。

Araki:「源地人」楽しく拝読しました。山口に来て陶芸家さんと知り合ったり、飲食店でも萩焼を扱っているお店が多かったりして、少しずつ陶芸に興味をもちはじめたタイミングで読ませていただいたので、新たな陶芸知識のインプットとして参考になりました。それと、冊子の構成が陶芸家と珈琲屋さんの対談形式だったこともあって、多角的に陶芸を知ることができた貴重な読書体験でした。それにしても、D&DEPARTMENTと言えば誰もが憧れる職場だと思うのですが、そこから独立して活動するようになったきっかけはなんですか。

Tezuka:D&DEPARTMENTの「d design travel」は全国の人を相手にする規模の大きい活動だから、それゆえの計り知れない魅力はあるけど、もっと山口にフォーカスして私なりに突き詰めた活動をしたいと思うようになったのがきっかけです。場所をひとつに絞ることで深い関係性が築けることは「d design travel」の活動から学んだことですが、親密な関係性のなかで生まれる心地よいコミュニケーションを手放せなくなったということもあります。もちろん1人でメディアをつくることは大変だけど、それと引き換えにめちゃくちゃ充実度の高い生活を送れています。

Araki:これから先はずっと萩で暮らす予定ですか

Tezuka:そうですね、当面のあいだは萩で暮らそうと思っていますが、メディア人としての拘りもあるから山口にどっぷり入り込みすぎるのは避けて、ちゃんと余所者(よそもの)である役割を維持しながら街の人との関係性を深めていけるように心がけています。なかなか難しいけど 笑。いつになるかまだ分かりませんが、ゆくゆくは東京と2拠点生活することが理想です。ここで出会えたモノや人を東京で紹介するための”場づくり”をしたいと考えています。

Araki:土地に入り込み過ぎずに客観的な眼差しを持ち続けることって、ジャーナリズム的でもあるし観光客的でもありますね。でも、人って環境適応能力が高い生き物だから油断してると”現地人化”しちゃうので、気をつけてくださいね 笑。

Tezuka:そうですよね、それは薄々感じています 笑。最近は余所者でありつづけることと専門家になることの矛盾と向き合っていて、取材のときもできるだけ専門用語を使わないように心がけています。わたしの理想は間口が広くてそれでいてどこまでも深いものをつくることだから、そのための方法を探しながら活動しています。そうそう、源地人を作っていてひとつ大きな気づきがあったんですけど、陶芸家さんと珈琲屋さんの対談形式にして、それぞれ双方の知識を持ち合わせていない状態で好きに会話を始めてもらったんですね、そのことで専門知識を持っているわたしにはぜったい聞き出せないことを引き出せたんです。なるほど”真の余所者力”ってこういうことかと驚かされました。まさかコーヒー店の社長さんにセブンの珈琲どう思いますかって私だったら絶対聞けないです 笑。専門知識があることでコミュニケーションの新たな広がりを阻害する側面もありますよね。

Araki:ああ、分かります。それってハイコンテクストになり過ぎることの問題ですね。専門家集団もそうだけどコミュニティ形成にも同じ性質があります。同じ言葉でもコミュニティによって共通認識や背景が異なるので、その言葉に内包された意味が大きく変わります。たとえば「山口のために頑張る」と言っても、人それぞれ山口の捉え方は異なるし、頑張ると言っても人それぞれ頑張り方も異なります。この言葉の持っている性質がコミュニケーションの”ずれ”を生んでいるようなことはよくあります。けれどもその”ずれ”が予想外の方向へ世界を広げることもあって、ものごとがハイコンテクストになることで世界が閉じないようにする、そこで必要になるのが余所者なんでしょうね。それは観光客を受け入れることの意義とも共通していると思っています。

Tezuka:そうですよね、放っておいたらハイコンテクストになることは避けれないけど、そこにだれかが新たな言葉を持ち込まないと、話す意味すら消えてなくなりそうです。わたしはもともと趣味が多いので、あまりコミュニティに依存することや特定のボキャブラリーに依存することがない人だと思っています。好きなものは陶芸だけではなく、音楽、映画、演劇、植物、ああ、思い出した、学生時代は建築オタクでした 笑。この多趣味が功を奏していろんなジャンル内で使われている言葉を知ることにつながりました。そのことで特定のジャンルにとらわれ過ぎず横断的なコミュニケーションができるようになったのかもしれません。そうそう、最近はドラムを習い始めました 笑。ドラムって凄いんですよ。音がからだにビシビシ響いてくることもそうだけど、そもそも全身運動なので叩いていると純粋に楽しくなれるんです。言葉ばかり扱っているせいか最近はノンバーバルな楽しみに取り憑かれています。といっても現実逃避とかではなくて、純粋に楽しむことの根源は音楽にあるような気がしています。そう、音楽を聴いてもらうような感覚で情報を伝えることができればいいですよね。

Araki:ぼくも音楽には常々嫉妬しています 笑。空間デザインは言葉ほど抽象的ではないかもしれませんが、空気の振動だけで心を動かすことのできる音楽には憧れます。今回の滞在では食器の他にたくさんレコードも持参されていましたが、どんな音楽が好きですか。

Tezuka:幅広く聴くようにしていますが、なかでもジャズは大好きです。ジャズっていろんなジャンルや文化が混ざり合ってできた音楽じゃないですか、そこにグッと心が動かされるんですよね。なんだか話をしていて改めて気がついたことですが、わたしは一貫して異なるものがうまく混ざり合って生まれるハーモニーに魅力を感じているのかもしれません。とはいえそこに当事者として参加したい訳でもなく、あくまで観察者として居合わせたい欲望があるのかもしれません。そのためには場のコントロールがある程度必要だから、場所をつくろうとしている動機はそこにあるのかもしれませんね。

Araki:プラットフォーマーみたいで格好いいですね。今はその場所が「源地人」という紙媒体だけど、それがリアルな空間として顕在化する日が来るかもしれませんね、応援しています。ではでは最後の質問です。旅の本質って場所の移動にあると思うのですが、それは物理移動だけではなく、本を読んだり映画を観たり、そういった心理的な移動も旅に含まれると考えています。もしかすると、手塚さんにとっての旅もそれと同じようなことでしょうか。

Tezuka:ちょっと解釈が違っているかもしれませんが、友人の言葉を思い出しました。東京に住む意味は映画の世界に浸れることだと言っていて、確かにそうで、都市を舞台にした映画が多いから、東京での生活はまるで映画の情景に自分を重ねるようにして世界を構築していると思います。その一方で、旅はその映画的世界から五感を解放できるから、新しい発見を可能にしているんだと思います。そしてそれは、からだが別の環境に適応し始めたサインであるとも考えていて、放っておいたら受動的になりがちな適応にわたしはぐいぐい介入するようにしています 笑。たとえば「菊が浜ミュージック」というプレイリストをつくって、菊が浜を眺めながら聴くにふさわしい音楽を集めたり、今回のエスパシオ滞在でも、この部屋で映画観るならBack to the Future だろうとか、朝窓を開けて聴くレコードはこれだとか、食器を見繕ったのもその影響です。

Araki:なるほど、旅することで新たに作動する適応に対して、ただ受け入れるだけではなく能動的に介入するスタイルなんですね 笑。確かにそれは「旅」で起こる現象そのもので、旅する側もそれを受け入れる側も等しく適応が働くことで変化していくのでしょうね。ではでは、インタビューお疲れさまでした。お勤め先である「舸子(かこ)176」についてはマネージャーの小川優子さんのインタビューを通して後日詳しく紹介させていただくので、今回はあえて「源地人」にフォーカスしてインタビューさせていただきました。そのおかげで手塚さん個人にぐっと迫ることができたような気がしています。楽しい時間をありがとうございました。次回の「源地人」楽しみにしていますね。


day of stay:April 8, 2024


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