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婚約破棄した夫とやっぱり結婚した理由 |上手く生きていくためのコツ

皆さんこんにちは。
カオリです。

今日は、今の夫と結婚するまで実際に起こったこと、
そこから私が身をもって学んだことについてのnoteです。

自己紹介の記事で少し紹介しましたが
私は学生時代から付き合っていた今の夫と結婚しました。

出会ってから今年で10年、先日2回目の結婚記念日を迎えました。

これだけだと、すごい順調な付き合いをしてきて
幸せそうに見えますよね?

もちろん、今は「幸せ」です。
胸を張って言えます。

彼と結婚できて、本当に幸せです。

ただ、私たちは 婚約破棄の後の結婚です。

この内容は、実の友人でも限られた人にしかお話していません。
記事にするかも悩みました。

ただ、私のこの経験が誰かの力になれればと思い書くと決めました!

興味のある方はぜひ、最後まで読んでいただければ大変嬉しいです。

若干ボリューミーな内容担っていますので、
お時間がある時に読んでいただくのがおすすめです。


◽️婚約破棄に至るまで①

2014年、私のアルバイト先に彼が新しく入ってきました。
出会ったその日に、私は一目惚れ。

私のしつこいアプローチに彼が折れ
出会って約2ヶ月後にはお付き合いが始まりました。

付き合って間もない頃から、何となく私の中で
「彼と結婚するだろうな」と感じており

今後のお互いのライフプランから
私たちの中で大体27歳ぐらいで結婚するだろうという
頻繁に触れるわけではないですが、共通認識がありました。

なので26歳を過ぎたあたりから、自分の中で

もうすぐプロポーズされるのかも?

結婚適齢期の27歳で大好きな彼と結婚!最高に幸せ!

と勝手に私は浮かれていました。

でも、現実はそんなに甘くありませんでした。

2020年2月。
世間では新型コロナウィルスが中国内で大流行し始めた頃です。
忘れもしません。

彼が職場の飲み会で焼き鳥店へ行き、そこで食べた焼き鳥が原因で
食中毒の一つであるカンピロバクターに罹ってしまいました。

高熱、腹痛などあらゆる症状が彼を襲い数日入院。
当時、会社の寮で生活をしていた彼の様子が確認できず
私は心配で仕事が手につきませんでした。

カンピロバクターが治ったと思ったのも束の間、
彼は新たな難病を患っていたのです。

それがギラン・バレー症候群。

カンピロバクターの感染によって生じた抗体が、
自己抗体として末梢神経に作用して
四肢の筋力低下など運動障害を起こすと言われる運動障害の疾患。
そして、国の指定難病です。

有名人の方でも煩い、完治した方も多く見られる病気です。

でも当時は冷静になれるわけなく
指定難病、運動障害そんなワードだけが私の中を埋め尽くし
彼のことがもちろん心配ではありつつ、
私たちの今後も不安視していました。

ギラン・バレー症候群との2ヶ月の闘病後の
彼は仕事復帰をしました。

ただ、ギランバレーの治療の後遺症により
自律神経が大変傷つけられた彼は以前とはまるで違い

・朝起きるのがしんどい
・激しい頭痛や立ちくらみに襲われる
・目眩、吐き気に悩まされる

そんな日々が続いたのです。

土日のデート中にも体調の悪さを訴える彼。
今まで風邪一つ引かない超健康人だった彼のそんな姿に
私は頼りなさを感じ始めていました。

◽️婚約破棄に至るまで②

そんなモヤモヤが続くなか、私の27歳の誕生日がやってきました。
コロナ禍でしたが、夜景の綺麗なホテルディナーを予約してくれた彼。

私は前菜が運ばれてくるあたりから、気付いてました。

今日プロポーズされるだろうと。

そして、デザートと一緒に100本のバラの花束が運ばれ
彼からネックレスを渡され、「結婚してほしい」と言われました。

ずっと待っていたこの瞬間。
ずっと憧れていた大好きな彼からのプロポーズ。

最高に幸せな瞬間のはずなのに私は不安でいっぱいで
何も答えることができず、ただ彼の花束を抱える痩せ細った腕に
再度、頼りなさを感じてしまっていたのです。

最高に幸せな瞬間なのに…

何も答えない私を見かねた彼から、「あれ?返事は?」と聞かれ
慌てて「あ、うん」としか答えられませんでした

その後デザートを食べ、放心状態のまま帰り
「私、本当に彼と結婚していいのかな?」と自分に問いかけるようになりました。

プロポーズ後は嬉しい、幸せという感情よりも
結婚、そして彼との未来に対する不安しかありませんでした。

その後一緒に暮らすためのアパート探しをしたり
結婚指輪を見に行くなど少しづつ準備を始める私たち。

一般的に言えば、めちゃくちゃ楽しい時間ですよね。
ウキウキのルンルンな時間です。

でも私にとっては、結婚へ向けての駒を進めていくごとに
不安が増え、自分自身に「本当にこれでいいの?」と問いかける時間でした。

そして私は更なる追い討ちをかけられます。

ついに彼の自律神経は限界に達し、休職することになりました。
仕事への不満もストレスも無い彼。
原因はやはりギラン・バレー症候群治療時の後遺症の悪化によるものです。

本来婚約者として、一番に支えなくてはいけないはずの私。
ただ、周りの友人が一気に婚約・入籍が重なったこともあり
「なんでこのタイミングで休職?」と彼のことを腹立たしく思えました。

もちろん彼への愛情は変わっていないので、基本的には心配です。
けど、弱音を吐く彼にだんだん苛立ちを覚え自分自身も余裕がなくなり

「何でそんな状態で私にプロポーズしたの?」

そう思うようになりました。

次第に喧嘩も増え、毎週欠かさず会っていたのに
頼りない彼のことを見たく無いあまり
私は土日に友人との予定を優先させるようになり、

「自分はまだ27歳。彼と別れるんだったら今なのかな…」
そう考えてしまうようにもなりました。

そして互いに余裕がなくなり、結婚に関してもちろん触れることも無く
どんどんそっけなくなる私を見かねた彼から

「自分はこんな状態だから。すぐに結婚できないし、カオリのライフプランを崩したくない。別れたほうがいいと思う」

と相談がありました。

私は昔から30歳までに子供を産みたいと思っており、彼にも話していました。

そんな私のことを考え、涙目で別れを持ちかけた彼。

きっと、私のことを一番に考え、私のライフプランを自分のせいで崩さないように
本調子では無い中私のことを優先させ、誕生日にプロポーズしたくれたんだ。
私が彼に無理をさせていたんだ。

私自身が彼にプレッシャーを与えていたのだと気づきました。

私は自分のことしか考えてなかったという反省、
そして彼を失う現実に直面し悲しさと不安で泣きました。

お互いのために、とにかく今は離れたほうがいい。

そう思い彼からの提案を受け、

プロポーズから2ヶ月後、私たちは婚約破棄をしました。

◽️婚約破棄のその後

彼と別れた私は周囲の人と距離を置くようになりました。
理由は二つあります。

・婚約ラッシュの中、自分たちの近況を聞かれるのが辛い
・友人の妊娠や結婚報告に素直に喜べない

コロナ禍だったことがこの時ばかりは救いでした。

人と会わなくても不自然じゃない。
自宅でぼーっとする時間が増え以前と全く違う私、
同居している両親にはたくさん心配をかけていました。

いつしか小まめチェックしていた、インスタも開かなくなりました。
というか開けなくなりました。

友人の新婚生活や婚約報告を見ると辛かったです。

私もこうなるはずだったのに…

そう思ってしまうのです。

別れたことを知った同僚からの紹介、
以前から友人関係にあった人からのお誘いなど

彼と別れてから何回も別の人と食事やドライブに出かけました。
でも何かが違う、トキメキはありませんでした。

大好きだった彼のことを支えきれず、頼りなく感じ
別れを承諾したのは自分なのに。

まだ27歳。
今から婚活して、別の人と結婚する!30歳までに出産する!
そう決めてたのに、どこか身が入らず私は一人のままでした。

◽️自分の中の葛藤

6年付き合った彼。
いつでも誠実で私のことを優先してくれる彼のことを
一度も嫌いになったことはなく、会うたびに愛情が増していました。

それなのに彼を支えることができず
また結婚へ向けた準備を進められないことに苛立ち
最終的には婚約破棄をした私。

どうしてこんなことになってしまったのか。

今だから言えることは、
私自身が自分のコントロールがうまくできなかったからです。

周りは結婚、出産と着実にライフイベントをステップアップしている中
プロポーズはされたもののそれ以降は、何も進められない
負の状態からいつ抜け出せるかわからない、不安がどんどん増えます。

一方で彼への愛情自体は変わらない。
変わらず好きで、大切に思う。
彼が苦しまなくて済むように体調が回復してほしいと思うのです。

彼に対する素直な気持ちと
結婚や出産に対しての焦りと不安
これらが常に自分の中に混在していました。

周囲の環境変化と自分の現状の乖離をわりきることができず、
現実受け入れることができなかったのです。

そこで彼と別れて、彼のことを忘れ、別の人と幸せになればいい。
せっかちな私は強引にライフイベントを進めるためにも
無理やり自分にそう言い聞かせていました。

けど、上の通り彼への愛情は変わっていないので
他の方と過ごしても、何も起こりませんでした。
特に惹かれず知りたい、触れたい、そう思えないのです。

そしてだんだんと、自分の気持ちが整理することができ

周囲のことは関係ない。
やっぱり今後の人生を一緒に歩みたいのは彼しかいない。

今すぐ結婚できなくっても別にいい。
周囲にどう思われようと、私の人生だし。

自分に素直になることができました。

◽️彼とのその後

別れてからちょうど半年後に、私と彼がキューピッドとなった
友人夫婦の結婚式がありそれをきっかけに彼と再会。

久しぶりに彼に会えて
以前より少しづつ元気になっている彼を見た時は本当に嬉しかったです。

私のことを考えて別れを持ちかけましたが
彼自身も私への気持ちは変わらず、体調がよくなったらもう一度
話そうと思っていたようです。

再会してからは、居心地の良さから自然と会う頻度が増え
また私自身も結婚のジレンマから解放され
自然体で彼との時間を楽しめるようになっていました。

その後彼から告白ではなく、再度プロポーズをされました。

全く予想していなかったので、驚きと感動と嬉しさで
自然と涙を流しながら「よろしくお願いします」とすぐに返事をしました。

昔思い描いていた通り、本当に嬉しくて幸せでいっぱいでした。

そこからはルンルンで
両家顔合わせ、新居探し、結婚式場探しをしつつ
二人で決めた日に笑顔で入籍することができました。

今も変わらず、二人で楽しく幸せに過ごせています。

本当に幸せです。

◽️アラサー。そして結婚という呪縛

彼とは今でも当時のことについて話したりもします。
私たちの中では2020年を暗黒期としています。笑

当時の私にとって本当に辛い一年でした。

私が何をしたっていうんだろう。
なぜ私ばっかりこんな目に遭うんだろう。

未熟だったので当時はそう思っていました。

ただ、今考えると自分で自分を苦しめていただけ、

自分で自分に偏った価値観を押し付けていただけでした。

人の目を気にして、アラサーだから落ち着かなきゃ…
周りが結婚しているから、周りが出産しているから…
30歳までに子供産まなきゃ…

とか。

インスタの良い部分だけに目を向けて
自分の現状との差を少しでも縮めることに躍起になっていました。

その結果、自分だけでなく彼まで苦しめていました。
当時のことを本当に反省しています。

タイミングも価値観も人それぞれ。

今では本当にそう思っています。

偏った価値観で自分自身を苦しめない。
自分の心に素直になる。

今はこれを大切にしています。

また、自分の選択に責任を持つことも大事です。

責任というか自分の選択を信じるともいえます。

結婚後も、彼のメンタルが安定しなかったり体調が悪い日が続いたり
数週間の休職などもありました。

でも、彼を好きになったのも彼と結婚を選択したのは自分。

現状から目を背けて周りを羨ましく思っても、何も生まれないので
一緒に気分転換をしたり、体力作りを行ったりと
二人で乗り越えることができています。

その結果、自律神経の損傷がわかってから3年たった今
彼の体調はとても安定してきました。

ずっと見てきたので、支えてきたので
一番近くで見ているのでわかります。

二人で乗り越えて来れたことが本当に嬉しいです。

当時は本当に辛く、食事も喉を通らずどんどん体重が減ったりと
精神的に本当に辛かったです。

ただ、
あの時自分自身を見つめ直すことができてよかったと思っています。

周囲と自分を比べてばかりだった、私には必要な経験でした。

自分に価値観を押し付けて、自分を苦しめない。

上手く生きていくためのコツだと学びました。

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